2019年06月02日

「最新 LINEビジネス活用講座」

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菅谷 信一 著
主婦の友社 出版

 Amazon のカスタマーレビューで高評価を得ていた書籍です (2019 年 5 月 20 日に確認)。

 一般消費者を顧客とするビジネスにおいて、常連、言い換えれば自らの商品やサービスのファンを獲得していくことは重要で、そのツールとして LINE@ を活用していきましょうという内容です。

 わたしも LINE を使っていますが、ほとんどが友人とのやりとりです。メールと違ってスタンプのやりとりが根づいていることが主な理由でしょうか。返信を書く余裕がないとき、さくっとスタンプを送って気持ちだけ返信できて使い勝手がいいと思います。

 いっぽう本書にあるようにビジネスで LINE@ を使うメリットは、(潜在) 顧客との関係維持に効果を期待できる点です。昔と違って電話をかけることの心理的ハードルが相当あがりました。世代による差がありますが、プライベートで電話をかけるには事前に相手に都合のいい時間を確認する人が増えている印象があります。そしてプライベートで電話を利用する機会が激減することにより、店などの事業者に電話をかけるのを億劫に感じる人も増えているのでしょう。

 そういった変化のなか、中高年も含め広い世代に活用されている LINE を使って情報を発信したり気軽に問い合わせや予約を受けたりできるのは、小規模事業者にとって確かに魅力的だと納得できました。

 ただ LINE には、顧客に対し名前や電話番号などの個人情報を求める必要がなく (潜在) 顧客に LINE 登録してもらいやすいというメリットがあるいっぽうで、文字数といった制限もあります。そういった制限の克服方法についても書かれていた点が評価できました。

 全体的に、小規模事業者にとって実際的な内容だと思います。
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2019年05月16日

「ハードボイルド・エッグ」

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荻原 浩 著
双葉社 出版

 コミカルなミステリです。迷子のペット探しが得意でハードボイルドとは無縁な 30 代の探偵と、したたかなおばあちゃん秘書の凸凹コンビが笑えます。

 コメディ路線であることを考えると、犯人はすぐわかってしまうのですが、凸凹コンビの掛け合いと探偵のお人好し加減が軽薄すぎず、ほどよい柔らかさです。

 ひとつひとつの場面に散りばめられた意外性も楽しめますが、結末に明かされるおばあちゃん秘書の本音に自分の姿を見たときは、ほんわかとした雰囲気のなかに人の本質も描かれていたのだと思えました。

 深刻な現実がコミカルに描かれ、ユーモアでやり過ごすようなところは、「さよなら、そしてこんにちは」と似たような印象を受けました。くよくよしがちなわたしには、こういった作品が合っているのかもしれません。
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2019年05月15日

「時間をかけずに成功する人 コツコツやっても伸びない人 SMARTCUTS」

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シェーン・スノウ (Shane Snow) 著
斎藤 栄一郎 訳
講談社 出版

 著者は、ニューヨークを中心に活躍するアメリカ人ジャーナリストです。短期間で頭角をあらわしトップクラスにあがった人たちを取材して、その共通点、つまり近道 (shortcut) ならぬ smartcut をどう実現したかを書いています。

 成功するには失敗がつきものといわれますが、その失敗について興味深い研究結果が紹介されていました。ある病院で新しい手術法を導入したときのことです。新しい方法の手術に失敗した医師は、さらに失敗する傾向があり、失敗した医師の同僚はその後成功を重ねる傾向がありますが、同僚が成功しても自分の成功率には影響を与えません。

 これらは、対処メカニズム (問題に対処するために機能するしくみ) が関係しているそうです。(『帰属理論』と呼ばれます。) 人は、成功や失敗を説明する際、できるだけ自分に都合のいい原因に結びつけたがります。つまり自分が失敗しても、自分に落ち度があったと考えず、都合のいいほかの理由を見つけてしまうため、失敗から学べないのです。いっぽう同僚の失敗は客観的に分析できるため、失敗の原因をつきとめ、自分の成功に結びつけることができるというわけです。

 成功したければ、この理論を意識して、自分の失敗と他人の失敗を区別せずに分析し、次のチャレンジに役立てればいいわけです。

 また人脈についても、もっともなことが書かれてあります。人脈を広げようと、いろいろな人とコンタクトを取るのではなく、たくさん人脈を持っていそうなひとりとコンタクトを取るよう勧めています。しかも人との交流において目指すべきはギブ&テイクではなく、ひたすらギブを続けてファンをつくり信頼に満ちた絆をつくることです。利己的になると成功することはできないというわけです。

 どれも頷ける内容でしたが、桁外れに驚いたことがひとつありました。より良いものを目指す際に欠かせない第三者からのフィードバックについて『誰にでも、ネガティブなフィードバックをもらったとき、「ああ僕はダメだ」と人格否定として受けとめる脳内スイッチがある。それをぱちんと切ってしまう術を覚えるのだ』と書かれてあったことが意外でした。

 わたしは、フィードバック=人格否定のように受け取らない傾向が強く、そう受け取る人は難しいなあと常々思っていましたが、自分が少数派だとは知りませんでした。考えを改めたいと思います。
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2019年04月25日

「古事記と日本人―神話から読みとく日本人のメンタリティ」

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渡部 昇一 著
祥伝社 出版

 日本人の精神面の特性を古事記から読みとこうというのが趣旨です。

 まず古事記のおさらいです。最初の神様、天之御中主神 (アメノミナカヌシノカミ) 以降の初めての男女神は伊邪那岐命 (イザナギノミコト) と伊邪那美命 (イザナミノミコト) で、伊邪那美命が国を産みました。しかし、そのあと神産みのあと黄泉の国に行ってしまいます。あとを追って黄泉の国へ行った伊邪那岐命は帰ってきたあと禊を行ない、左目を洗ったときに産まれたのが天照大神 (アマテラスオオミカミ) です。その孫 (瓊瓊杵尊:ニニギノミコト) がこの世に降臨し、その曾孫が初代の神武天皇になり、現代の天皇まで続いています。

 著者は、古事記と日本人のメンタリティを具体的にどのように結びつけているのでしょうか。

 ひとつの例は、天照大神が天の岩屋戸におはいりになったとき、天宇受売命 (アメノウズメノミコト) が中心となって神前舞踊を奉じたことをあげています。天宇受売命が女神だったことから、この神話と家庭のなかのエンターテイメントの中心であった主婦を結びつけています。娯楽が溢れている現代と違って、昔は主婦を囲んで子供たちが遊びながら過ごした時間が多かったことは確かだと思います。ただ糧を得る仕事に腕力を必要とした時代に主婦がそういった役割を担ったのは、世の東西を問わず自然な流れで、古事記や日本人に限定される話ではないように思います。

 また、伊邪那岐命が伊邪那美命を追って黄泉の国へ行った際、伊邪那美命に見るなと言われたのに待ちきれず、伊邪那美命の恐ろしい姿を見てしまい、逃げ帰る羽目になってしまいました。それだけでなく、お互い報復しあい絶縁状態になるという悲しい結末を迎えたことから、著者は、見てはいけないと言われた状態にある女を見ることは禁忌にあたると説明しています。たしかに、腕力、つまり労働価値が劣る女性は、古来からその価値が労働力ではなく、若さや美しさにありました。だから美しくない、見られては困る状態も生まれますし、それを敢えて見れば軋轢も生まれます。古事記にそういった教訓が書かれてあることは確かだと思います。

 著者の解釈を読みながら、自分なりに古事記を解釈してみるのも楽しいものです。
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2019年04月24日

「世界悪女大全」

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桐生 操 著
文藝春秋 出版

 古今東西の悪女がこれでもかというくらい大勢登場します。読んでいると感覚が麻痺しないかと怖くなるほどです。(ただし誰でも知っている有名人は例外です。彼女たちはそのネームバリューで登場しただけで、悪女度合いとしてはかわいいものです。)ただ、膨大な数が収録されているので、ひとつひとつが記憶に残るほどではないのが救いです。

