2012年05月07日

「遠い太鼓」

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村上 春樹 著
講談社 出版

おおきなかぶ、むずかしいアボカド」を読んで、もう少しこの方のエッセイを読んでみたいと思って選んだのですが、受けた印象が随分違いました。

 こちらのほうは、やや重い印象で、読み終えたときに消化不良を起こしたような気分になりました。1980年代後半の異国での暮らしがベースになっているので、昔のことを思い起こしたり異文化に対する驚きがあったりと、読む側もそれなりに脳みそを使うよう迫られたことが原因のひとつだと思います。

 氏は、1986年から3年間、生活拠点をヨーロッパに移し、そのあいだ「ノルウェイの森」と「ダンス・ダンス・ダンス」を書き上げ、ご本人が旅のスケッチと呼ばれるこの原稿を書き、「雨天炎天―ギリシャ・トルコ辺境紀行」で登場する旅に出かけたり、翻訳をしたりしたそうです。40歳になる前に、30代にしか書けない作品を書かなくては、という切迫感のようなものも窺われるので、書き手がおかれた環境や意識も「1Q84」を書き終えたあとの「おおきなかぶ、むずかしいアボガド」とは違って、固かったのかもしれません。

 氏が住まわれたのは、おもにギリシャとイタリアで、いっときイングランドにいらしたようです。ギリシャやイタリアは国民気質も気候や治安も随分日本と違うので、なかなか大変だったようです。読んでいると、わたしたちが思い浮かべるイメージを裏切らないギリシャだな、イタリアだな、と思うエピソードが次々と登場します。そのなかで異彩を放っていたのは、トスカナ地方のワイン農場で1ダースあまりのワインをまとめ買いされたときのことを紹介しイタリアの底力を語られる場面です。こういう一面も知ることができるのが、長期滞在の良さだと感じました。

 二十数年も前のギリシャやイタリアでのエピソードが中心なので、現代に当てはまらない部分も多いかもしれませんが、それでも、それらを氏がどう受けとめ、どういう考察をしたかを知ることができたので、読む価値はありました。
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2012年04月10日

「犬が星見た―ロシア旅行」

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武田 百合子 著
中央公論新社 出版

 友人に勧められて読んだのですが、印象に残る点がいくつかあって、人に勧めたくなった友人の気持ちが理解できました。

 わたしが好きだと思った一番は、文章から滲みでてくる著者の人柄です。文章は簡潔で、ひとつのこととその次のことを滑らかに繋ごうという試みがありません。もともと本にする予定がなく書かれたもののようなので、そのあたりも影響しているのかもしれませんけれど。それでも、中核をついた比喩だったり、旅先で眼にした自然や人々の受け入れ方だったり、飾らない本音だったり、実だけが詰まっているような文章から著者の細かな観察と大らかな精神を窺い知ることができ、こういう人と一緒に旅することができたら、どれほど楽しいかと想像が膨らみました。

 現代ロシアの状況さえ知っていると言えないわたしでも、昭和44年当時ならおそらく、物やサービスは貧弱だったに違いないと推測できます。そんななか、食事をおいしく召し上がり、覚えたての片言のロシア語で出会った人と言葉を交わされる道中を読むと、旅とはこういうものなのだと思えてきます。

 わたしが特に好きな場面は、著者がある老婆と言葉を交わすところです。老婆が、額を見せながら、そのなかに収まっている肖像画の女性が美しいと訴えかけてくるところです。著者は、老婆が訴えようとすることをくみ取り、さらに自分も本当に肖像画の女性を美しいと思っていると伝えようと、知っているかぎりのロシア語から「真実」という単語を選びだし、「美しい人」という言葉に添えて返します。老婆は心から満足した様子を見せます。著者の表現力があると、味があるこの場面も、わたしが書くと、なんてことはないこのやりとりになってしまってうまく伝わらないのが残念ですが。

