2021年10月20日

「使ってみたい 武士の日本語」

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野火 迅 著
朝日新聞出版 出版

 著者は、興津 (おきつ) 弥五右衛門の遺書を序文で紹介し、『ここで使われている日本語は、まさに死語を超えた遺物である。日常語よりは一段と堅苦しい手紙文とはいえ、これが 1.5 世紀前まで同じ日本に生きていた人間の言葉かと思うと、なおさら妙な心地にさせられる』と書いています。

 江戸時代が終わったのが、1868 年です。たとえば、「完訳 ナンセンスの絵本」に収録されている詩が 1861 年と 1871 年に出版されたものだということを考えると、なおさら妙な心地になります。現代の英語を覚えると、シェークスピア (1564-1616) の作品でもそれなりに読めますが、現代の日本語を覚えても、それとは別にかなりの労力をかけなければ江戸時代の日本語を理解できるようにはなりません。

 しかし、そんな昔の日本語が部分的に活用されている分野があります。現代の時代小説です。著者は、『時代小説は、いわゆる一般大衆向けの娯楽を志すいっぽうで、読者の国語力などはいっさい気にせず、好きなように古い日本語を駆使している。現代の日本語とは大きく隔たった侍言葉を、気分にまかせて現代語に織り交ぜながら、時代物テイストの決め手となる素材や調味料のように使いこなしてきた』としています。そんな侍言葉のテイストだけでなく、意味も知ってもらいたいという意図が著者にあるのか、この本で引用されている侍言葉は、時代小説から引用されています。

 わたしは、時代小説を読んだ経験がありながら、現代国語のなかに散りばめられた古い日本語が、その時代らしさを醸しているなどと気にしたこともありませんでした。当たり前過ぎて見過ごしてきたのだと思いますが、いったん気づいてみれば、形式にこだわらない自由な発想が生んだ工夫だと感嘆すると同時に、どのようにしてこれが当たり前のスタイルになったのか、気になりました。

 また、著者は、ここで侍言葉を取りあげると同時に、武士そのものを『一口にいえば、本音を型のなかに閉じこめた人々だった。じつに窮屈な生き方にはちがいないが、その窮屈さが武士を武士らしく見せていたことは間違いない』とし、『武士の外面を装っていた型は、武士の本質にほかならない』と語っています。

 そんな武士は、現代のわたしとは遠くかけ離れた存在に感じられます。しかし、著者が選んだ数々の『武士の日本語』をひとつひとつ追っていくうち、意外なことに、小さな歯車ですらない、わたしのような会社員と似た武士もいたのだと実感しました。

 たとえば、現代語『平社員』のもとになっていると著者が推測する『平侍 (ひらざむらい)』は、将軍や藩主に会うこと (会う資格のことを『目見え (めみえ)』といいます) も叶わない武士社会の底辺にいます。江戸時代の重職は、徳川幕府の創業期における貢献度によって定められた家格によって決まったもので、平侍は、よほど目覚ましい功績をあげないかぎり、『目見え以上』に仕える立場に甘んじつづけ、主君に会うこともなく終わりました。

 平侍は、『下士 (かし)』とも呼ばれ、そのうえには『中士 (ちゅうし)』、さらにうえには『上士 (じょうし)』がいて、下士と上士の年俸差は、驚くほどです。上士の禄高千石は、下士の禄高およそ五十石の 20 倍にあたり、現代の年収約 1680 万円に該当します。1680 万円の年俸は大したことがないように見えるかもしれませんが、下士の年俸が現代の 84 万円と考えると、いまの平社員が恵まれている気さえしてきます。

 さらに、財政危機に陥った藩の場合、藩士から禄の一部を借りる『借上げ』を行ないます。この借金が返済されることは、基本的になく、事実上の給与カットです。下級武士の俸禄は、米の現物支給で、この禄米は、春・夏・冬の三期に区切って支給されたため、『切米 (きりまい)』と呼ばれ、そのことから『借上げ』は、『切米取り』とも呼ばれました。下士の切米取りは、わたしにとって身につまされる話でした。

