2011年10月18日

「おおきなかぶ、むずかしいアボカド」

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村上 春樹 著
大橋 歩 画
マガジンハウス 出版

 『アンアン』に連載されていたものが1年分収められています。内容は、小説に偏るでもなく、翻訳に偏るでもなく、ふと心に浮かんだことを書き留めてみたといった趣きです。(まえがきによると、こういう細かな素材を抽斗におさめておいて、小説のあちこちで役立てるそうです。)

 以前に読んだ「やがて哀しき外国語」に比べて、ずいぶんと型破りな雰囲気があって、読んでいて楽しくなりました。

 ひとつは、『アンアン』の中心読者である20代の女性に向かって、いまや日本を代表する大作家が書いているという点でしょうか。村上氏は、その年代の女性をよく知っているわけでもないので、”とにかく自分の書きたいことを書きたいように書く、それだけを心がけている”そうです。そういう状況で生まれた幅広さがいいのか、『アンアン』の想定読者から程遠いわたしも、村上氏の価値観を吸いこむように愉しめました。

 このエッセイ集で一番好きだった部分は、『今週の村上』コーナーです。それぞれの末尾に1、2行添えられているひとことなのですが、エッセイの内容と関係ないことが唐突に登場したり、エッセイを補うようなかたちだったり、みごとにバラバラな感じで、うまく説明できない読み応えがありました。そもそもエッセイも、移っていく話題のそれぞれのボリュームの割合にパターンがなくて、それも不思議な感じでした。ちょこっとおまけ、みたいな感じで最後の最後に登場する文章が一番気になったり。

 そして一番好きだったエピソードは、スペインのバルセロナで行われたサイン会です。簡潔かつ的確なツッコミも添えられていて、情景が目に浮かびました。
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2011年09月06日

「サラリーマンに効くクスリ!」

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勢川びき 著
近代セールス社 出版

 この本の著者のように大企業に勤めているわけではありませんが、それでも会社員をしている以上、俗にいうサラリーマンカラーに染まっているかも、と自分のことが気になって読み始めました。

 前半では、サラリーマンが馴染みやすい習い性のうち、大局的にみたとき合理性に欠けている点を、漫画でおもしろく揶揄しています。後半は、こういう視点やこういう価値観もあるんじゃないかという作者の提案を、ごり押しすることなく紹介してくれています。冷静に指摘されると重いテーマばかりですが、4コマや8コマの漫画になっているのでとっつきやすく、心にぐさりと刺さるというより、引っかかるといった感じで、楽しく読めました。

 悪意をもって大きな失敗をしでかす以外はほとんど馘首されない日本で、サラリーマンのカラーに染まるということは、楽なほうに流れて小さくなってしまうことだと思うのですが、そういったサラリーマン人生を全面否定するというより、同じ人生を生きるなら、こういう楽しみ方もあるんじゃないかという実践型提案が、共感できました。

 それで、わたし自身が当てはまったどうかですが、これはわたしの周囲のことを描いたのではなかろうか、というくらいピッタリときたものが2点ありました。

 周囲の環境からまったく影響を受けないということはありえませんが、常に複数の視点からものごとを見る習慣は残したいと痛感した一冊でした。
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2011年08月23日

「堕落論」

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坂口安吾 著
角川春樹事務所 出版

 以下が収められています。
−堕落論
−続堕落論
−青春論
−恋愛論

 堕落論は1946年4月、続堕落論は1946年12月に書かれています。終戦直後に書かれた続堕落論には次のような一節があります。
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 たえがたきを忍び、忍びがたきを忍んで、朕の命令に服してくれという。すると国民は泣いて、ほかならぬ陛下の命令だから、忍びがたいけれども忍んで負けよう、と言う。嘘をつけ! 嘘をつけ! 嘘をつけ!
 我ら国民は戦争をやめたくてしかたがなかったのではないか。
>>>>>

 日本人の本音と建前に対して、ばっさり「嘘をつけ!」と言ってのけているところが、好きです。

 恋愛論では次の部分に唸ってしまいました。
<<<<<
 教訓には二つあって、先人がそのために失敗したから後人はそれをしてはならぬ、という意味のものと、先人はそのために失敗し後人も失敗するにきまっているが、さればといって、だからするなとはいえない性質のものと、二つである。
>>>>>

 この後者の失敗に恋愛は含まれるというのです。なるほど。
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2011年06月29日

「モーツァルトの息子 史実に埋もれた愛すべき人たち」

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池内 紀 著
光文社 出版

マドンナの引っ越し」があまりに面白かったので、同じ著者のエッセイをもう一冊読んでみました。こちらも負けず劣らず面白かったです。「マドンナの引っ越し」は一風変わった旅をとりあげたものでしたが、こちらは、いままで脚光を浴びたことなどないであろう一風変わった人物が「史実に埋もれた愛すべき人たち」としてとりあげられています。モーツァルトの息子は、この本にとりあげられた30人の人物のうちのひとりです。たしかにモーツァルトのことは誰でも知っていますが、その息子となると存在したのかさえ知らない人が多いのではないでしょうか。少なくともわたしはモーツァルトの息子について何かを聞いた記憶がありません。

 風変わりな人物が代わる代わる登場するなかで、わたしが特に気に入ったのは、ありとあらゆる場所にあらわれ自分の名前を残していくヨーゼフ・キュゼラーク、直截的な表現で自分の想いのたけを綴った詩集がそれを恥じる身内によって買い占められ結果的にベストセラー詩人になったフリーデリケ・ケンプナー、世にも珍しい冒険譚を残したクサヴィエ・ド・メストル、カフカと二度婚約し二度とも彼から婚約破棄されながらも彼からもらった手紙を捨てすことさえできなかったフェリーツェ・バウアーです。とりわけ、クサヴィエの冒険譚は叶うことなら作品そのものを読んでみたいと思うほどでした。

 何の説明もなくいきなり核心の部分に切りこむこの著者の描写は、無駄がないだけでなく、その人物に対する興味が喚起され、読んでいて退屈しませんでした。

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2011年06月22日

「本当はちがうんだ日記」

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穂村 弘 著
集英社 出版

 印象をひとことであらわすと”おもしろい本”です。一見とりたてて書くほどのこともない日常のできごとをユニークな着眼点で捉え、独創的な喩えを駆使し描写されているので、思わず笑ってしまうこともしばしばありました。

 でもそこに見えるのは、眼を逸らさず真っ向から自分に向き合っている姿でもあるように思います。わたしなら、不安におびえたり勇気がだせなかったりして認められない現実も、とりあえず先送りにしたいことも、恥ずかしすぎてなかったことにしたい過去も、この著者は飄々と見つめ自虐的な笑いを醸しながら語っています。

 読んでいるわたしといえば、著者を笑ってしまったあと、その笑いがブーメランのように自分のもとに返ってきて、チクリというかグサリというか我が身に刺さってしまうのを、ほんのちょっぴりの爽快感をもって受け止めた、といったところでしょうか。普段なら、笑い飛ばすことなんてできない、見たくない自分の一面を静かに笑ってしまう感じです。

 軽い読み物なのですが、言葉の繰り返しの効果とか、読みやすい句読点とか、短く重ねた文のインパクトとかが、文章の練られ具合を物語っているようで、軽く読んじゃって良かったのかな、と思ってしまいました。
posted by 作楽 at 07:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(エッセイ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする