2017年09月21日

「スティーブ・ジョブズ」

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ウォルター・アイザックソン (Walter Isaacson) 著
井口 耕二 訳
講談社 出版

 IT業界の変革者ジョブズですが、強烈ということばをもってしても伝えられないくらい個性が強い人であったことが如実に伝わってきました。特に若いころの恋人や娘に対する仕打ちは、読んでいて辛いものがありました。のちに、元恋人が彼を自己愛性人格障害と分析していましたが、それにしても、ここまで冷酷になれるものかと驚きました。

 そのいっぽうで、ジョブズが起こした変革を、歴史として習ったのではなく、その時代に生きて目の当たりにしてきた身としては、後半は楽しく読めました。

 一番楽しめたのは、開発秘話といった類のエピソードです。向日葵を見てインスピレーションが湧き iMac が生まれたとか、衝撃的だった iPod のホイールを iPhone の開発にも当てはめようとしたとか、試行錯誤のプロセスに関する話題です。

 次に興味がわいたのは、ジョブズの比類なきこだわり方です。きちんとするのが大好きな養父から、見えない部品にさえ、ちゃんと気を配ることを学び、子ども時代を送った地域の建売住宅から、すばらしいデザインとシンプルな機能を高価ではない製品で実現することの素晴らしさを知ったジョブズが、一般消費者がこだわらない点にもこだわり抜く姿勢をもったことも、そういった信念を子どものときから持っていた点も、わたしのような凡人とまったく異なるのだと痛感しました。

 そうした背景を知ると、この業界で意見を二分する、オープンかクローズドかという問題において、ジョブズがクローズドの方針を貫き続けたのは自然なことに思われました。若いころのわたしは、クローズドに批判的でしたが、パソコンでもタブレットでもスマホでもコモディティ化しているいま、大多数の人にとってはクローズドが必要なのだと実感しています。時代がジョブズに追いついてきたのかもしれません。

 そして、その卓越した先見性だけでなく、選択と集中の実践力、『現実歪曲フィールド』と揶揄される強靭な推進力など、並外れた才能によって会社が大きくなっても変革を起こすことができたのだと思います。もしもっと長生きしていたら、もうひとつ階段をのぼっていたのかもしれません。次の一段を押しあげるジョブズのような人物が出てくるのを、この業界に身を置くあいだにもう一度見たいと思いますが、そう簡単に実現する時代ではなくなった気もします。
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2017年09月16日

「オーケストラの指揮者をめざす女子高生に『論理力』がもたらした奇跡」

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永野 裕之 著
実務教育出版 出版

「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」の真似というのが、この本に対する第一印象ですが、取りあげられているのが難しそうな数学書「原論」で、それを学ぶのが女子高生となれば、わたしも難解な数学を少しは理解できるかもしれないという期待がわき、読んでみました。

 本当に基礎の基礎から始まるうえ、既出の問題にも適宜触れながら進むので、投げ出さず読み通せました。その基礎の基礎の例ですが、以下のようなギリシャ文字の読み方も載っています。そんな至れり尽くせりでも、さすがにわたしのレベルでは「原論」を理解できたと言えるには至りませんでしたが、それでも、2000年以上も前の書物がいまも読まれている理由が納得できました。

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 紀元前3世紀ころにユークリッドが書いたとされる「原論」に対して抱いたイメージは、無駄をいっさい排除した美しさのようなものです。異を挟む余地がまったくないよう証明され、その証明はその後の証明において最大限活用できるよう組み立てられ、直線的に高みへと登っていくようなイメージです。

 異を挟む余地のない証明を根底で支えているのは、定義、公理、公準などです。これらはいずれも、異なる考えをもちうる人たちのあいだで基礎となるルールにあたります。そのうえにさまざまな証明が重なり、タイトルにある『論理力』、つまり異なる考えをもちうる人々が認識を一にするため必要なものを欠かさず積み重ね、揺るがない共通認識を築きあげることが可能になるということを本書は伝えています。

 以心伝心といった文化をもつ日本で、あまり知られていないユークリッド原論の方針は、グローバル時代において、もっと理解されていもいいものだと感じました。
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2017年09月15日

「平和の玩具」

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サキ 著
和爾 桃子 訳
白水社 出版

 300ページほどの本です。そこにクスッとかニヤッとか小さく笑ってしまう33編もの掌編が収められています。当たり前過ぎて既成概念に捉われているとさえ認識できていないことの逆をいく展開、仕方がないと諦めてしまう場面で知恵を絞って相手に一矢報い溜飲を下げる結末、正義や国民のことを露ほども考えず自らの利害だけを公然かつ堂々と追い求める政治家の悪あがきなど、どれも独特のおかしみが感じられます。

 この作家には、人という生き物に対する鋭い観察眼、自身が含まれていようとも人という生き物を茶化す余裕、読む者を楽しませるユーモアがあります。時代が変わっても変わらない人間の本質のようなものをつく作品は、一世紀ほど経って読まれても色褪せて見えません。

 ただ、この一世紀のあいだ、人の本質は大して変わっていないようですが、時代は大きく変わったのだと感じました。サキ(1870-1916)は、44歳のとき志願して一兵卒として前線に赴き、46歳で戦死しています。もし、生き延びていたら、作品のなかで戦後の平和や政治をどう描いていたのだろうかと、ふと気になりました。
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2017年09月14日

「日本語でどづぞ」

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柳沢 有紀夫 著
中経出版 出版

 タイトルは、ケアンズの射撃場が出していた広告の間違いだそうです。オーストラリアの観光地でこんな間違いが見つかるのかと驚いて見たところ、この本の出版は2007年と、古い情報のようです。

 いまは、翻訳ソフトの精度もあがり、ソフトの出力をコピペすれば、この手の間違いは避けられ、実際同僚の外国人のなかには、日本でタクシーに乗って行き先を伝えたり、ちょっとした依頼を告げるとき、すべて翻訳ソフトで間に合わせている人もいます。そういった時代の流れを考えると、何とかして日本人観光客の気を惹こうと頑張ったものの、驚くような日本語の間違いを披露する羽目になった光景が目に浮かぶと懐かしい気分になります。

 ただ、そこに日本語を使う必要があるのかと疑問に思うケースもかなりあり、著者も紹介例の『多くは日本人ではなく、基本的には現地の人を対象にした商品』と認めています。では、なぜ日本語を見てわからない人々のためにわざわざ日本語で表記するのかを、著者は『「日本語はカッコいい」と思っているからにほかならない』と説明しています。著者がいた広告業界では、意味がわからなくてもおしゃれに見えるものを「単なるデザインエレメンツ」と呼び、日本では英語を「デザインエレメンツ」としていたという例を挙げています。根拠薄弱な説明ではありますが、否定する根拠もありません。なにしろ日本でも意味不明な英語が氾濫していたのは事実ですから。

 著者のこの考察は、わたしにとって興味深いものではありますが、この本の扱いとしては、こうなった原因を考えるのではなく、あれこれツッコミながら、笑って読むのが正解だと思います。
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2017年08月28日

「ポイズンドーター・ホーリーマザー」

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湊 かなえ 著
光文社 出版

 以前読んだ「向日葵の咲かない夏」は、工夫をこらした作品だと思いますが、こういったイヤミス風の作品は苦手で、その後、道尾秀介の作品には手が伸びませんでした。この本の作家が『イヤミス』の女王だと知ったのは、読んだあとです。短篇集なので、イヤミスといっても、二度と読みたくないと思うほどの嫌悪は感じませんでしたが、やはり苦手なジャンルです。

 タイトルにドーター・マザーとあるように、母娘の関係を背景にした作品が多く、起きた犯罪にかかわるあれこれを語る形式も似ていて、それぞれ意外性のある結末が用意されています。その意外性は、ある状況におかれた人たちが、それぞれ違った解釈をすることによって生まれます。ひとつの解釈のあと、別の解釈が提示されるのですが、こういった状況解釈の相違は日常的によく起こりますが、敢えて指摘せず、まったく違う解釈をする人たちを避けて暮らしているだけに、わざわざ小説のなかで見たいとは思えませんでした。
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2017年08月27日

「いま見てはいけない」

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ダフネ・デュ・モーリア (Daphne du Maurier) 著
務台 夏子 訳
東京創元社 出版

 友人がわざわざ送ってくれた本です。それだけでも十分にありがたいことですが、面白い本だったので、こうして読むことができて良かったと思います。

 短篇集で、以下の五作が収められています。どの作品も人物像が立ちあがってくるような描写です。とりわけ、群像劇のような「十字架の道」は、こういう人いるなあと思わずにいられない、どこにでもいそうな、だけどちょっと癖がある人たちがエルサレムをツアーで訪れ、こういうことあるなあと思わずにいられない、ちょっとしたつまづきを経て立ち直る様子が、キリストの復活のエピソードと並行して描かれています。そのコントラストが皮肉の利いたユーモラスな雰囲気を醸しています。

−いま見てはいけない
ー真夜中になる前に
ーボーダーライン
ー十字架の道
ー第六の力

 わたしが一番気に入ったのは、冒頭で死んだ父親が残した不思議な最期のことばの意味が結末で明かされる「ボーダーライン」です。最期のことばと結末のあいだにある、女優の卵の浮き立つようなロマンスの予感と演じることを楽しんでいる様子が彼女の若さをとらえていて、楽しく読めました。「いま見てはいけない」も、夫婦のちょっとしたゲームやヴェネチアの東郊トルチェロ島という非日常的な舞台を楽しむことができましたが、結末には、わたしが苦手とする不可解な現象が起こって、ちょっと怖かったです。
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2017年08月26日

「海の見える理髪店」

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荻原 浩 著
集英社 出版

 直木賞受賞作なので、読んでみました。以下の短篇が収められています。読み通して思ったのは、過去における喪失が次々と登場し、振り返ってばかりいる気分を味わいました。しかも、よそで似たような作品を読んだ記憶が蘇り、新鮮味も感じられませんでした。もちろん、わたしが読んだ順序とは違って、こちらの作品のほうが新しいのかもしれませんし、また、エピソードが似ている作品など、いくらでもあるともあるとも思います。

ー海の見える理髪店
ーいつか来た道
ー遠くから来た手紙
ー空は今日もスカイ
ー時のない時計
ー成人式

 もし数年後に再び手にしても、何も思い出せないような気がする本でした。
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2017年08月25日

「動物農場」

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ジョージ・オーウェル (George Orwell) 著
開高 健 訳
筑摩書房 出版

一九八四年」を思い出さずにはいられない内容です。こちらを読むと、「一九八四年」は、あれもこれもと詰めこまれ過ぎていた気がしてきます。本作の翻訳者である開高氏がジョージ・オーウェルの作品について本書で語っているところによると、「一九八四年」に比べ、「動物農場」のほうが作品として、はるかによくできているそうです。具体的には、「動物農場」を以下のように評価しています。
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『動物農場』というのは、プルーストやらジェイムズ・ジョイスを通過した二十世紀のヨーロッパ文学フィールドの中では、先祖帰りといいたくなるくらいのプリミティヴな小説なのですが、よくこれだけ単純な物語を書く勇気が出たものだと感心させられます。これは成功作ですね。暗い作品なのにあちらこちらにユーモアの閃きもある。大人の読む寓話であって、政治小説としては筆頭の、一、二に挙げられる小説です。
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 そのいっぽうで、「一九八四年」については、以下のように述べています。
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『一九八四年』は『動物農場』に比べて文学作品としてはるかに破綻の多い、どちらかといえば失敗作に近いものと思われるのですが、にもかかわらず私にはその名状しがたいほどの気魄の激しさゆえに、本棚からいつでも下してきたくなる書物の一冊です。失敗作だが貴重な作品だと評価したくなる本がときたまあるものですが、これはその一冊です。
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 これらの評価を読んで思ったことは、「動物農場」からは諦念を、「一九八四年」からは熱を感じたことと、諦念は現実に、熱は理想につながっていて、現実より理想のほうがパワーを持っているのかもしれないということです。わたし自身は、ユーモラスな描写が散りばめられたシンプルな「動物農場」のほうが好きですし、熱よりも諦念のほうが向いている気がします。
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2017年08月24日

「しろいろの街の、その骨の体温の」

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村田 沙耶香 著
朝日新聞出版 出版

 スクールカーストの描写を読んでいるうちに、まだ小学生や中学生だったころのことを鮮明に思い出しました。大昔のことなので、スクールカーストという呼び名はなかったと思いますが、スクールカースト自体はありました。ただ、主人公の結佳が感じるほどの明確な境界線は無かったように思います。エリートクラスとは無縁なわたしのようなおとなの場合、どこへでも流れていけるので、学校に閉じ込められている中学生ほど残酷な場面に立ち会うことは無くなり、残酷な記憶が薄れているだけなのかもしれませんが。

 こうしてわたしの記憶を鮮やかに掘り起こしたので、この作品のリアリティを否定はできませんが、結佳が好きな伊吹の無神経さには、リアリティが感じられませんでした。周囲の何に対しても鈍いのであれば、人物像として破綻しないと思いますが、スクールカーストには気づかないけれど周囲への気配りはできるというキャラクターはイメージできませんでした。

 また、おとなが描くこども視点の小説とはいえ、小学生時代の結佳の分析は鋭すぎて、その延長線上に、自分を持て余してばかりいる中学生の結佳がいるようにも思えませんでした。

 この作家に限れば、読者が自身の経験や知識と照らし合わせるような作品ではなく、「殺人出産」のような非現実的な設定や「コンビニ人間」のような個性が特別際立っている人物が登場する作品のほうが、わたしには向いているのかもしれません。
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2017年08月11日

「定年男子 定年女子 45歳から始める『金持ち老後』入門」

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大江 英樹/井戸 美枝 著
日経BP社 出版

 男性著者と女性著者それぞれの視点から定年後のアドバイスがなされています。著者のリアルな個人経験なので、説得力はあるものの、そのままでは自分にあてはめにくい内容でした。

 そうはいっても、個々のアドバイスの手前にある問題点の指摘は、とても納得でき、自分はどうしていくか考える参考になりました。一番印象に残っているのは、老後は、病気、お金、孤独が三大不安要素で、会社員と自営業では、対処する優先順位が違うということです。自営業では、1.お金、2.病気、3.孤独の順に優先度が高く、会社員では、1.孤独、2.病気、3.お金だそうです。

 孤独というリスクは、考えたことがありませんでした。ただ、女性の立場からいうと、会社員とひと括りにされるのは違う気もしますが、社外人脈を持てるよう「人の貯金」に励めという著者の意見には頷かざるを得ません。

 タイトルにあるとおり、入門レベルでは役立つ本だと思います。
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