2017年02月11日

「日本人の英語」

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マーク・ピーターセン 著
岩波書店 出版

 1988年初版のこの本は、ロングセラーと呼べると思います。わたしが読んだのも、20年以上も前のことです。当時、英語のことを何も理解できていなかったと思うほど驚いたことを覚えています。

 再読して思ったのは、かなり細かく覚えていた内容は、当時どころか現在も苦手とする分野でした。それは、この本の最初に登場する冠詞です。中盤以降の前置詞や時制・相については、説明されている内容がすんなりと理解できる部分も多いのですが、それでも身につかず忘れてしまっていた部分もありました。

 冠詞で、いまもそこまで読めていないと思った例文は、次のようなものです。

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In April, I introduced the coach of my tennis club to an ex-wife of my brother, and by June the two were already married. (4月に、私のテニス・クラブのコーチを、弟の離婚した妻に紹介したが、6月になったら、二人はもう結婚していた。)
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 この文の冠詞を見て、(1) 私のテニス・クラブには、コーチがひとりしかいないこと、(2) 弟は少なくとも二回は離婚していること、この2点がわかります。ただ、問われると考えてわかりますが、さらっと読んで、そう認識することはできません。

 また、定冠詞の使い方では、He is interested in the painting pictures. は、誤りとあります。単に "the" をとるか、He is interested in the painting of pictures. とすれば良いそうです。つまり、painting of pictures と painting pictures には明確な違いがあることになります。前者は、of があるから、painting と pictures は修飾関係にあり、house painting (家のペンキ塗り) ではなく、picture painting (絵を描くこと) だと、painting の意味の範囲が限定されている、そう著者は説明しています。いっぽう後者は、pictures が painting の「目的語」にすぎず、修飾関係ではないので、十分な限定にならないそうです。このあたりの『限定』されているかいないかの判断は、わたしにとって難題です。

 上記で要となっている of のような前置詞は、大きな役割があるにもかかわらず、わたしは意外と見過ごしてしまいます。

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He is out of it today. (今日、彼はどうかしている。)
He is off of it today. (今日、彼は調子が出ない。)
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 off は、out に比べ、相対的に位置が近いというか、距離が短いというか、そういうニュアンスがありますは、こうして並べられると意識しますが、普段はできていません。

 日常的に英語を使っているだけに、情けないかぎりです。
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2017年02月10日

「万年筆で極める美文字」

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青山 浩之 著
実務教育出版 出版

 わたしの親しい友人が、かなり万年筆に凝っていて、廉価なものから高価なものまで、100本とまではいかなくとも、かなりの数を揃えています。それで、タイトルの『万年筆』が目につき、万年筆の魅力を知りたくて読んだ次第です。

 コレクションしたくなるほどの魅力が万年筆のどこにあるのか知りたいという軽い気持ちだったのが、読み終えたときには、わたしも少し練習すれば、万年筆で綺麗な文字が書けるような気がしたのが、意外でした。

 本書では、『表情の豊かな文字』が書けることを万年筆の魅力としてあげています。微妙な力加減やスピードの違いによって、文字に濃淡が出て、文字に表情があらわれるというのです。説得力のある実例が添えられています。

 しかも、『美文字』を書くためのルールを絞り、簡潔に説明しているので、なんとなく実践できそうな気がしてきます。

(A) すき間均等法
 文字を書くとき、線ばかりに意識を向けてしまいますが、すき間の大きさも注意する必要があります。たとえば禾編では、線に区切られるすき間が6箇所あり、このスペースを同じにすれば、バランスがとれます。
(B) 中心線串刺し法
 文全体としてバランスをとるには、漢字とかなで大きさを変える必要がありますが、それぞれの縦の中心線を合わせると見栄えがよくなります。
(C) 手首固定法
 手首を机につけることにより、安定して一画一画を書けるようになります。

 文字を丁寧に見せるルール(ただし、楷書に限定)もあります。
(a)「ピタ」のルール
 横画の最後を筆圧を加えて「ピタ」と止めれば、整った印象になります。
(b)「カク」のルール
 折れる部分は、横画の終わりで、いったん力をゆるめてからコブができるくらいしっかり押さえて折ることで、丸く書いた角にはないメリハリがうまれます。たとえば『口』の右上の折れなどに使えます。
(c)「ピト」のルール
 つけるべきところを筆圧をかけてしっかりつけると、きちんと感がうまれます。たとえば『目』のあいだの二本をきちんと左右につけると乱暴に書いたようには見えません。

 文字ひとつひとつの書き方を覚えるのではなく、多くの漢字に当てはまる基本ルールを覚えるよう説明されているので、きれいな字を書くのはそう難しくはないように思えてきます。実際は、難しいのでしょうけれど、少し意識するだけで、かなり違う印象の文字を書けそうな気はします。
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2017年02月09日

「少年少女」

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アナトール・フランス 著
三好 達治 訳

 ある女性が愛読書として紹介くださったので読んでみました。

 100ページほどの本に19編収められているので、どれも小品です。すべての虚飾がとりのぞかれたような清楚さを感じる文章です。詩人が訳した作品だけに、声に出して読むのがふさわしいような流れがあります。

 表紙には、「また明日を生きようとする少年少女には、優しい有益な忠告を与えてくれるのである」とあります。その忠告はどれも、大人になってみれば、ごく自然に受け止められることばかりですが、小さな子供たちには知らせたくないような苦い面をもった内容がほとんどです。

 この本を勧めてくださった女性は「学校」という作品で、このアナトール・フランスを知ったそうです。その「学校」では、次のような一節があります。学校の成績でいい点数を得た少女が母親にいい点数が何に役立つかを聞いている場面です。

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「いい点数は、何かの役にたつというような、そんなものではありません。しかしそれだから、いい点数をもらったことを喜ばなければなりません。お前も今に、一番貴いご褒美は、ただ名誉だけが与えられて、それから受ける利益はない、そんなご褒美だということがわかるようになるでしょう。」
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 頑張っていい点をとっても役立つことなど何もないと言い切る大人に、子供を対等に見る視線を感じました。子供を見下ろし「大きくなったらわかることだし、今は頑張ったらいいことがあると言っておこう」という姿勢は微塵もありません。思わず、「問いつめられたパパとママの本」を思い出しました。

 わたしが一番共感できた作品は「ファンション」。ファンションが小鳥にパンを分け与える場面で、ファンションは、どの小鳥にも平等にパンを与えられないことに気付き、注意します。

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 けれども彼女のいうことはいっこう聴きいれられません。正しいことを言い出した時には、滅多に耳を藉してもらえないのが世の常です。彼女はいろいろと工夫をこらして、弱いものたちを引き立ててやり、臆病なものたちに加勢してやろうと試みました。が、どうもうまくはゆきません、どんなふうにやってみても、やせたものたちをさしおいて、肥ったものたちに食べさせることになるのです。それが彼女を悩ませました、彼女はまだほんの単純な子供だったのです、これが世間の常だとは、彼女には思いも及ばなかったのです。
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 静かに真を伝える文章に大人の優しさを感じました。
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2017年02月08日

「日本語の作法」

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外山 滋比古 著
日経BP社 出版

 ここでいう『作法』をどう説明すればいいのか迷うところですが、『おとなの嗜み』とでもいえばいいでしょうか。著者が常日頃見聞きしたなかから、すぐれた言葉遣い、いただけない無遠慮などを紹介しています。

 決まりきった型は、無難ではあるものの、ときには相手への配慮がいまひとつ欠けているといえなくもない状況に陥ることもあります。ここでは、年賀欠礼がとりあげられています。師走に入り、年賀状を書き終えてから届いた欠礼のあいさつには、「……当方の賀状は控えますが、いただくのはありがたくお受けします。にぎやかなことの好きだった故人も喜ぶでしょう」とあったそうです。すでに書いてしまった賀状のことを考えて気が重くなる相手を慮っての素敵なことばだと思います。

 それとは違うタイプの工夫ですが、日本におびただしい外来語が入ってきた明治時代、そのままの原語ではわからないから、細工は流流の訳語をこしらえたことをあげています。それが現代では、外国から入ってきた新しい概念やものごとをよく理解しないまま、カタカナ語で誤魔化し、それを恥ずかしいと思わないと批難しています。(著者は、自国にないものを借りてくることはしかたがないと認めたうえで、わからないことを誤魔化しても恥と思わない心根を嘆いています。)適当にカタカナ語にしてしまい、日々それらを使っているIT業界の一員として、耳が痛いご指摘です。

 作法というと、決まりごとのように聞こえますが、基本は『気遣うこころ』だと、あらためて認識しました。
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2017年02月07日

「できる翻訳者になるために プロフェッショナル 4 人が本気で教える 翻訳のレッスン」

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高橋 さきの/深井 裕美子/井口 耕二/高橋 聡 著
講談社 出版

 ダン・ブラウンなどの翻訳で有名な越前敏弥氏が、ある書店のトークイベントに登壇されたとき、(あくまでわたしの物差しで)鋭いご指摘(質問)をなさった方がいらっしゃいました。それが、座談会形式のこの本に登場する 4 人のうちのひとり、井口氏です。

 そのトークイベントが記憶に残っていたので、この本に興味を覚え、読んでみました。4 人は各々、受注する仕事の内容が違うそうです。そのせいかどうかわかりませんが、本書は、特定の分野に限らず、翻訳という業務のあらゆる方面に通用する話題が中心となっています。それはそれで魅力的なのですが、掘り下げられた内容とは言い難いと思います。

 ただ、翻訳に付きものの調べ物に役立つリファレンスの情報が期待以上に掲載されていて、役立ちました。また、井口氏ほどの方でも翻訳スキルをブラッシュアップするために、仕事をする際、決めたテーマ(たとえば、助詞の「は」を極力減らす、読点を極力減らすなど)に意識を集中させ、日本語の使い分けの感覚を習得するといったことを実践されているという話を読み、まだまだ先は長いという実感がわいたことは収穫でした。
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2017年01月27日

「日本語どっち⁉」

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北原 保雄 著
金の星社 出版

問題な日本語」の著者が書いた本なので、読んでみました。期待とは少し違って、こちらは対象読者の年代が、少々低めに設定されているようです。高校生あたりではないかと思います。

 AとBを提示して、タイトルにあるように、どっちが正しいか問い、正解を説明する構成になっています。

 読者層が高校生くらいかと思って読み始めたものの、A/Bの選択を間違えてしまったものが、いくつかありました。

『一段落』。これの読み方として正しいのは、次のどちらでしょう。A.いちだんらく、B.ひとだんらく。

 正解は、A.いちだんらく、のほうです。

「一仕事」(ひとしごと)「一安心」(ひとあんしん)「一苦労」(ひとくろう)といった読み方に影響されたのではないかと著者は分析しています。まさにわたしのことです。

『さわり』。この言葉の意味として正しいのは、次のどちらでしょう。A.物語や歌、芝居などの最初の部分。出だし。B.物語や歌、芝居などの、いちばんの見どころや聞きどころ。

 正解は、B.いちばんの見どころや聞きどころ、のほうです。

「さわり」は、もとは人形浄瑠璃で、義太夫節以外の流派の節を取りいれた部分のことだったそうです。その部分が最高の聞かせどころだったことから、見どころ、聞きどころの意味で広く使われるようになったとか。ずっと昔からも間違えて使っていたなんて、恥ずかしい話です。
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2017年01月26日

「バルカンをフィールドワークする―ことばを訪ねて」

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中島 由美 著
大修館書店 出版

 これも「ガセネッタ&シモネッタ」を読んで、見つけた本です。実際に読んで思ったのが、「そもそも、これ、いつの本?」出版は1997年で、フィールドワークに出かけた最初の時期は1978年から1980年です。まず、時代を感じました。しかし、それが悪いというわけではありません。そういう時代だったなぁ、と感慨を覚える部分もありますし、そういう時代だったんだ、と新たな知識を得ることもあります。

 しかし、一番の醍醐味は、はるか遠い日本という国から、わざわざユーゴスラビアまでマケドニア語を研究しに来た日本人を迎えた現地の人たちとの交わりではないかと思います。この本自体は、ユーゴスラビアという多彩な民族や言語を抱える国において、言語がどのような影響を与え合ったかを地理的に解明しようという言語地理学の観点からフィールドワークを実施するというものですが、日本人にとってユーゴスラビアはあまり馴染みがない地方なので、この本を読むことによって現地の方々の文化、習慣、料理など、楽しめると思います。

 そういえば、「石の花」でも出てきたあれが、また出てきました。

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 ユーゴスラヴィアといえばその頃は例の数合わせ、「七つの国に囲まれ、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字があって、でも一つの国家」というのが自慢だった。
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 "その頃は"というのは、著者が最初に研究のためにユーゴスラビアを訪れた1978年から1980年のことです。その後、時代は移ります。

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 一九九一年マケドニアが独立を宣言すると、国名をめぐってギリシアから横槍が入った。ギリシアが問題にしているのは「マケドニア」なる名称を「他人」が使うことであり、長年我がマケドニア国を「スコピエ政府」などと呼んできた。とはいえマケドニアがユーゴスラヴィア連邦の一部である間は、表だった外交問題に発展することは稀だった。ユーゴスラヴィアの黄金期には、ギリシアでバカンスを過ごす人も多かったし、スコピエの悪友どもも何かあると車を仕立ててソルン(テッサロニキ)までショッピングに出かけていたものだ。
 いよいよ「マケドニア」が正式国名として旗揚げされると、両者の関係は一気に悪化した。アトランタ・オリンピックにも登場した「旧ユーゴスラヴィア・マケドニア共和国」という妙な国名は、国連が承認に踏み切るにあたって、ギリシアとの妥協のために考え出した苦肉の策である。片や旧連邦を引き継いだ国は「新ユーゴスラヴィア」だというのだから、ややこしい。
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 政治的に新しい国の誕生は難しそうですが、新しい言語の誕生という観点から見ると、興味深いです。著者はマケドニア語の父といわれるコネスキ氏とも直接親交があったそうで、伝聞ではないよさで解説されています。そもそも、ひとつの言語が近代において作られるというのは、あまり例のないことでしょう。そういう希少性からも、マケドニア語誕生秘話とその後の経過はなかなか興味をそそられる話に仕上がっています。

 もうひとつ興味を惹かれたのは、著者が帰国子女などではなく、日本語を母国語として生まれ育ち、大学生時代までユーゴスラビアに行ったことがないということです。実は、フィールドワークと聞いて思ったのは、子どもの頃どういうところで育った方なんだろう、ということだったからです。わたしは、おとなになってから習得した言語では、データがとれるほどには聞き取れないと思っていたのです。そのことについては、著者も説明の必要性を感じられたのか、ある程度説明されています。それでも、正直、信じられません。結局、著者の努力が桁外れだったのだろう、という結論が妥当に思われました。

 世界は広いのに、人が見られる世界は小さいものだな、と寂しさを感じてしまいましたが、こうやって本があることによって広がる世界もあるのだと再認識しました。
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2017年01月25日

「パーネ・アモーレ―イタリア語通訳奮闘記」

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田丸 公美子 著
文藝春秋 出版

 米原万里氏のエッセイにたびたび登場する本書の著者田丸氏は、文中でシモネッタという名前でも呼ばれていました。もちろんシモネタからきています。

 そのため田丸氏=シモネタのようなイメージがあったのですが、このエッセイに登場するのはもっぱらイタリア語通訳の第一人者としての顔のほうです。

 イタリア語通訳の第一人者だけに、通訳として付き添う相手も錚々たる顔ぶれで、一般聴衆から見えない部分のエピソードは興味をそそられました。また、海外留学がいまほど当たり前ではなかった時代に『ぶっつけ本番』といってもいい通訳者デビューを果たした度胸には感嘆しました。

 日本で接する機会の多い英語や中国語ではない『イタリア語』通訳としての苦労は、米原氏のロシア語通訳に通ずるものがあって、わたしにとっては目新しいエピソードでもありませんでしたが、イタリア滞在中の出来事などはやはりイタリアというお国柄が出ていて楽しめました。

 通訳は、スピードを求められる仕事だけに緊張や不断の努力を強いられるのでしょうが、適度に散りばめられたユーモアのおかげで、自慢話が鼻につくことのないエッセイになっています。イタリアや通訳という仕事に興味のある方が軽い読み物として選ばれると、いいかと思います。
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2017年01月24日

「大坂侍」

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司馬 遼太郎 著
講談社 出版

 東京出身の友人から面白いと薦められ、読みました。筋書き、人物描写、歴史的背景など、色々な面で安定している司馬遼太郎らしい短篇集です。わたしから見て、他の司馬遼太郎作品に比べて、友人に勧めたいと思うほど面白いわけではないのですが、東京出身者からすると、ここで描かれる大阪人の価値観が珍しかったのかもしれません。

 この短篇集に収められているのは、以下です。

−和州長者
−難波村の仇討
−法駕籠のご寮人さん
−盗賊と間者
−泥棒名人
−大坂侍

 このなかでも、「難波村の仇討」と「大坂侍」は、気質というか価値観の点で大阪人(あきんど)が侍とは違っていることが目立っています。

「難波村の仇討」の時代は幕末で、ある侍が、兄の仇を討とうと備前岡山から上方にやってきたところ、その仇の使いを名乗る者から、仇討ちのゆるし状を売ってくれと頼まれます。この仇は、帯刀するあきんどのように描かれているのですが、自分を殺しにきた侍に対し、田舎には帰らず、貰った金で知らぬ土地でうまくやっていけばいいと提案しているわけです。したたかなあきんどとして描かれています。

「大坂侍」も、江戸の終わりを背景に、侍とあきんどが対照的に描かれています。こちらでは、十石三人扶持の侍が、三百年にわたって徳川幕府から受けた扶持のお返しとして征夷大将軍のもとに駆けつけると言うと、侍を慕うあきんどの娘が、三千石を用意するから、戦には行かないでくれと頼みます。そもそも、女が親や夫に従うだけの存在として描かれていません。自らの知恵で交渉する存在として描かれています。

 一見すると、なんでもかんでもお金で片づけようとしているように思われますが、あきんどとしては、合理性がないと言いたいだけのことだと、わたしは思いました。時代が大きく変わっていくときに、おいえだとか忠義だとか、ほとんど意味をなさなくなった事柄に見切りをつけるべきだと言いたいのではないでしょうか。

 そういう見方をすること自体、わたしが関西人である証でしょうか。ほかの方の感想を知りたいものです。
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2017年01月23日

「第4次産業革命で一人勝ちする日本株」

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菅下 清廣 著
実務教育出版 出版

『資産はこの黄金株で殖やしなさい』というシリーズの2017年上半期版です。12月2日に出た本で、アメリカの大統領がトランプ氏になったというニュースは盛り込まれています。

 わたしは、株式売買には馴染みがないのですが、この第4次産業には興味があり、どのような企業の名前が挙げられているのか気になり、読んでみました。前半は、第4次産業革命全般について説明があり、後半は、著者が押す株式銘柄について、個々に説明がされています。推奨銘柄は、4つにグループ分けされてあり、ローリスク・ローリターンタイプから、ハイリスク・ハイリターンタイプまで、幅広く取り揃えられています。そのため、投資に興味にある方にとっては、実践的な内容ではないでしょうか。

 わたしが興味を持っているAIが、どういうかたちで日常に入り込んでくるのか、どのような企業がリードするのか、といった類のことは細かく説明されていないのですが、第4次産業革命は、わたしが思っていた以上にスピード感をもって、進むという印象を受けました。(あくまで、政府の高い行動力を前提とした著者の予想です。)

 もし本当に、東京オリンピックの前に、かなり大きな変化が起これば、企業の明暗も分かれるのでしょう。そこがタイトルの『一人勝ち』につながってくるようです。IoTなどの変化が、本当に目前に迫っているのなら、楽しみです。
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