2018年08月15日

「遭難信号」

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キャサリン・ライアン・ハワード (Catherine Ryan Howard) 著
法村 里絵 訳
東京創元社 出版

 失踪とか行方不明というのは、自らの意思で存在を消し去ろうとした可能性も事件に巻きこまれた可能性も考えられ、それだけで謎めいて見えます。そこにどんでん返しを仕込みたいとミステリ作家が思うのも自然かもしれません。

 この作品のなかで、ひとつの話題としてそのタイトルが挙げられている「ゴーン・ガール」も、最後に驚くような展開が待っていましたし、この作家もそういった作品を意識して書いたのかもしれません。

 クルーズ船に乗ったあと行方不明となったサラの恋人アダムは、サラに何かあったに違いないと考えるいっぽう、警察は、成人女性が嘘のアリバイをつくって行方をくらました場合は家出だと考えるのが妥当だと判断します。

 単なる家出ならミステリとして成り立ちにくいこともありますが、アダムの視点だけでなくロマンという青年の子供時代の視点やクルーズ船のクルーの視点が差しはさまれてストーリーが進行すること、冒頭にアダムが海に落ちるシーンがあることから、ある一連の事件にサラが遭遇したに違いないと思われました。

 しかし、最後の最後で予想外の展開が待っていました。読み終えると、フーダニットでもハウダニットでもなく、ホワイダニット作品だったような印象です。大切な人が突然いなくなった人の心情としては『なぜ』行方不明となったのかを知ることは最大の関心事なので、その点をクリアにする結末に向かっていくのは、終わり方としては自然なのかもしれません。
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2018年08月09日

「日本でいちばん小さな出版社」

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佃 由美子 著
晶文社 出版

 出版社のすべての業務、企画も編集も DTP も営業も経理も、たったひとりでこなしているのが、この本の著者です。どうしてそんなことになったかという経緯から始まり、なんとか先行きの目処が立つようになった頃までの道のりが書かれています。

 出版業界の特殊性をある程度知っていたので、よくやるなあと少し呆れた感じで読み始めたのですが、自分が著者に似ていることに気づいてからは、応援したくなりました。

 本 (厳密には紙の本) が好きなこと、人が見ていないところでも社会のルールを守りたがるところ、ローリスク・ローリターンで利益を出そうとする慎重さ、ブラックボックスとなっている仕組みに対し想像を巡らしてあれこれ試しボックスの中身を解明しようとする行為など、わたしが著者に似ているところをあげれば切りがないほどですが、著者のように出版社をやりたいなどとは、決して思いません。

 なにしろ取次口座を持っているということが、日本でいちばん小さなこの出版社の凄さ、著者の行動力の真似できないレベルなどをあらわしていると思います。
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2018年08月08日

「遺伝子が解く! 女の唇のひみつ」

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竹内 久美子 著
文藝春秋 出版

 著者は、動物行動学研究家だそうです。タイトルの「遺伝子が解く!」は、ややオーバーですが、論文などの文献にあたって書かれてあり、説得力のあるエッセイになっています。

 おもしろいと思ったトピックは、ふたつ。ひとつは、樹木の紅葉がテーマです。秋になると紅葉を見に行こうとわたしたちが大騒ぎするのとは全然関係のない理由で紅葉は起こっているのではないかという有力な仮説が、今世紀になって登場したそうです。

 紅葉した木は害虫に向かって、「オレに取り付くのはやめときな。オレがこんなにも黄色い (赤い) のは、おまえたちが取り付こうとしたって無理だっていう意味なんだよ。ウソじゃないぜ。こんなにも黄色く (赤く) なるためには、ごまかしじゃなくて、本当に元気で、抵抗力が強くなきゃだめなんだからね」と言っているという仮説です。

 この仮説は、今世紀になって登場したもので、盤石な共通認識とはいえないようですが、害虫がつきやすい樹木ほど紅葉するという相関関係はフィールドワークで見つかっているそうです。

