2017年03月22日

「脳科学医が教える他人に敏感すぎる人がラクに生きる方法」

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高田 明和 著
幻冬舎 出版

 一般的にはあまり知られていない HSP (Highly Sensitive Person) について、該当者である著者が、おもに自らの体験を書いている本です。

 HSP とは、タイトルにある『他人に敏感すぎる人』のことで、アメリカの心理学者、エレイン・N・アーロン博士が見出したそうです。およそ 5 人に 1 人がこの HSP に該当しますが、病気ではなく、一種の『気質』にあたるそうです。

 この本を読んだきっかけは、自分がこの HSP に該当するかもしれないと思ったことです。読み終えて、いろんなことに納得がいきましたし、社会に出る前にこういう概念を知っていれば……とも思いました。(ただ、HSP が知られるようになってまだ 20 年経っていないので、物理的に不可能なのですが。)それでも、この 20% という数字や適性について知ることができたのは有意義だと思います。これまで自分ひとりの経験のなかから結論めいた、自分なりの答えを出して、それに従って行動してきましたが、その裏づけのようなものを読むことができてよかったと感じました。

 もし世代に関係なく、この HSP が 20% の割合で存在するのであれば、仕事を決めるとか、さらにはもっと前、学校を決めるとき、該当しそうな人たちに読んでほしいと思います。
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2017年03月21日

「校閲ガール」

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宮木 あや子 著
KADOKAWA 出版

 最近ドラマになったと知り、ライトノベルとは知らず、読みました。

 ライトノベルにリアリティを求めるのは筋違いなのですが、それでもやはり、現実味がなければ、物語の世界に入りこむのは難しいと痛感しました。本を読んだこともない入社2年目が、大御所小説家の校閲を任されるって……、しかも、編集者の仕事もついでにしてしまうって……、と気になりだしたら、先の展開を想像して読む気分になれず、表面を滑るように読んで終わりました。

 そのいっぽうで、出版不況については、かなりリアルな溜息が描かれていて、そんな暗い状況を明るくしたいという希望が、こんな主人公を生んだのかもしれません。そのわりには、明るくなれる要素が少ない気がします。わたしにとっては、中途半端な作品でした。
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2017年03月20日

「コンビニ人間」

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村田 沙耶香 著
文藝春秋 出版

 第155回芥川賞受賞作です。わたしにとって、とても共感できる作品でした。

『普通』であることを求められるものの、『普通』とはどういうことなのか、いまひとつはっきり把握できない主人公の古倉恵子は、世間から弾きだされたような生きづらさを感じつつも、コンビニではその一部としてきちんと役割を果たしていると実感ができ、それがタイトルの「コンビニ人間」になっています。

 周囲と同じであることの安心感を必要としなくても、周囲は、周囲と認識を同じにすることを、容赦なく、しかも暗に求めてくるあたり、現代の空気がよく表現されていると思います。その空気感は、売上目標を達成するというゴールに向かって、POPを作成する、在庫を補充する、明るい挨拶を心がけるなどといった具体的かつ詳細な作業にブレイクダウンされているコンビニのプロセスと対比されることによって、とてもリアルに感じられました。

 機会があれば、またこの作家の作品を読んでみたいと思うほど、気に入りました。
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2017年03月08日

「考えるシート」

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山田 ズーニー 著
講談社 出版

 この本の読者層を考えずに読んでしまいました。読者層として最適なのは、学生を中心に、社会人二、三年目くらいでしょうか。もちろん、社会人十年目でも、接客中心で、文章を書いた経験がないという方も含まれると思います。

「書くように言われたから、とりあえず書きました!」というレベルではなく、相手を動かすつもりで何かを書くなら、あるいは何かを話すなら、こういった準備が必要だというサンプル(考えをまとめるシートと使い方)がいくつか掲載されています。

 プレゼンテーション資料を作ったり、企画書を書いたり、そういった実務経験が豊富な方々には、必要のない本です。
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2017年03月07日

「失踪者」

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シャルロッテ・リンク 著
浅井 晶子 訳
東京創元社 出版

『疑心暗鬼を生ず』ということばがありますが、そういった心境に似た思いで登場人物の誰も彼も疑ってしまうくらい、犯人が誰だかわかりませんでした。いかにも犯人といった特徴の人は、下巻に入ってから疑いの目を向けられなくなってしまい、犯人ではないという印象をもつ登場人物に目を向けざるを得なくなったからです。ミステリ作家の思惑どおり「はやく結末が知りたい!」と先を急ぐ始末です。

 それだけでもじゅうぶんに作品として成功しているのですが、この作品では、謎を解く立場にあるロザンナやその周辺人物の心理描写が巧みで、それぞれの望み、焦り、疑い、怒りなどの感情に共感してしまい、犯人探しがさらに難しくなります。

 そして最後に「そういう可能性があったのか!」と唸ってしまう結末が待っています。最後の最後に本音が出てくるあたりは、辛い事情や感情の機微がそれまでの描写を活かしたかたちで描かれ、さらに惹きこまれました。

 登場人物の心理描写が巧みなこと、社会的な問題に触れていること、登場人物それぞれが自分が抱えている問題に向き合い成長していくことなどの要素が以前読んだことのあるアンナ・ヤンソンの「消えた少年」に似ている気がしますが、こちらの結末のほうが、ずっとリアリティがあり、犯人探しの面ではすっきりできました。
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2017年02月26日

「海外ドラマDVD英語学習法」

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南谷 三世 著
CCCメディアハウス 出版

 タイトルのとおり、海外ドラマをDVDで鑑賞して英語を学ぼうというコンセプトです。することは至って簡単。自分が英語を使う場面や興味に基づきドラマを選び、DVDの字幕(英語・日本語)と音声(英語・日本語)を切り替えつつ見るというもの。

 DVDのシーンごとに(エピソードごとではなく)次を繰り返すそうです。
1回目:英語音声・字幕なし
2回目:日本語音声・日本語字幕
3回目:英語音声・英語字幕

 1回目は、一般的にネイティブがドラマを見るのと同じ条件(内容についてまったく知らない状態)で見て、どの程度聞き取れるのか、つまり、聞き取れなかったのは、どういうところなのか、自らの弱点を分析します。著者はこのパートを、テストと読んでいます。

 2回目は、1回目がテストなら、その答え合わせにあたる部分です。ドラマの内容を把握し、自らの理解が間違っていたのなら、なぜ(どのように)間違っていたのか考えます。

 3回目は、自分がわからないと思ったところは都度、再生を一時停止して、意味を調べたりしながら、理解を深め、自分なりの言葉のデータベースを構築します。著者がお勧めしているデータベースは、次のような項目で成り立っています。

−作品のタイトル(ドラマならばシーズン番号とエピソード番号を含む)
−DVDでそのセリフが出てきた時間
−セリフの発言者(誰のセリフか)
−セリフを言われた相手(聞き手)
−英語のセリフ
−DVDの日本語訳
ー英語の直訳

 わたしは、串刺し検索できる辞書ツールを使っていて、そこに自分で作ったユーザー辞書も加えています。その経験から、これらの項目は、著者がデータベース作成後、実際に使いながら、これらの項目をカスタマイズされたのが、なんとなくわかるので、貴重な情報だと思います。

 わたしなら、刑事ドラマかミステリで、この方法を試してみたいです。
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2017年02月25日

「聖エセルドレダ女学院の殺人」

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ジュリー・ベリー (Julie Berry) 著
神林 美和 訳
東京創元社 出版

 物語の舞台は、1890年のイングランドのイーリー。聖エセルドレダ女学院というのは、大きな屋敷に住む未亡人が自ら校長をつとめ、たった7人の女生徒を引き受ける寄宿学校(フィニッシングスクール)です。

 わたしが好きなコージーミステリだと思って読み始めたものの、すぐさまその展開にとまどってしまいました。タイトルにあるとおり、寄宿学校で殺人が起こったのですが、女生徒たちは遺体を見つからないように埋め、殺人があった痕跡を隠そうと躍起になり、次から次へと嘘を繰り出していくのです。『素人探偵はどこに?』そんなわたしの疑問をよそに、ありえない幸運に次から次へと恵まれた生徒たちは、おとなのいない学校生活を続けます。そんななか、7人の生徒のうち、リーダーシップを握る生徒が財務責任者に、最年少の生徒が探偵に仲間内から任命されます。その12歳の探偵に調査らしいことができるはずもなく、物語はどんどん進み……。

 嘘に嘘を重ねる生徒たちが一番会いたくない人が大詰めに登場し、あらたな悲劇が起こり、物語がどこに向かっているのか、予想もつかなくなったところで、しゅるしゅると大団円へと収束していきました。意外性に満ちてはいましたが、消化不良を起こしそうなシュールな流れについていけませんでした。コージーミステリでも、もう少しリアリティが欲しいと思う筋書きだったので、この続編が出されても読むことはないと思います。
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2017年02月24日

「翻訳夜話」

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村上 春樹/柴田 元幸 著
文藝春秋 出版

 柴田氏が大学で開いている翻訳の授業に村上氏を招き、学生の質問に答えながら対談したことをきっかけにできた本だそうです。そのほか、翻訳家を志望する人たちや若手翻訳家を前に対談した内容も収められています。

 それらの対談以上に面白かったのは、村上氏が翻訳して出版された短篇(レイモンド・カーヴァーの「収集」。原題は「Collectors」)を柴田氏も新たに翻訳して比べられるようにしてある章です。逆バージョンもあって、柴田氏の既訳(ポール・オースターの「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」。原題は「Auggie Wren's Christmas Story」)と村上氏の訳しおろしも比べられます。しかも、両氏がそれぞれの違いに驚きつつ、それぞれの訳にコメントなさっている部分が対談中にあって、読んでいて贅沢な試みだなと思いました。

 しかも、それらの短篇が作品としておもしろく読めるものなので、行きつ戻りつしながら、英文、村上氏訳、柴田氏訳と何度も目を通しても飽きませんでした。村上氏の訳もそれだけで読むと、何の違和感もなく楽しく読めるのですが、重箱の隅をつつくように細かく柴田氏訳と比べて読むと、柴田氏訳のほうがわたしの好みにあう部分がわずかに多かった気がします。たぶん、カタカナ英語の取り入れ方など、些細なことでありながら馴染まない箇所が村上氏訳にあったのだと思います。そういう自分の好みの発見もあって、これだけ読者を楽しませてくれる試みもそうはないのではないかと思いました。
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2017年02月23日

「相手を思いのままに「心理操作」できる!」

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デヴィッド・リーバーマン (David J. Lieberman) 著
斎藤 勇 訳
三笠書房 出版

 タイトルだけを見ると、相手を騙したり、悪いことに使えるテクニックに見えなくもないですが、対人心理学に基づく社会生活に役立つ手法のようです。

 数多くの手法が紹介されていましたが、そのなかでも一部、わたしの日常で使ってみたいと思った手法を、自分がこれまでに困った場面に当てはめて選んでみました。

(1) 肯定的だけれども表面的な感想を言われ、本音が聞けないとき

Q「新案のコンセプトは気に入っていただけたでしょうか?」
A「ああ、とても独創的でよかったよ」
Q「では、もっとよくするには、どうしたらいいでしょうか?」

 上記のように、相手の意見を否定せず、まだ改善の余地があることを示せば本音が出てくるそうです。

(2) 相手が暴言を吐いて、くってかかってきたとき

「どうして私にこんなことをするのよ」という代わりに、「『あなた』、今日は何か不愉快なことでもあったみたいね」というように『私』のことを防御せず、『あなた』のことを話すと、問題は、相手のなかにのみ存在することをはっきりさせることができ、鎮静作用が働くそうです。

(3) 嫉妬されて困ったとき

 AさんがBさんを妬んでいる場合、Aさんのよさを褒めても効果は見込めないそうです。AさんになくてBさんにあるもの、つまり嫉妬の原因となる事柄について、価値がないと伝えることが大切だそうです。友人が多く収入の少ないAさんが、収入の多いBさんを妬んでいる場合、収入が多いことよりも友人が多いことが重要であると、さりげなく話すと効果が高いとか。

(4) 相手に行動を起こさせようと説得するものの、応じてもらえないとき

 行動することにより得られるものを説明し、行動を促すよう説得するより、行動しないことにより失うものを説明し、行動を促すよう説得するほうが応じてもらえる確率が格段に高くなるそうです。決断は感情に支えられていて、何かを失う怖さが決断を引き起こすという理屈です。

(5) 相手の指摘や質問によって窮地に立たされたとき

「あなたは、もう○○する年じゃないでしょ。やめれば?」といわれたとき、「そんなことはないよ。だって……」といった守りに入れば途端に窮地に立たされるそうです。「何歳までならいいと思う?」と質問で返せば、その問題を自分からは遠ざけ、相手の問題にしてしまうことができます。40歳と答えても、30歳と答えても、41歳にはダメで40歳にはいい理由、31歳にはダメで30歳にはいい理由を説明する羽目に追い込まれるのは、相手だからです。

 こういう手法を知り尽くした人と議論したくはないと思いました。
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2017年02月22日

「四人の交差点」

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トンミ・キンヌネン (Tommi Kinnunen) 著
古市 真由美 訳
新潮社 出版

 フィンランドを舞台とした長篇です。フィンランドに対する知識が皆無に近いので、読んでいてすんなりと理解できない場面もありました。訳者あとがきを読んで初めて合点がいったこともあります。たとえばフィンランドでは、同性愛行為は男女ともに刑事罰の対象となる犯罪でした。この法律が撤廃されたのは1971年で、北欧諸国の中では最も遅かったそうです。しかも、そこからさらに10年を経て、同性愛が病気の一種に分類されなくなったそうです。宗教の面で日本とは違うとはいえ、1968年の裁判まで公立学校で進化論を教えることを禁じていたアーカンソー州法と同じくらいのインパクトがわたしにはありました。

 タイトルにある四人は、助産師のマリア、その娘のラハヤ、ラハヤの息子の妻であるカーリナ、ラハヤの夫であるオンニです。それぞれの視点で、各章が語られるのですが、並行して語られるわけでも、まったく同じ場面がとりあげられるわけでもないので、読みながら、ジグソーパズルのピースを嵌めこむように全体像をつくりあげることになります。

 そのプロセスにおいて重要な役割を果たすのは、家です。その時々に応じて、経済的自由であったり、支配であったり、慈しみであったり、さまざまな思いの象徴として描かれる家は、家族が集い、語り合う場ではありません。孤独を感じる場所であり、他者の侵入を阻む場所であり、秘密を隠す場所です。それらの秘密を紐解くようにこの本を読んでいくのですが、ミステリ本のように手がかりを拾いながら読むうち、そうであって欲しくはないと思う事実に行き着きます。それぞれの思いが語られ過ぎることもなく、想像の余地を残して終わるので、わたしとしては好みの作品でした。
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