2019年07月15日

「あんたの神さま」

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てんつくマン (本名:軌保 博光(のりやす ひろみつ)) 著
サンマーク出版 出版

 著者は、路上で詩を書いているそうですが、もとはお笑い芸人だそうです。そのせいかもしれませんが、突っ込みどころ満載です。人にはそれぞれ神さまがついているというのですが、ご自身の神さまの名前が『安永さん』。ぼくの神さまは『安永さん』ですと言われた時点で、誰それ? どうしてその名前? と思ってしまうのは、わたしだけではないはずです。

 でも、核心部分では極々真っ当な心掛けを勧めてくれます。もうウン十年も前に助言していただいた内容を思い出したのは『恩送り』です。著者は、こう書いています。
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忘れたらあかんのは、苦しいときには勇気を出して、「助けて!」って言うことや。正直に「苦しい……」って言うことはすごく大事で、それによってまわりの人も生かされていくから。それで、助けてもらったときのうれしさ、喜びを知ることができたら、今度は "恩返し" もええけど、"恩送り" をするねん。助けてもらった人にお返しをするんじゃなくて、ほかにもっと困っている人、三人ぐらいに何かをしてあげることや。そうやって恩送りをしていったら、どんどんつながっていくねん。
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 誰もが知っている当たり前のことが書かれてあるだけなのですが、その当たり前のことを実践していくなかで、たまたま自己中心的/反社会的な人たちに振り回されたりしたとき、この本を読めば、元のバランスが戻ってくるかもしれません。わたしは偶然そういうタイミングで読むことができたので、よかったです。

 そして新しいもひとつ学ぶことができました。
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「未来は変えられるけど、過去はけっして変えられない」そうずっと思っていたけど、過去は変えられるやんって学ぶことができた。もちろん過去の出来事は変わらへん。でも、そのときに感じた恨みや苦しみ、憎しみが全部、感謝の気持ちに変えられるって思った。
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 著者は、過去の辛い経験を無駄なことと考えず、現在の幸せに辿り着くために必要なことだったと捉えなおすことで過去に感謝できたそうです。過去も変えられるというのは、わたしには新しい考え方でした。
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2019年06月15日

「エレガントな象」

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阿川 弘之 著
文藝春秋 出版

 わたしは、著者より娘の佐和子氏のほうの話題をリアルタイムに聞いた世代で、著者の作品を読んだ記憶はありません。はじめて読んだ随筆ですが、第二次世界大戦時代を生き、原爆を経験した広島の生まれである著者が書く戦争の記述がずしんと響きました。

 たとえば、1945 年の春、東京空襲に来る B29 群は、湘南地方上空で大量の宣伝ビラを撒いたそうです。「鎌倉藤沢忘れたわけではありません」という気味の悪い傑作もあったそうです。数十年を経て、この随筆を書かれていたとき、別の傑作を見つけたとありました。

『日本よい国花の国
五月六月灰の国
七月八月よその国』

 著者は、このひとつの帝国が崩れ去る運命をたった 3 行で的確に表現し、七(八)五調の調べをつけ、しかも韻を踏ませたこちらの傑作が 1939 年にアメリカに亡命した八島太郎氏の作ではないかと推測しています。1956 年に八島氏にお会いになった際、「僕はね、戦争中志願してアメリカの情報機関で働いていたんだよ。空から撒く伝単用の諷刺漫画を描いたり、日本兵に投降をすすめる励ましの文章を書いたり、此の戦争で死ぬ日本人の数を出来るだけ少なくしたいと考へてゐたからね」と八島氏が話されていたそうです。

 特高に殺されるか、戦争で死ぬか、選択肢がふたつしかないように見えた時代に別の道を示そうとした人物がいたことはもっと知られてもいいように思います。

 そんな戦争経験者である著者が、自衛隊の派遣先に関する議論に対し『だいたい、危険な地域に自衛隊を出せないといふのは、軍の本質を無視する矛盾した議論であって、いつまでもそんなことを言つてゐると、テロリストを含む全世界の人の侮蔑嘲笑のまとにされるだらう』と書いていらっしゃることは、安全は待っていれば黙って与えられるものだと思っているわたしたちを諭しているように思えました。
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2019年04月10日

「笑いの方法 あるいはニコライ・ゴーゴリ」

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後藤 明生 著
つかだま書房 出版

 ゴーゴリの作品のうち「鼻」と「外套」が著者の翻訳で掲載されています。わたしにとって「鼻」は、「外套」と違って『変 (へん)』としかいいようのない作品なのですが、著者の主張を読んでから「鼻」を読むと違った印象を受けます。