 それでも例外はあります。我が子を見殺しにするどころではなく、自らの計画で自ら手を下して我が子を殺めた女には、ことばがありませんでした。それは、のちに則天武后と呼ばれた女の話です。唐の太宗の后だった彼女は、いったん尼になったあと次の皇帝、高宗に還俗させられ寵愛を受けました。ただ高宗に后がいたので、彼女は皇后を陥れる策を練ります。子のない皇后が我が子を訪ねたとき殺したかのように見せかけるため、自ら我が子を殺したのです。そのあとも皇后を罠にかけ続け、とうとう皇后は廃位に追いやられます。

 次は、則天武后のような凄惨な逸話に比べると滑稽に見える詐欺の話です。仕掛けたのは 19 世紀のフランスにいたテレーズ・ドリニャックという女です。彼女は、大金持ちの遺産相続人のひとりだという嘘を吹聴し、ほかの相続人と法廷で相続財産を争っているかのように見せかけます。法律的に決着がつけば彼女のものになるとされる財産を担保に周囲の人々は金を貸し、高価なものを売り、彼女は 20 年以上ものあいだ、贅沢を享受しました。そしてとうとう最後に嘘が暴かれ 5 年の禁固刑を受けたそうです。20 年も騙したほうも騙したほうですが、騙されたほうも騙されたほうという気がしないでもありません。

 この手の悪事満載の本は、わたしには 1 冊で十分かもしれません。
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2019年04月10日

「笑いの方法 あるいはニコライ・ゴーゴリ」

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後藤 明生 著
つかだま書房 出版

 ゴーゴリの作品のうち「鼻」と「外套」が著者の翻訳で掲載されています。わたしにとって「鼻」は、「外套」と違って『変 (へん)』としかいいようのない作品なのですが、著者の主張を読んでから「鼻」を読むと違った印象を受けます。

 著者は、ゴーゴリ作品の笑いは『諷刺』ではないと主張しています。諷刺は、ひとつの立場であり、またひとつの『思想』だと述べ、この『思想』は括弧つきのもの、つまりその時代における進歩というものの概念だと説明しています。しかしその立場も思想もゴーゴリにはなかったのだから、彼の作品は諷刺ではないという理屈です。

 では、これらの作品にある可笑しみ、笑いは何なのでしょうか。ゴーゴリは、『実話』 (つまり現実) でさえあれば、必ずそこに『滑稽さ』というものを発見することができ、その滑稽さは、人間の存在そのものにもおよぶと考えていたのではないかと著者は推察しています。そしてゴーゴリ作品の笑いは、そのような滑稽な存在としての人間、および、そのような人間と人間の関係としての現実 (世界) を捉える装置であり、構造としての笑いだったと著者は考えています。

 そんな考えを突きつけられても、自分の存在そのものの滑稽さをわたしは実感できません。もしかしたらその理由は、内側から人間を見ているから気づかないだけなのかもしれません。だから外から、この場合はゴーゴリの作品を通して見た場合、その滑稽さが見えるのかもしれません。「鼻」に登場するアクシデント自体は当たり前とは程遠いのですが、アクシデントに対する人間の反応はごくごく自然に見えることから、そう思い至りました。

 著者は死ぬまでゴーゴリについて考えがまとまることはないといっています。それほど壮大なテーマの雰囲気が少し味わえた本読みでした。
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2019年04月09日

「フェルメール 隠された次元」

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福岡 伸一 著
木楽舎 出版

 生物学者である著者は、大のフェルメールファンで有名なフェルメール研究家です。科学者が芸術作品を見る視点は、美術館で人混みに揉まれながら、これがあの有名なフェルメールの作品か……などと思うわたしとはまったく次元が異なり、驚きに満ちていました。

 もっとも驚いたのは、指紋の検出です。著者がフェルメールの作品に違いないと信じている 37 作品のなかには真贋が問われている作品があります。それをキャンバス上に微かに残された指紋から証明しようというのです。現在も進行中のプロジェクトのようですが、その閃きや仮説は読んでいるだけで胸躍るものでした。