 そのいっぽうで、『素志 (そし) を貫く』(素志とは、つね日ごろから変わらずに抱いている志のこと)、『天稟 (てんびん)』(天性の才のこと。同類語に『才華 (さいか)』があります)、『外柔内剛 (がいじゅうないごう)』(外見の柔らかさに反して、内側に芯の強さを持っていること)、『洒々落々 (しゃしゃらくらく)』(度量が大きくて物事にこだわらない様子) など、良き人柄をあらわすことばも目につきました。品格ある行ないが求められた武士にふさわしい表現が数多くあったのかもしれません。
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2021年10月19日

「世界国勢図絵 2021/22」

20211019「世界国勢図絵 2021/22」.png

公益財団法人 矢野恒太 記念会 編集/出版

 毎年発行され、2021 年の出版行で第 32 版になります。わたしの目を惹いた特徴がふたつありました。ひとつは、サブタイトルとして「世界がわかるデータブック」と謳っているだけあって、世界のデータが網羅されていることです。もうひとつは、出所が明確になっていて、例外事項もある程度脚注で説明されている点です。

 それぞれの具体例を紹介すると、前者の網羅性の場合、巻頭にある世界の『独立国の国名と首都』一覧では、国名が日本語と英語が併記されていて、それぞれの正式名称を調べる手間を考えただけでも全世界が網羅されている価値があると感じました。

 後者の出所については、わたしが現在もっとも興味をもっている金融関連データを取りあげてみます。『主な国の公定歩合、政策金利』が 2016 年、2017 年、2018 年、2019 年、2020 年の各年末と 2021 年 3 月末で表になっています。脚注には、次の記載があります。
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IMF Data "International Financial Statistics" (2021 年 6 月 1 日閲覧) により作成。同資料で Financial Interest Rates、Discount あるいは Financial Interest Rates、Monetary Policy-Related Interest Rate と記されているもの。# 印が Monetary Policy-Related Interest Rate。ほか、日本銀行「金融経済統計月報」(同年 6 月 1 日閲覧) により作成。日本は基準割引率および基準貸付利率 (従来「公定歩合」と記載)。中国には香港、マカオを含まず。ユーロエリアはリファイナンシング・オペレート。アメリカ合衆国は FF (フェデラルファンド) 誘導目標金利。
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 これだけの情報が詰まっていると、どこでデータを取得できるか、該当データのフィールド名は何かが瞬時にわかるだけでなく、事前に知識がなくても、市場金利を誘導するための金利の名前が国によって違うことに気づくことができます。また、自国については日銀の情報も参考になること、そのなかのどこに着目すべきかも知ることができます。

 急にリサーチを依頼されたとき、対象を知らずとも、まずどこから当たればいいか、さっと見当をつけることができる便利な本だと思います。
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2021年10月03日

「図解作成の基本」

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吉澤 準特 著
すばる舎 出版

 図解作成の基本を伝授する本だけに、図解作成に必要な考え方が、ひとつの図にまとめられていて、それを見るとすべてが伝わるようになっています。

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 最初に、キューブに注目します。ここでは、図解で押さえるべきポイント、(1) フォーム、(2) カラー、(3) ポジションそれぞれにおいて、基本のプロセス@からBを先に検討し、最後に必要に応じてCを加えることが勧められています。たとえば、(2) カラーの場合、白黒ベースの無彩色を基本とします。もし強調したい部分がある場合は、1 色だけベースカラーを選び、さらに複数を強調したい場合は、そのベースカラーに濃淡をつけて対応するというものです。もし、ベースカラーだけでは充分にアピールできない場合に初めて、ベースカラーと反対色にあたるアクセントカラーを用いる手順が登場します。

 必要最小限でスッキリさせるという、基本的な流れが (1) フォーム、(2) カラー、(3) ポジションで統一されていて、わかりやすいと思いました。

 次に、キューブの外側にある図形の使い方に注目します。図形ごとに何をあらわすかルールを定めることが勧められています。図形ごとに次のような意味づけが提案されています。(a) から (e) の範囲では、標準的な図形を使っていますし、意味づけの参考になると思います。