 もうひとつは、自分たちの耳というか、脳の働きについて驚いたことです。

 一般的に左脳が言語を司っているといわれています (左利きだと右脳が言語脳のケースもあるそうです)。しかし、言語が何かという判定は、環境に依存します。生まれたときから日本語に慣れ親しんできた (日本) 人の場合、母音 (あいうえお) も含めすべての音声言語は、左脳から入るいっぽう、欧米人 (欧米人の定義は書かれてありませんが、英米語を母語とする人を想定されている模様) の場合、母音は右脳に優先的に入り、雑音と認識されるそうです。

 日本語は、尾や絵など母音だけで意味のあることばになりますが、英米語では母音だけのことばは希少であることが影響していると考えられています。これにより、脳が母音と同じようにみなすコオロギの声を聞きながら原稿を書いたりできる日本人と、コオロギの声に邪魔されると原稿書きに集中できない欧米人の違いが生まれるそうです。

 論文を根拠にこういったことを披露されると、単純にすごいなあと思ってしまいます。
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2018年08月07日

「春の宵」

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クォン・ヨソン 著
橋本 智保 訳
書肆侃侃房 出版

 帯に『切ないまでの愛と絶望を綴る七つの短編』とあります。帯イコール誇大広告のように思っていましたが、この帯は的を射ていると思います。

『絶望』というのは、やや誇張かもしれませんが、視線が過去に向いている作品がほとんどです。しかも、その過去が現在に影をおとす様子から、読んでいて気が滅入ることもありますが、作品としてはよくできていると思います。

 なかでも上手いと思ったのは、些細な疑問を徐々に明らかにしていくプロセスと、登場人物の心情を語りすぎない、解釈の余地を残した描写です。さまざまな事柄がうまく結びついていくいっぽうで、疑問のすべてを解かず想像に委ねる部分が残されています。

 たとえば「カメラ」は、最初の一文で唐突に、ある道がアスファルトではなく石畳なのはなぜかという疑問から始まり、次にカメラに話題が移ります。なぜカメラより先に石畳が登場したのかわかったときには、いろんな『なぜ』が解き明かされ、登場人物に寄り添う心情になっていました。

 そのほか「三人旅行」、「おば」、「一足のうわばき」、「層」も、変えられない過去というか、こだわってしまい忘れられない過去が描かれていて、それぞれが何かしら読んでいるわたしの過去に絡んでくるようでした。

 帯にある『切ないまでの愛』に最もぴったりとくる「春の宵」は、切なすぎるあまり、「逆光」は幻想的な雰囲気のせいで、自分に重なる部分は感じられませんでしたが、どちらも共感できる作品でした。
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2018年08月06日

「ことばの波止場」

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和田 誠 著
白水社 出版

 有名なイラストレーターが書いた本なのですが、絵についてではなく、『ことば』について書かれています。子供のころから、ことば遊びが好きで、ことばに対する関心が高かったようです。

 子供のころに遊んだ替え歌についての考察は、考えさせられました。もちろん、好きな歌をおもしろおかしく替え歌にしたという例もありますが、著者の子供時代は戦争と重なる時期でもあり、何かを強いる歌をナンセンスな歌に替えて風刺をきかせていたという意見です。

 また、「クマのプーさん」の翻訳版を読み、原文をあたってみないと訳文だけではわからない翻訳もあると気づいたエピソードも考えさせられました。

◎The thing to do is as follows. first, Issue a reward.

 これは、イーヨーがしっぽをなくしてプーさんが探しにいく場面で、森のフクロウに相談したとき、フクロウが出したアイデアです。著者が小学生時代に読んだころ、この Issue a reward が懸賞にするという訳になっていたそうで、その直後プーさんが (フクロウはいま) 咳をしたでしょと言うのですが、話の前後が繋がらず、疑問に思ったそうです。高校生になって著者は原文にあたり、Issue の発音とくしゃみの音がかけてあったことに気づいたそうです

 エピソードとして驚かされるのはそのあとで、著者の小学校の同級生も同じ疑問をもって同じく原文にあたり、訳者である石井桃子氏に手紙を出し、『懸賞』を『薄謝』に変更するよう提案し、採用されたそうです。その同級生のことばのセンスにも驚きますが、行動力にも驚かされました。

◎A fly can't bird, but a bird can fly.

 こちらも著者が子供のころ疑問に思ったフレーズで、『スズメは はえないが ハエは すずめる』と訳されていて、bird と fly がそれぞれ『鳥』と『鳥を捕まえる』、『ハエ』と『飛ぶ』のふたつの意味をかけた遊びなのですが、『鳥』と『ハエ』を忠実に訳すことをとったために、日本語としては意味がわかったようなわからないような微妙な感じになっています。Cottleston, Cottleston, Cottleston Pie で始まるなぞなぞの部分なので、同級生のような名訳を目指して頑張ってみた著者も、なんともできなかったそうです。

 ことば遊びは、遊びといっても、なかなか奥が深いものです。
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2018年07月30日

「解夏」

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さだまさし 著
幻冬舎 出版

「解夏」、「秋桜」、「水底の村」、「サクラサク」が収められた短編集です。

 詩のような短い描写のなかに、読み手に想像させる要素が詰まっていたり、相反する気持ちが違和感なく納まっていたり、音楽の世界で活躍する作家の作品を読んで、歌と短篇は通ずるところがあるのかと思いました。印象に残ったのは、「サクラサク」に登場する認知症を患った 80 歳の男性が記憶が失う前に残したいことを書きつけた文章です。

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生きることはもとより恥ずかしきことなりといへども
老いてその恥ずかしさにきづかぬことこそなほ恥ずかし。
我いのち永らへども いのちに恥ずかしきことなし。いのちを恨まず。
ただおのれにみえぬ老いのあはれのみ恥ずかし。
かといひて老いをまた恨まず。
与へられしいのち、与へられし人生、かなしきもまたよろし
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 わたしの友人が子供のころ、痛いと母親に訴えたらいつも、「生きてる証拠」と返されたと話していたことを思い出しました。陰になって見えていなかった部分に気づかされた一節です。

 どの作品も、辛いことのなかにも救いがあり、希望を感じさせる終わり方をしている点で似ていて、読後感が爽やかです。
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2018年07月24日

「頭がいい人、悪い人の話し方」

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樋口 裕一 著
PHP 研究所 出版

 この本から何をどう学べばいいのか、戸惑いました。タイトルを見て、頭のいい人と悪い人の話し方の差異から、頭がいいという印象を与えるにはどういった話し方をすればいいのか、ヒントを得られるかと期待したのですが、実際は違っていました。

 頭が悪い人の話し方をいくつかのパターンに分け、それぞれ例を交えて説明したあと、そういった人たちにどう対処すべきか、自分がそういった人たちに該当しないかチェックするにはどうすべきか、といった内容が続きます。つまり、反面教師とすべき人たちの話し方だけが取りあげられています。

 頭が悪い人の話し方に関する説明に異論はありません。迷惑以外の何ものでもないといえる、わかりきった例があげられ、それほど周囲に迷惑をかけている人は頭が悪いと思うからです。しかし、そういった人たちへの対処は、正論であっても職場など上下関係がはっきりしている場で簡単に実践できるものではありません。また、この本で取りあげられているほど迷惑な人たちは、自らの行ないを自らチェックなどしないと思うのです。

 著者は、頭が悪い人の話し方がわかれば、頭のいい人の話し方も当然わかると書いていますが、その意見には賛成できません。タイトルに掲げている以上、頭のいい人の話し方も具体例をあげて説明して欲しいと思います。
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2018年07月23日

「クラウドが変える世界 企業経営と社会システムの新潮流」

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宇治 則孝 著
日本経済新聞出版社 出版

 タイトルにある「クラウド」は、オンプレミスと比較する際のクラウドといった構成の話ではなく、『アプリケーションやプラットフォーム、ネットワーク、端末などさまざまな技術が融合してできた状態あるいは環境のことを指す』と定義されています。

 つまり、スマートフォンやタブレットなどの個人レベルの普及、高速ネットワークなどのインフラ、認証機能などのセキュリティを堅牢にしたりサーバーを仮想化したりするプラットフォームなども含めてクラウドと呼び、そのクラウドが可能とすることを考えています。

 しかも、ICT のことを考えるとき、ビジネスの世界だけに目を向けてしまうわたしとは違って、著者は、行政、医療、教育などでのクラウド活用を提案しています。それによって起こりうる社会の変化をイメージしたとき、これからの少子高齢化社会で必要とされる解のひとつがクラウドではないかと思えました。

 医療の例では、医療記録のクラウド化が挙げられていました。病院間のカルテ共有を促せば無駄な検査や投薬を省く効果が期待できます。また個人が自らの端末で血圧など自己データをクラウドにアップすることにより予防医療が進み医療費が削減できる可能性があります。

 行政システムをクラウド化すると、住民票移転なども個人が自らの端末からクラウドにアクセスして手続きを進めることが可能になり、行政の費用を削減できるだけでなく、国民の利便性も上がります。

 著者がここで示す数字を見る限り、官がかかわる分野でのクラウドの活用は、他の先進諸国に大きく遅れているようです。国民も、プライバシーが守られないといった漠然とした不安から反対するのではなく、どういった個人情報の保護を実装すればいいかといった具体的な考えをもち、既得権益に走る人たちを批判すべき時代になったと思いました。
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2018年07月17日

「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」

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今野 晴貴 著
文藝春秋 出版

 ここでいうブラック企業は主に、新卒の社員を大量に採用し、いわゆる定型業務に従事させて極限まで働かせたり会社に盲目的に従う者を選別したあとに不要となった社員を自己都合退職に追い込む会社を指しています。ブラック企業の卑劣な手口を紹介し、若者にその対策を教示すると同時に政策を批判しています。

 新卒でブラック企業に入社した方々から相談を受けた経験が豊富な著者の若者に対する助言は適切だと思います。そのいっぽうで、ブラック企業を社会から排除する方法について政府を批判する論点は、狭い視野しか持ちあわせずに語っていると感じました。著者は、「低福祉+低賃金+高命令」(ここでいう命令は、会社が社員に対し下す命令のこと) から「高福祉+中賃金+低命令」へのシフトを主張しています。

 日本の GDP が伸び悩み、世界における GDP のシェアが低下の一途を辿っている状況、つまり、かつての中賃金を支えた生産現場が海外に流出してしまった事実が考慮されているようには見えません。さらに著者がいう「低福祉」を維持するだけでも、日本の平均的会社員の昇給を凌いで社会保険料が増える少子高齢化社会の状況も考慮されていないように思われます。恒常的かつ大幅な雇用のミスマッチを解消する手段もまだ模索中です。そんななか、ただ「高福祉+中賃金」を実現しようということに意味があるようには思えません。

 弱者を救おうという意気込みは素晴らしいと思いますが、国レベルのことを語るとき、国レベルの視野をもっていないと説得力は生まれないと思います。専門とする分野に話をとどめておいたほうが良かったのではないでしょうか。
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2018年07月16日

「七つの会議」

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池井戸 潤 著
日本経済新聞出版社 出版

 これまで読んだ池井戸作品の「下町ロケット」と「陸王」には、頑張れば報われるといった、理想が現実になったようなヤングアダルト風の雰囲気に占められていたのですが、これは違っていました。

 会社内の不正の始まりや隠蔽の進行が描かれているのですが、名立たる企業の不正や隠蔽が次々と発覚している昨今の状況を照らしあわせると、ありあまるほどのリアリティと醜悪さが見えました。

 毛色の違う作品を書いても、この作家がうまいと思うのは、深刻な不正が行われた会社内にいるキャラクターに幅を持たせ、会社員なら誰でも自分に近い存在を見つけられるようになっている点です。たとえば、5 年間事務職として勤め、業績らしい業績を残せないまま会社を去る決心をした若手女性社員なども登場し、不正や隠蔽とは別次元で奮闘します。

 また、不正に加担しながら、のうのうと逃げおおせる者がいるいっぽうで、不正に加担しないことで冷や飯を喰らい、そのうえ不正の後始末を担う者も登場します。読者は、自分と同じだと思ったり、羨望を感じたりするキャラクターが容易に見つけられると思います。そうした工夫が、読者をストーリーにうまく引き込んでいるように見えました。

 そのなかで、「下町ロケット」や「陸王」と同じ路線で、理想を語る人物も登場します。不正の隠蔽で貧乏くじを引いた副社長の田舎に暮らす父親に『仕事っちゅうのは、金儲けじゃない。人の助けになることじゃ。人が喜ぶ顔見るのは楽しいもんじゃけ。そうすりゃあ、金は後からついてくる』と語らせています。

 やはり理想を書く作家のようです。
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