 そして著者の専門分野のひとつ DNA の話題からも意外なことを知りました。DNA は、生物を作る設計図のようなものだと思っていましたが、実際は、全体像を把握する地図のような働きはありません。一部の例外を除き細胞は、それぞれ同じカタログブックを持っていて、細胞の差異はカタログのどの部品を選ぶかによって生まれるというのです。細胞の生成 (成長) 過程において、前後左右上下の細胞と相互作用の結果、相補的に差異化されていくのであって、身体の全体像を把握しているものはどこにもないということです。

 いろいろ知識も得られますが、この本の一番の売りは、巻頭に収められている 37 のリ・クリエイト作品のカラーページです。リ・クリエイト作品とは、現存の作品の画像データに対し、修復に似た補正を加え、コントラスト調整を施し、描かれた当時の作品の再現を目指すための色味を加えたものをキャンバス生地に印刷したものです。

 元の状態を正確に知ることができない以上、彩色することを良しとしない修復とは違うこのリ・クリエイトの手法に、ある修復家は「当時はどういう色味だったのかと考えるのは、知的な提案」だと評しています。作品そのものに手を加えるわけではないので、リ・クリエイト作品は歓迎される企画だと思います。

 美術品と生物を一度に楽しめる一粒で二度おいしい本でした。
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2019年04月08日

「見て見ぬふりをする社会」

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マーガレット・ヘファーナン (Margaret Heffernan) 著
仁木 めぐみ 訳
河出書房新社 出版

 このタイトルを見て最初に思い浮かべたのは、いわゆる傍観者効果というものです。この本でも、『危機的状況を目撃した人数が多ければ多いほど、なにか行動を起こす人が減る』と説明されています。

 この本で扱われているのはもっと広い範囲で、『故意あるいは意図的な看過、意識的な回避、意図的な無関心など』を指し、イギリスでは法的概念として確立されているそうです。平たくいえば『知る機会と知る責任があったのに、そこから逃げる』ことで、薄々おかしいと思いながらマネーロンダリングや麻薬取引に加担した人に適用されるケースが多いとか。

 見て見ぬふりは、企業活動のなかでも、個人の生活でも起こっています。

 ビジネス面では『現状の罠』があげられています。著者は『現状維持は安全に感じられ、なじみがあり、慣れている』から、現実を直視できず、見て見ぬふりをするのだと説明しています。そのほか、上に認められたい一心で末端で働く人々の命を賭したコスト削減を推進する管理職など、過去の企業による数々の不正が検証されています。

 個人の生活で印象的だったのは、もしお金が一番大事と考えるようになると、見て見ぬふりばかりになってしまうということです。たしかに、人が困っているところを助けても金銭を得られないので見て見ぬふりになりますし、自分が困っているときもお金で解決するのでしょう。

 著者は、こう書いています。『金のせいで人は人間関係から切り離されてしまうのだ。周囲の人々から隔離されればされるほど、その人のうぬぼれは悪化していき、人を人とも思わぬ扱いをし、有害な文化の中で犠牲になる人々を見て見ぬふりをし、倫理に反する決断をする。』身近でこういう人を見ているので、このプロセスに納得できました。

 こんなことが起こる理由として、わたしが日頃感じるのは、企業で上長から評価され昇進昇給を受けるといった社会的報酬を追い求める人が多いことです。でも実は、化学的な報酬も原因になっているというのです。『我々は社会的な人間関係を形成したり承認されたりすると、それに刺激され、自分をすばらしいと思うようにする物質であるオピオイドが作られる (同様に人間関係が解消されると、オピオイドは作られず、我々はひどい気分になる)』と著者は、説明しています。『社会的な影響と社会的な絆は基礎的な神経化学的な意味でオピオイド依存だといえる』と精神薬理学のジャアク・パンクセックは主張しているそうです。

 結局、自分たちのそういった特性を知って、見て見ぬふりを防ぐよう意識しなければならず、性善説のような考え方ではどうにもならない問題のようです。知る機会があってよかったと思う反面、切なくなりました。
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2019年03月24日

「日本語のレトリック―文章表現の技法」

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瀬戸 賢一 著
岩波書店 出版

 レトリックが 30 種類にわたり簡潔に説明され、どんな技法があるのか俯瞰するにはもってこいの入門書です。

 以下が巻末に収められていて、これに説明や例が加えられたものが本文です。ここまで簡潔にまとめられていると清々しいです。

名称 別名 説明
隠喩 暗喩、メタファー (metaphor) 類似性にもとづく比喩である。「人生」を「旅」に喩えるように、典型的には抽象的な対象を具象的なものに見立てて表現する。 人生は旅だ。彼女は氷の塊だ。
直喩 明喩、シミリー (simile) 「〜のよう」などによって類似性を直接示す比喩。しばしばどの点で似ているのかも明示する。 ヤツはスッポンのようだ。
擬人法 パーソニフィケーション (personification) 人間以外のものを人間に見立てて表現する比喩。隠喩の一種。ことばが人間中心に仕組まれていることを例証する。 社会が病んでいる。母なる大地。
共感覚法 シネスシージア (synesthesia) 触覚、味覚、嗅覚、視覚、聴覚の五感の間で表現をやりとりする表現法。表現を貸す側と借りる側との間で、一定の組み合わせがある。 深い味。大きな音。暖かい色。
くびき法 ジューグマ (zeugma) 一本のくびきで二頭の牛をつなぐように、ひとつの表現を二つの意味で使う表現法。多義語の異なった意義を利用する。 バッターも痛いがピッチャーも痛かった。
換喩 メトニミー (metonymy) 「赤ずきん」が「赤ずきんちゃん」を指すように、世界の中でのものとものの隣接関係にもとづいて指示を横すべりさせる表現法。 鍋が煮える。春雨やものがたりゆく蓑と傘。
提喩 シネクドキ (synecdoche) 「天気」で「いい天気」を意味する場合があるように、類と種の間の関係にもとづいて意味範囲を伸縮させる表現法。 熱がある。焼き鳥。花見に行く。
誇張法 ハイパーバリー (hyperbole) 事実以上に大げさな言い回し。「猫の額」のように事実を過小に表現する場合もあるが、これも大げさな表現法の一種。 一日千秋の思い。白髪三千丈。ノミの心臓。
緩叙法 マイオーシス (meiosis) 表現の程度をひかえることによって、かえって強い意味を示す法。ひかえめなことばを使うか、「ちょっと」などを添える。 好意をもっています。ちょっとうれしい。
曲言法 ライトティーズ (litotes) 伝えたい意味の反対の表現を否定することによって、かえって強い意味を示す法。 悪くない。安い買い物ではなかった。
同語反復法 トートロジー (tautology) まったく同じ表現を結びつけることによって、なおかつ意味をなす表現法。ことばの慣習的な意味を再確認させる。 殺人は殺人だ。男の子は男の子だ。
撞着法 対義結合、オクシモロン (oxymoron) 正反対の意味を組み合わせて、なおかつ矛盾に陥らずに意味をなす表現法。「反対物の一致」を体現する。 公然の秘密。暗黒の輝き。無知の知。
婉曲法 ユーフェミズム (euphemism) 直接言いにくいことばを婉曲的に口当たりよく表現する方法。白魔術的な善意のものと黒魔術的な悪徳のものがある。 化粧室。生命保険。政治献金。
逆言法 パラレプシス (paralepsis) 言わないといって実際には言う表現法。慣用的なものから滑稽なものまである。否定の逆説的な用い方。 言うまでもなく。お礼の言葉もありません。
修辞的疑問法 レトリカル・クエスチョン (rhetorical question) 形は疑問文で意味は平叙文という表現法。文章に変化を与えるだけでなく、読者・聞き手に訴えかけるダイアローグ的特質をもつ。 いったい疑問の余地はあるのだろうか。
含意法 インプリケーション (implication) 伝えたい意味を直接言うのではなく、ある表現から推論される意味によって間接的に伝える方法。会話のルールの意図的な違反によって含意が生じる。 袖をぬらす。ちょっとこの部屋蒸すねえ。
反復法 リピティション (repetition) 同じ表現を繰り返すことによって、意味の連続、リズム、強調を表す法。詩歌で用いられるものはリフレーンと呼ばれる。 えんやとっと、えんやとっと。
挿入法 パレンシシス (parenthesis) カッコやダッシュなどの使用によって、文章の主流とは異なることばを挿入する表現法。ときに「脱線」ともなる。 文は人なり (人は文なりというべきか)。
省略法 エリプシス (ellipsis) 文脈から復元できる要素を省略し、簡潔で余韻のある表現を生む方法。日本語ではこの技法が発達している。 これはどうも。それはそれは。
黙説法 レティセンス (reticence) 途中で急に話を途絶することによって、内心のためらいや感動、相手への強い働きかけを表す。はじめから沈黙することもある。 「……」。「――」。
倒置法 インヴァージョン (inversion) 感情の起伏や力点の置き所を調整するために、通常の語順を逆転させる表現法。ふつう後置された要素に力点が置かれる。 うまいねえ、このコーヒーは。
対句法 アンティセシス (antithesis) 同じ構文形式のなかで意味的なコントラストを際だたせる表現法。対照的な意味が互いを照らしだす。 春は曙。冬はつとめて。
声喩 オノマトペ (onomatopoeia) 音が表現する意味に創意工夫を凝らす表現法一般を指す。擬音語・擬態語はその例のひとつ。頭韻や脚韻もここに含まれる。 かっぱらっぱかっぱらった。
漸層法 クライマックス (climax) しだいに盛り上げてピークを形成する表現法。ひとつの文のなかでも、また、ひとつのテクスト全体のなかでも可能である。 一度でも…、一度でも…、一度でも…。
逆説法 パラドクス (paradox) 一般に真実だと想定されていることの逆を述べて、そこにも真実が含まれていることを伝える表現法。 アキレスは亀を追いぬくことはできない。
諷喩 アレゴリー (allegory) 一貫したメタファーの連続からなる文章 (テクスト)。動物などを擬人化した寓話 (fable) は、その一種である。 行く河の流れは絶えずして…。
反語法 皮肉、アイロニー (irony) 相手のことばを引用してそれとなく批判を加える表現法。また、意味を反転させて皮肉るのも反語である。 [0点に対して] ほんといい点数ねえ。
引喩 アルージョン (allusion) 有名な一節を暗に引用しながら独自の意味を加えることによって、重層的な意味をかもし出す法。本歌取りはその一例。 盗めども盗めどもわが暮らし楽にならざる。
パロディー もじり (parody) 元の有名な文章や定型パタンを茶化しながら引用する法。内容を換骨奪胎して、批判・おかしみなどを伝える。 サラダ記念日。カラダ記念日。
文体模写法 パスティーシュ (pastiche) 特定の作家・作者の文体をまねることによって、独自の内容を盛り込む法。文体模写は文体のみを借用する。 (例文省略)
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2019年03月23日