【a:情報や概念】
・四角形……具体性のある考え方、事実
・三角形……増加/減少、集中/拡大、上下関係、目標点
・丸四角形……抽象的な概念、主観的な意見、推測
・円・扇形……抽象度が最も高い概念、未確定な情報、割合

【b:つながる向きと強弱】
・線・矢印全般……順序、矢印方向への働きかけ、詳細、まとめ
・円弧・アーチ……線・矢印と同じ (円周に沿って配置)

【c:集合関係】
・かっこ全般……カサ内側の要素のまとめ、外側の包含関係

【d:時間の流れや変化】
・矢羽・ブロック吹き出し全般……時間の単位・流れ、結果

【e:理由や説明】
・吹き出し全般……理由や追加情報、憶測、心理的情報

 そのほか、図全体としてのパターンの使い分けについても、わかりやすく図になっていて、図解の要点が伝わってきます。

20211003「図解作成の基本」2.png

 いずれの図も、伝える力を見せつけるような力作だと思います。
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2021年10月02日

「世界の日本人ジョーク集」

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早坂 隆 著
中央公論新社 出版

 著者は、『日本人ジョークは日本に対するイメージの発露であり、日本人独特の普遍性を含む結晶なようなもの』と、まえがきで語っています。的を射た意見だと思います。

 自分を含む日本人がどう見られているかに注意を払ってジョークを読み進めたなかで、わたしたちも、そろそろ変わるべきだと思ったのは、集団行動に関するものでした。
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 ある豪華客船が航海の最中に沈みだした。船長は乗客たちに速やかに船から脱出して海に飛び込むように、指示しなければならなかった。
 船長は、それぞれの外国人乗客にこう言った。
 アメリカ人には「飛び込めばあなたは英雄ですよ」
 イギリス人には「飛び込めばあなたは紳士です」
 ドイツ人には「飛び込むのがこの船の規則となっています」
 イタリア人には「飛び込むと女性にもてますよ」
 フランス人には「飛び込まないでください」
 日本人には「みんな飛び込んでますよ」
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 ダイバーシティやインクルージョンを目指すなら、もうひとつ変わる必要があると思ったのは、議論をしていく姿勢だと思います。
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 国際会議において有能な議長とはどういう者か。
 それはインド人を黙らせ、日本人を喋らせる者である。
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 働きすぎを揶揄される次のようなジョークも身に沁みました。
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 イソップ寓話のアリとキリギリス。世界の国々ではこんな話になるだろう。
 アメリカの場合。
 ヴァイオリンばかり弾いていたキリギリスだが、その腕前がテレビプロデューサーの目に止まり、一躍スターに。キリギリスは大金持ちとなった。
 旧ソ連の場合。
 アリは玄関先で倒れていたキリギリスを助け、食べ物を分け合う。しかし、結局は食糧が足りなくなり、アリもキリギリスも死んでしまう。
 日本の場合。
 アリもキリギリスもカロウシする。
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 わたしが一番気に入っているというか、揶揄されても一向に暗い気持ちにならなかったのは、ベストセラーに関するジョークです。
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 それぞれの国で最も読まれている書物とは?
 アメリカ……新約聖書
 イスラエル……旧約聖書
 イスラム諸国……コーラン
 日本……マンガ
 中国……毛沢東語録

<結論>世界で読まれているのはファンタジーばかりである。
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2021年10月01日

「プロフェッショナルの言葉」

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NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』制作班 著
幻冬舎 出版

 番組制作班によってまとめられた 81 の仕事訓が載っています。知人から譲り受けたことをきっかけに読んだのですが、人によって響くことばは違うのだと実感しました。その知人はわたしと違って、自己肯定感がとても強く、常に人と接する仕事をしているからか基本的に人の助言には耳を貸しません。