 ロシアという国を知るのにはそう役立ちそうにない本ですが、旅の醍醐味を感じさせてくれる本だと思います。
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2011年11月15日

「雨天炎天―ギリシャ・トルコ辺境紀行」

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村上 春樹 著
新潮社 出版

 旅行記なのですが、異色です。読む側からいうと、旅行記を読んでいて「わたしもその地を訪れてみたい」という気持ちがこれほどまでに湧いてこない作品は、珍しいと思います。湧いてきたのは、世の中いろんな土地があっていろんな人がいていろんな価値観があるんだなという、何の変哲もないけれど染みいる感慨でした。それは、積極的に肯定するでもなく否定するでもなく著者が書いた文のせいだと思います。

 ギリシャのほうは、ギリシャ正教の修道院ばかりが集まっているアトス半島という聖なる土地(男性と雄しか足を踏み入れることしかできません)を巡るというものです。どちらかというと経済的に困窮する修道院が多く、バチカンやイタリアに見られるような華やかさはありません。悪天候のなか険しい道をひたすら歩いて倹しい修道院を訪ね歩き粗食に耐えながら別世界(ギリシャ正教の世界)を垣間見たという現実は、もしかしたら、旅の企画段階では、エーゲ海の碧さを背に歩き修道院の質素な佇まいを堪能する予定だったのかもしれません。しかし、女であるという自らの現実を考えると、一生行くこともない土地を紹介してくれてありがとうという気持ちで読めました。

 トルコのほうは、3週間かけてトルコの端をぐるりと一周しています。ぐるりと一周しているせいか「それは本当にトルコですか?」と質したくなるくらい、イスタンブールの話しか聞いたことがないわたしには想像もできなかった風景や雰囲気が描かれています。さらに、(そのときはご存知なかったようですが)命の危険がある場所にまで足をのばされています。イスタンブールの話しか聞いたことがないわたしにとっては、トルコのイメージが(一度は訪れたい国から行きたくない国へと)がらりと変わりました。

 さんざん否定的に書いておいて矛盾しているようですが、(ギリシャやトルコではなく)どこか旅に出るのはいいかもしれないな、という気持ちはおきました。それは、その土地の空気を吸いこんでみなければ感じられない何かがあるということを、この本が思いださせてくれたからです。
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2011年11月11日

「村上朝日堂」

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村上 春樹 著
安西 水丸 画
新潮社 出版

村上ラヂオ」も良かったので、さらに遡って読んでみました。ひとことでいうと、遡り過ぎたようです。著者が30代半ばのころ、日刊アルバイトニュースに掲載されていたエッセイなのですが、「村上ラヂオ」や「おおきなかぶ、むずかしいアボカド」のように強烈な印象が残ったものは、ありませんでした。

 「同じ著者のものなのに、どうしてだろう?」と思うものの、はっきりとした理由はわかりませんでした。

 もしかしたら、こちらのエッセイのほうがテーマが細かく身近な何かに特定されていたせいかもしれません。人の根っこの価値観のようなものに共感できるのは、あきらかに「村上ラヂオ」や「おおきなかぶ、むずかしいアボカド」のほうです。

 これで村上春樹ワールドの変遷を見たことになるのかも、と思うことにします。
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2011年11月10日

「村上ラヂオ」

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村上 春樹 著
大橋 歩 画
マガジンハウス 出版

おおきなかぶ、むずかしいアボカド」があまりにおもしろかったので、遡って読んでみました。

 ロードス島の上空を飛んでいるときの描写があまりにリアルで、わたし自身も山手線ではなく、飛行機に乗っているかのような気がしたほどです。

 こういう描写を誰でも書けるものではないでしょうし、また同じ出来事を経験しても、こういう感覚を誰でも受けるものでもないでしょうから、やはり小説を書くべくして書いている方なんだろうなと、いまさらながら思いました。

 世界のムラカミの作品をもう少し読んでみたいという気になりました。
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