「代書屋ミクラ」

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松崎 有理 著
光文社 出版

 私が行政書士試験に合格したと話した相手の方からいただいた本です。行政書士 → 代書屋のイメージだったのでしょう。

 いわゆるライトノベルなのですが、おもしろいのがこの代書屋という仕事です。大学の研究者からの依頼を受けて、集められたデータをもとに論文を代書するのですが、怖いことに論文として雑誌に掲載が認められた場合のみ報酬が発生する契約になっています。

 なかなかシビアな設定ですが、主人公ミクラの恋愛に関する鈍さが筋金入りで、笑っていいのか憐れんでいいのか微妙なところがコミカルです。しかも研究課題もちょっと笑えます。

 研究者の業績発表数を根拠に結婚によって生産性が低下するかどうかを検証したり、禿頭は進化生物学的に有利かどうか研究したり、無人販売の代金回収率を根拠に人間の良心を測定したり、結婚における男の評価基準を明らかにしたり、目標を紙に書くことによって目標の実現率が変動するか検証したりと、どれも肩の力が抜ける内容です。

 倫理面はもちろん、実際には論文の仕上げをアウトソースする予算もなく、こういった仕事が実現する可能性は低いと思いますが、あったらおもしろそうだとは思いました。気分転換にはいい本かもしれません。
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