 そんな知人に響いたことばのひとつは、企業再生弁護士の村松謙一氏のことば『情けは人のためならずってね。それは依頼者に教えてもらったんだよ』です。経済合理性が叫ばれる今でも、小さな思いやりが世の中を巡っていくと信じる村松氏の信念に共感したようです。

 また、『批評家になるな。いつも批判される側でいろ』ということばを伝えた脳神経外科医の上山 (かみやま) 博康氏の『こと患者さんに関わる問題となると、自らが正しいと信じる意見を絶対に曲げ』ない姿勢にも感銘したようです。

 翻って、わたしが共感できたのは、『やんなきゃいけないところに自分を追い込んで、どれだけ粘れるか。理由や言い訳は幾らでもある。ヘボが作る映画は、ヘボなんだよ』という宮崎駿監督のことばや、『私にできることは、最後の最後まであきらめないことだけだから』という海獣医師、勝俣悦子氏のことばです。諦めそうになったその先で差がつくと普段から思っているから、響いたのかもしれません。

 また、『結果が出なくなったときには、今まで思い続けてきたことを、どれだけ思い続けられるかが大事です』ということばは、品格を失ったら、それはもう仕事ではないのではないかと疑問に思うことの多いわたしに『思い続けてきたこと』を思い出させてくれました。このことばを発した祖母井 (うばがい) 秀隆氏は、サッカークラブでジェネラル・マネージャーを務めながら、プレーに表れる選手たちの「人となり」が与える感動を観客は望んでいると考えていました。そして、チーム成績が振るわなかったある時期、いわくつきの選手を獲得するかどうか迷っていました。その選手は、フランスでは知らぬ者のいないトップクラスでしたが、以前移籍を打診した際に、陰で別のクラブとも交渉し、天秤にかけていたひとです。結果的に交渉を打ち切った祖母井氏は、組織の居住まいを正したのです。

 そして、石橋を叩いて割ってしまい渡れなくなると揶揄されたわたしは、左官の挟土 (はさど) 秀平氏のことば『臆病な奴が勇気を出すからいいんです。臆病な奴が勇気を出してチャレンジするから、成功するんです』ということばにも励まされました。
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2021年09月30日

「カンマの女王」

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メアリ・ノリス (Mary Norris) 著
有好 宏文 訳
柏書房 出版

『ニューヨーカー』の校正係が書いたこの本の原題「Between You & Me: Confessions of a Comma Queen」の Comma Queen とは、訳者あとがきによると、『ドラマ・クィーン』(ドラマのヒロインにでもなったかのような気分でささいなことに大騒ぎしてみせるひと) のもじりで、『カンマというささいなものに大騒ぎする困ったひと』という雰囲気があるそうです。

 しかも、この原書はベストセラーとなり、2 冊目の「Greek to Me: Adventures of the Comma Queen」もすでに出版されているそうです。注目すべきは、1 冊目の a Comma Queen が the Comma Queen になっている点です。この the Comma Queen は、TED トークにも登壇していて、この本でも垣間見ることができるユーモアのセンスを披露しています。

 読み始めたとき、この本を日本語にして世に送りだすという決断は難しいものだったに違いないと思いました。日本語を母語とする読者にとって、わからないことが多いに違いないと直感的に思ったからです。

 実際、句読記号のひとつダッシュの項で『ダッシュに頼ると息が切れることもあるけれど、涙を誘うこともある』と書かれてありますが、わたし自身は理解できませんでした。具体例として、ジャクリーン・ケネディが夫のケネディ大統領が暗殺された後、リチャード・ニクソンのお悔やみの手紙に対して出した、ダッシュを多用した返事があげられています。著者は、それを規則通りに整えたダッシュのほとんどないバージョンと読み比べられるようにしていますが、両方読んでみても、前者が頻繁にダッシュを使っているということは認識できても、涙は誘われませんでした。