 著者は、ゴーゴリ作品の笑いは『諷刺』ではないと主張しています。諷刺は、ひとつの立場であり、またひとつの『思想』だと述べ、この『思想』は括弧つきのもの、つまりその時代における進歩というものの概念だと説明しています。しかしその立場も思想もゴーゴリにはなかったのだから、彼の作品は諷刺ではないという理屈です。

 では、これらの作品にある可笑しみ、笑いは何なのでしょうか。ゴーゴリは、『実話』 (つまり現実) でさえあれば、必ずそこに『滑稽さ』というものを発見することができ、その滑稽さは、人間の存在そのものにもおよぶと考えていたのではないかと著者は推察しています。そしてゴーゴリ作品の笑いは、そのような滑稽な存在としての人間、および、そのような人間と人間の関係としての現実 (世界) を捉える装置であり、構造としての笑いだったと著者は考えています。

 そんな考えを突きつけられても、自分の存在そのものの滑稽さをわたしは実感できません。もしかしたらその理由は、内側から人間を見ているから気づかないだけなのかもしれません。だから外から、この場合はゴーゴリの作品を通して見た場合、その滑稽さが見えるのかもしれません。「鼻」に登場するアクシデント自体は当たり前とは程遠いのですが、アクシデントに対する人間の反応はごくごく自然に見えることから、そう思い至りました。

 著者は死ぬまでゴーゴリについて考えがまとまることはないといっています。それほど壮大なテーマの雰囲気が少し味わえた本読みでした。
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2019年01月30日

「女も、不況?」

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酒井 順子 著
講談社 出版

 著書「負け犬の遠吠え」で自身を含む『30 代、独身、子どもなしの女性』を『負け犬』と呼んだ方なので、ひとの感情を読みとることに長けていて、なるほどと思える点が見つかりました。

 そこまで時代は変わったのか……と思ったのは『トロフィー・ハズバンド』。妙齢女性が若い男の子と結婚する姿を見て、甘え上手と甘えさせ上手の釣り合いはしっかり取れていて、うまくいく組み合わせかもしれないと評しています。『トロフィー・ワイフ』の逆バージョンがいよいよ定着するのかもしれません。

 あとは、直視しづらい心の動きについて 2 点。ひとつは『食にこだわるお店』。こだわりのコーヒー店やこだわりの蕎麦店を見て著者は、次のように解釈しています。

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IT とかグローバルとかイノベーションとか、何だかやたらと複雑な世の中において、ひたすらコーヒー豆を選り分けるとか、蕎麦を均等に延ばすとか、小麦粉を練るといった「作業」に、彼等は救いを求めるのではないか。自分の肉体と味覚だけで勝負ができる仕事に、安寧の地を見ているのではないかと思うのです。
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 大きな価値を生みだす何かが目に見えないものに移行していき、個人の役割に格差が広がる現代、著者の解釈はもっともだと思います。

 もうひとつはややこれに似た反応で、リーマンショックの時期に見られた『外資系金融企業の危機を見てウキウキした』人たちの反応です。莫大な利益を生みだしていた金融企業とそのなかで贅沢を謳歌していた従業員の転落を著者は『他人の不幸は蜜の味』と捉えています。(その感覚は日本固有のものではなく、ドイツ語にも『シャーデンフロイデ』という似た表現があると著者は紹介し、ウキウキした人たちを否定していません。)

 転落前の金融企業に本当にそれほどの経済的価値があったか見えづらかったことが、この転落にウキウキした人を多く生みだしたような気がしてなりません。目に見えないものの価値が急速に伸びていくこの時代の変化についていく大変さをあらためて感じました。
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2018年12月05日

「ちょっと気のきいた大人のたしなみ」

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下重 暁子 著
青萠堂 出版

 著者は、こう書いています。

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 野球のイチロー選手やサッカーのかつての中田選手がなぜ美しいのか。決して人におもねらず自分に厳しいからだ。自分なりの美学を持って、規律をつらくとも守っているからだ。
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 著者も、読者におもねることなく『大人』としての矜持、おしゃれ、気遣いなど多岐にわたって語っています。時代が違うとか、時間がないとか、そういう読者の反論も想定したうえで自分の考えをきっぱり書いている点は好感がもてます。

 ただ、見習いたいと思ったものはそう多くはありませんでした。一番わたしに響いたのは、次です。

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 強いとき、好調なときは、人ははげましを必要としない。失意のとき、弱いときに力になってくれるものこそ大切なのだ。はげましてくれた人の心こそ本物なのだ。好調なときは、そばにいなくとも、失意のとき、不調のとき、見守っている温かい目を持ちたいものだ。
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 人が落ち目になると見るや否や去っていく人の多い今の時代こそ、わたしもこうありたいと強く思いました。
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