2016年07月30日

「日曜哲学クラブ」

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アレグザンダー・マコール・スミス (Alexander McCall Smith) 著
柳沢 由実子 訳
東京創元社 出版

 いわゆるコージーミステリに分類される作品だと思うのですが、コージーミステリによく見られるパターンには当てはまらない作品です。殺人嫌疑をかけられて素人探偵が動き出すわけでもなく(そもそも殺人事件と見なされていない)、素人探偵が果敢に調査に食らいつくわけでもなく(倫理や道徳のあれこれを思索するタイプで、行動的とは言いがたい主人公)、警察関係者やプロの探偵が登場するわけでもなく(したがって素人探偵が彼らと張り合うこともできない)、きわめて静かなタイプのミステリです。

 しかもタイトルにある日曜哲学クラブなるものも、陰らしきものは感じられても、実体は見えず、女性哲学者である主人公以外のクラブメンバーも登場せず……。登場人物がきわめて少ないタイプのミステリです。

 わたしが心配することではありませんが、これでシリーズが続けられるのか、少しばかり気になりました(原作では、すでに5作発表され、次作の日本語訳も決定していますが)。訳者あとがきによると、スコットランド、特にエディンバラの雰囲気を楽しむ作品のようなので、それらに詳しい人は、堪能できるのかもしれません。
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2016年06月24日

「アルケミスト」

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パウロ・コエーリョ (Paulo Coelho) 著
山川 紘矢/山川 亜希子 訳

 読書会イベントで実施された本のプレゼント交換でいただきました。スピリチュアル系小説なので、どちらかといえば苦手な分野ですが、羊飼いの暮らしぶりや旅の描写が思いのほか魅力的で、するすると読めました。

 25周年記念の特別装丁であることも、この本がプレゼント交換に選ばれた理由のひとつかもしれませんが、サンチャゴという主人公の少年が周囲に導かれ素直に自らと向き合う姿に、温もりを感じました。モノと情報に溢れた現代に生きるわたしたちは、溢れかえったモノや情報に振りまわされ、自分と会話することを忘れているのではないかというメッセージを込めてプレゼント交換に選ばれたのかもしれません。
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2016年06月23日

「ミリオンズ」

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フランク・コットレル・ボイス (Frank Cottrell Boyce) 著
池田 真紀子 訳
新潮社 出版

 少し古い本なので、設定も少し古く、通貨にユーロが導入される直前に焼却処分される予定の古い貨幣が盗まれ、その一部がひょんなことからある少年に渡り、あれやこれやのハプニングが引き起こされるというものです。

 その大量の紙幣を拾った少年は、ダミアンという小学五年生で、ありとあらゆる聖人に精通しているものの、まったく空気を読めない風変わりな子です。そしてダミアンの兄アンソニーも弟に負けず個性的で、家を帰る場所だとか住処とかではなく優良資産と捉えるような現実的な子です。

 そんな対照的な兄弟が、ああでもないこうでもないとお金の使い道を考える場面には、ときおり耳が痛くなるような風刺がきいていることもあったり、ハチャメチャなようでいて考えさせられることもあります。映画化されたそうですが、映像のほうがハチャメチャぶりのインパクトが大きくなって、より楽しめたのではないかと思えた作品です。
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2016年06月09日

「地球の中心までトンネルを掘る」

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ケヴィン・ウィルソン (Kevin Wilson) 著
芹澤 恵 訳
東京創元社 出版

 以下が収められている短篇集です。

−替え玉
−発火点
−今は亡き姉ハンドブック:繊細な少年のための手引き
−ツルの舞う家
−モータルコンバット
−地球の中心までトンネルを掘る
−弾丸マクシミリアン
−女子合唱部の指揮者を愛人にした男の物語(もしくは歯の生えた赤ん坊の)
−ゴー・ファイト・ウィン
−あれやこれや博物館
−ワースト・ケース・シナリオ株式会社

 揃いもそろってみな、現実味の薄い設定でありながら、描かれている心情としては、部分的に強く共感したり、納得できたりする作品ばかりです。

 たとえば、「地球の中心までトンネルを掘る」では、3人の若者が身近な道具でどんどんトンネルを掘るのですが、実際そんなことはできそうにありません。でも、その3人の若者が、それぞれカナダ史で、ジェンダー学で、モールス信号の研究で学位を修めたものの、社会に出て経済的に自立するために必要なことは学んでこなかった事実に大学を卒業して初めて気づき、自分自身をもてあます心情には寄り添えます。また、教育機関と社会生活が乖離している不条理さも理解できます。

 こういう滑稽な状況設定とリアルな心理描写は、終始現在形で語られる文体と妙にマッチしていて、独特の臨場感が感じられ、楽しめました。
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2016年03月27日

「世界を回せ」

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コラム・マッキャン (Colum McCann) 著
小山 太一/宮本 朋子 訳
河出書房新社 出版

 1974年8月7日、世界貿易センターのツインタワーの間、高さ400メートルのところにワイヤーを張り、命綱もなしに1本のポールでバランスをとりながら男がビルの間を渡った実話を1本の糸として、同時代を生きたさまざまな人(こちらはフィクション)もそれぞれが1本の糸となって、紡がれたような物語です。どれが縦糸なのかどれが横糸なのか、織りあがったときにどの色が目立つのか、読み終えてみなければわからず、読む人によって織りあがりのイメージも異なるような作品です。

 さまざまな人々が交わったり、交わらなかったりしながら、物語が進行しますが、数多い交わりのなかでも、クレアという裕福な白人女性とグロリアという貧しい黒人女性が出会い長きにわたって友情を育む関係が、わたしがイメージする全体の構図では、ひときわ目立っていました。1970年代という時代において、それは、高さ400メートルのワイヤーを渡るのと同じくらい難しいことだったはずです。

 この物語に登場するのは、高さ400メートルのワイヤーを渡るほど注目はされなくても、それぞれ困難を乗り越え、自分なりの価値観で生きた人々です。そしてそれぞれの人物がしっかりとした個性をもっていて、いまも回り続ける地球のどこかで実際に存在しているところをイメージできそうなくらいです。わたしには、クレアとグロリアが30年近くものあいだ、どのように互いを思いやったかが見えるようでした。
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