 ただ、意外なことに、英語に対する理解が深められて良かったと思う点もかなりありました。特に印象的だったのは、次の 3 点です。

 ひとつめは、イギリス英語と異なるスペルを始めたアメリカ人の話です。わたしの勤務先の親会社は米国企業なので、ドキュメント類のスペルはアメリカ英語で統一するよう言われています。その確認のために頻繁に辞書をひきながら、どうしてこう微妙に米英で違いがあるのかと疑問に思うことがありました。その答えは、辞書編纂者ノア・ウェブスターにありました。辞書の仕事を始める前に教師をしていた彼は、生徒たちの発音と綴りのひどさに驚き、『ブルー・バック・スペラー』という通称で名を馳せたスペリング本を編纂しました。それらの経験をもとに、辞書を編纂する際、発音に即したスペリングを試みましたが、結果的には大々的なスペリング改革には至らなかったようです。黙字などを排し、発音と表記を一致させようという試みは失敗したと言えるでしょうが、日本の言文一致運動を彷彿させられました。

 ふたつめは、単数の代名詞として、they、their、them を使う問題です。英語には、person、anyone、everyone、no one などの性別を問わない語があるいっぽう、性別を問わない単数人称代名詞がありません。その結果、he、his、him を使ってきたわけですが、その方法が批判されるようになり、they、their、them が使われる場面をよく見かけるようになりました。日本語が母語で文法を頼りに英語を書いている身としては、こういう運用はやめてほしいと不満に思っていました。ただ、これまでの紆余曲折が説明されているのを読むと気が遠くなりました。he-she、she-he、s/he、he/she、s/he/it などの一般的な対応だけでなく、A・A・ミルンの heesh <カレジョ> 案のようにまったく新しいジェンダー・ニュートラルな三人称単数代名詞案も考えだされ、ほかにも hse 案、ip、ips 案 (1884 年)、ha、hez、hem 案 (1927 年) shi、shis、shim 案 (1934 年)、himorher 案 (1935 年) など、数々の提案があったそうです。ひねりだされた案がことごとく消え去る運命にあったのは、代名詞は言語に深く埋めこまれているからだと、著者は言います。苦しんだ末に they、their、them が使われていると思うと、これまでとは違った目で見ることができそうです。

 最後は、タイトルにある『Between You & Me』です。この目的格の代わりに主格を使い『Between You & I』と言ってしまう間違いが多いと著者は指摘し、『主格の代名詞のほうがよりフォーマルだと思われている』のではないかと推察しています。目的格の代名詞の代わりに主格を使ってしまう過ちの例として、大統領をつとめていたバラク・オバマでさえ a very personal decision for Michelle and I <ミシェルとわたしにとってとても個人的な決断> とか graciously invited Michelle and I <ミシェルとわたしをご招待いただき> と言ったと書かれてあります。日本語では、公の場において和語よりも漢語を使おうとする意識があると「あたらしい教科書〈3〉ことば」に書かれてありましたが、それに似たフォーマルに話したい欲求があるのかもしれません。

 そんな細かいことを気にしなくても……と思うこともありましたが、期待以上に楽しめた本でした。
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2021年09月29日

「完訳 ナンセンスの絵本」

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エドワード・リア (Edward Lear) 著
柳瀬 尚紀 訳
岩波書店 出版

 巻末の解説によると、この本には A BOOK OF NONSENSE (1861 年版) の全訳と MORE NONSENSE, PICTURES, RHYMES, BOTANY, ETC. (1871 年版) のなかの ONE HUNDRED NONSENSE PICTURES AND RHYMES の全訳が収められています。

 いずれもリメリック (limerick)、a-a-b-b-a と韻を踏む 5 行の戯 (ざ) れ歌です。(日本語のほうも同じ形式で 2 音以上韻を踏むと決めて訳されたようです。) リメリックは英詩にしか見られないそうですが、その詩形の生まれと名称の由来は、はっきりしないとか。ただ、エドワード・リア自身は、リメリックということばをどこにも用いず、そもそもリメリックという語を知らなかったようだと説明されています。

 何の知識ももたずに読み始め、韻を踏むためにかなり頻繁に地名が使われていると思いながら読み終えて解説に進み、わたしの推測は誤りだったかもしれないと思いました。生涯独身だったエドワード・リアは『この世で全くの独りぽっちであるなら、たえず移動することだ。ニューヨークへでも、パラグアイへでも行かざるをえない』と手紙に記していたとおりの旅人だったようです。そのせいで地名がここまで多いのかもしれません。

 その地名については、翻訳家が訳した際、あるルールを設けたようです。解説に『原詩のほとんどは地名を二度繰返して韻を踏んでいるが、訳詩で同じことをするのは安直の感がある。翻訳では地名を繰返さない』と決めて訳したそうです。なんとも、自らハードルを上げられたわけです。そのほか、リアの造語に対する解釈やその日本語訳の解説など、翻訳家による解説は、詩を味わう前に読むことをお勧めしたい内容でした。

 印象に残る詩がいくつかありましたが、一番気に入ったのはこれです。

おろかおばちゃん登った柊 (ひいらぎ)
そこでしばしの心のやすらぎ
ところが刺先 (とげさき)
ドレスを引っ裂き (ひっさき)
暗い心が悲しくゆらぎ

There was an Old Lady whose folly,
Induced her to sit in a holly;
Whereon by a thorn,
Her dress being torn,
She quickly became melancholy.

 このおろかおばちゃんが自分に重なり、気持ちが吸い寄せられました。次は、オノマトペが楽しく感じられ、音やリズムを楽しむリメリックの良さが特に感じられたものです。

娘のお帽子もうむちゃくちゃ
鳥たちとまってもうもみくちゃ
ところが娘は「いいともいいとも
飛んでる鳥さんみんな友
帽子にとまってもらわなくちゃ!」

There was a Young Lady whose bonnet,
Came untied when the birds sate upon it;
But she said, 'I don't care!
All the birds in the air
Are welcome to sit on my bonnet!'

 次は、小さいことを気に病むわたし向けの詩です。

良心痛んで胸ちくちく
探し当てたぞケイパーソースのこの備蓄
巷に言うに「一混ぜ (ひとまぜ) ひんやり赤ワイン
それをごくごく毎日愛飲
胸のちくちく必ず放逐」

There was an Old Man whose remorse,
Induced him to drink Caper Sauce;
For they said, 'If mixed up,
With some cold claret-cup,
It will certainly soothe your remorse!

 ケイパーソースについて少し調べてみましたが、ある料理関連ブログで、おもしろい記事を見つけました。広く知られている、バターベースの『ケイパーソース』とは別に、バターを使わず、ケッパー、玉ねぎ、ピーマン、ニンニク、ワインビネガー、アップルビネガー、オリーブオイル、(砂糖) などを使った『ケッパーソース』があるそうです。『ラヴィコットソース』(フランス語の ravigoter の元気づけるから来ている) と呼ばれるソースとレシピが似ていることから、時間が過ぎるうちに呼び名が変わったのだと推測されます。元気づけてくれるワイン風味のソース、どんなものか一度よばれてみたいです。

 小さいことを気に病むだけでなく、理不尽なことを延々言われても、拒絶どころか溜息もつけないことの多いわたしに溜飲が下がる思いをさせてくれたのがこれです。

おっさん駅でながなが演説
何のかのと長広舌 (ちょうこうぜつ)
「もう遮る!
長すぎる
おまえさんなど断固拒絶!」

There was an Old Man at a Station,
Who made a promiscuous oration;
But they said, 'Take some snuff! ――
You have talk'd quite enough
You afflicting Old Man at a Station!'

 意味と音で日英ともに面白みを醸している詩がほかにもあり、それらを味わうなかで、この翻訳家の粘りを感じずにいられませんでした。こういうスタイルの詩もあると知り、楽しむことができたのは、こうして日本語で紹介くれる方のおかげです。感謝したいと思います。
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2021年09月17日

「金融読本 第 31 版」

20210917「金融読本」.png

島村 嘉/中島 真志 著
東洋経済新報社 出版

 初版が出版された 1950 年から、70 年にわたって改訂されつつ読み継がれてきたことに納得できる内容でした。金融業務、金融市場、金融機関、金融政策など基本的分野を俯瞰できるだけでなく、デリバティブや証券化といった比較的新しい金融手法やフィンテック・仮想通貨 (ブロックチェーン) といったテクノロジー関連の話題も盛り込まれています。また、過去の変遷を振り返る『補論』というセクションがあり、知らなかった経緯を理解したことにより、現状に納得できた部分もありました。

 体系的に金融について学んだことがないので、この本を読むことにより、自らの視野の内と外を知ることができたのは有益でした。こういう本を一冊読んでから、必要な分野のみ深掘りするといった勉強をすれば良かったと、今更ながら自らの手際の悪さに気づけました。

 わたしはこれまで、政府・政策にかかわるものに縁がなかったように思います。たとえば、量的緩和で問題になるマネーストック (マネーサプライ) が次のように分類されているなどと思いもしませんでした。

20210917「金融読本」1.png

 それぞれ、次のように定義されています。

M1……最も容易に決済手段として用いることができる現金通貨と預金通貨とから構成されており、最も狭義の指標となります。

M3……M1 に準通貨 (定期性預金) と CD (譲渡性預金) を加えた、より広義の指標となっています (M1 と M3 は、いずれも全金融機関を対象としています)。

M2……M3 と金融商品の対象は同じですが、金融機関の範囲が限定されています (集計に時間を要するゆうちょ銀行と系統金融機関の預貯金が除かれています)。

広義流動性……M3 に比較的流動性が高い金融商品 (国債、外債、金銭の信託、投資信託、金融債など) を加えた最広義の指標です。金融商品を幅広く集計しているため、金融商品間のシフト (預金から投資信託へなど) の影響を受けにくいという特徴があります。

 日本銀行の Web サイトでは、最新の情報を見られるようになっていて、マネーストックが積みあがっていることを確認できます。

 また、通貨供給量だけでなく、貸出ファシリティ (中央銀行が金融機関からの申込みに応じて、あらかじめ決められた金利で受動的に貸付を行なう機能) と預金ファシリティ (中央銀行が金融機関からあらかじめ決められた金利で受動的に預金の受入れを行なう機能) を使って、その範囲内でのみ市場金利が動くよう誘導していることも初めて知りました。

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 仕事柄、法規制にばかり目が行っていましたが、全体に目を配ることも大切に思えました。
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2021年09月16日

「自動翻訳大全」

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城西 優/山田 優 著
三才ブックス 出版

 ニューラルマシントランスレーション (NMT) が登場してから、機械翻訳が巷に浸透している印象を受けますし、『ポストエディット』という仕事も頻繁に見かけるようになりました。

 ただ、わたしは、NMT を見よう見まねで使っているレベルで、押さえるべきポイントを押さえれば、もっとパフォーマンスをあげられるのではないかと常々疑問に思っていました。

 その疑問の一部に答えてくれたのが、この本です。英日翻訳の『ポストエディット』にばかり目が行ってましたが、英日にしろ日英にしろ、『プリエディット』が大切なのだと気づくことができましたし、その注意点もある程度把握できたので、便利な本だと思います。

 たとえば、英日翻訳を NMT に任せる前に、文の区切りを明確にすること (文末にピリオドがないときはピリオドをつける、主節と従属節を分ける位置に改行を挿入する、またカンマのあと and が続くときはカンマの前で改行を挿入して並列節も分けるなど) が有効です。

 逆に日英翻訳の場合は、固有名詞を最初からアルファベット表記にしておくと翻訳の精度があがる傾向があります。また、英語と日本語の違いを意識して、英語文の構造で日本語を書いておくことも有効です。たとえば、日本語では主語を省く傾向がありますが、都度主語を明記することにより、誤訳が減ります。

 さらに、自動翻訳というより、ツールの組み合わせの妙にも気づかされました。音声を翻訳する場合、音声翻訳ソフトを使うことを考えがちですが、接客ではなく会議の場面では、Google ドキュメントの音声入力を使って文字起こしをしてから、Google 翻訳を使う方法をすすめています。文体や文の長さから想像して、そのほうが良さそうな気がします。

 こうして書籍としてまとめられてあると効率的にコツを吸収できるので、好都合です。
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2021年09月15日

「洗脳 スピリチュアルと妄言の精神防衛テクニック」

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米地 英人 著
三才ブックス 出版

 2021 年 1 月 6 日、米国議会議事堂が襲撃される事件が起こり、その映像を見てから、『洗脳』というものが気になっています。その人なりの信念や事情があって違法行為に手を染めたとしても、証拠を残したくないという心理が働くと想像していましたが、彼らは自らの襲撃をスマホで記録し、SNS に投稿すらしていました。そんなことをしたのは、洗脳状態だったからだろうかという疑問をもったのです。

 脳機能学者、計算言語学者、分析哲学者などの肩書をもつ著者は、脱洗脳の専門家としてオウム事件の捜査に貢献した実績があり、軍や政府関係者がテロリストらに洗脳されることを防ぐ洗脳プログラムを開発した経験もあります。

 著者によると、洗脳では、3 つの概念、@変性意識、A内部表現の書き換え、Bアンカーとトリガーの埋め込みが重要になるそうです。

 わたしがイメージしていた『洗脳』は、この『内部表現の書き換え』に該当するようです。これは、自らつくり上げたイメージを、洗脳したい相手の心に植え付ける、要は相手にも自分が見ているイメージを見させて、なおかつそれを操作することだと著者は説明しています。

 そしてその『内部表現の書き換え』を行なうには、『変性意識』状態が必須になるそうです。『変性意識』とは、いわゆるトランス状態のことを指し、臨場感 (=リアリティ) を感じている世界が物理的な現実世界ではなく、仮想世界にある状態のことだといいます。

 『変性意識』状態で、『内部表現の書き換え』を行なう際、鍵となるのは、ホメオスタシスです。辞書では『生物体の体内諸器官が、外部環境 (気温・湿度など) の変化や主体的条件の変化 (姿勢・運動など) に応じて、統一的・合目的的に体内環境 (体温・血流量・血液成分など) を、ある一定範囲に保っている状態、および機能。哺乳類では、自律神経と内分泌腺が主体となって行われる。のち、精神内部のバランスについてもいうようになった。』とあります。洗脳者が被洗脳者のホメオスタシスに同調させることにより、『内部表現の書き換え』を実現させやすくなるそうです。

 ただ、洗脳者がいなくなると、ホメオスタシスは『正常な状態』に戻ろうとし、『内部表現の書き換え』が持続しません。それを阻止し、被洗脳者のホメオスタシスの働きそのものを書き換えるのがアンカー (記憶すること) とトリガー (引き金となること) だそうです。

 オウム真理教の場合、LSD を使って信者に至福体験を施し、その間ずっと教祖が唱えるマントラのテープを流し続けたり、教祖の顔写真を壁に貼り付けたりしてました。すると、信者はマントラを聞いたり、教祖の顔を見たりすると、LSD で得た快楽体験が蘇ってきます。この場合、教祖の声や顔が『トリガー』で、快楽体験が『アンカー』です。

 アンカーとトリガーの効果を持続させるために、トリガーを日常生活のなかで繰り返す出来事 (シャワーを浴びるなど) に設定しておき、何度もアンカーを発動させて、トリガーとアンカーの結びつきを強化させていくそうです。

 米国議会議事堂を襲撃した人たちが洗脳状態にあったと仮定すると、SNS などインターネット越しに『変性意識』状態に陥ったということなのでしょうか。あるいは、そもそも洗脳ではなかったのでしょうか。疑問は残りますが、こうした洗脳のメカニズムを知って、自分自身が洗脳されないようにすることのほうが大切かもしれません。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする