2018年06月20日

「恋する日本語」

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小山 薫堂 著
幻冬舎 出版

 普段あまり使われない日本語、著者がちょっといいなと思ったことばを使って、短い恋のお話が仕立てられています。

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同窓会で、
昔のボーイフレンドと再会した。

帰る方向が一緒だったので、
タクシーでうちの前まで送ってもらった。
でも、着いたところで……
今の彼と偶然、はちあわせ。

彼は「今のは誰?」と
私に尋ねることもなく、
ただ、「おかえり」と笑顔で迎えてくれた。

私は彼の、そんなところが大好きだ。
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 このお話ができたのは、『赤心』ということばから。赤心は、「偽りのない心。人を心から信用して、 全く疑わない心」。

 とてもシンプル。世の中すべてがこれほどまっすぐならいいのに、と思うくらいに。
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2018年06月19日

「ノーベル賞の真実 −いま明かされる選考の裏面史−」

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アーリング・ノルビー (Erling Norrby) 著
井上 栄 訳
東京化学同人 出版

 タイトルを見て、各ノーベル賞の受賞者が決まるまでの紆余曲折が数十年経って明かされるといった内容を期待していましたが、少し違っていました。

 期待通りだったのは『数十年経って明かされる』点です。ノーベル委員会での審議内容は、外部からの影響を受けないで公正さを維持するために完全な秘密にされ、ノーベル文書館に保管された記録文書は、50 年経つまで公開されません。ノーベル生理学・医学賞委員会の常任および臨時委員を約 20 年務めた著者のノルビー氏は、受賞年 1960 年〜 62 年を中心にノーベル生理学・医学賞に絞り本書を書かれています。(本書の出版は、2018 年 3 月ですが、原書を執筆された時点では、1963 年の記録文書は公開されていないため、最新の記録文書がもとになっているといえます。)

 期待と少し違っていたのは、『受賞者が決まるまでの紆余曲折』の部分です。審議内容に触れ、候補者の授賞に至らなかった理由、何度も候補にあがりながら長期間授賞が見送られたり、どのジャンルのノーベル賞を授賞するか検討されたりした方たちも明かされていますが、受賞者の生い立ちや研究のきっかけから始まり、研究の経過や挫折など、受賞に至る道筋のほうが詳しく書かれています。(この分量でも、原書の一部は割愛されているそうです。)

 ときには難しい内容に音をあげそうになりましたが、概ね興味深い内容でした。自分が生まれる前に起こったこととはいえ、自分がいま生きているこの世界は、これらの研究がなければ違った世界になっていたと素人でも想像できるからです。

 一番印象に残っているのは、1960 年のバーネットとメダワーの共同受賞です。メダワーは、ある日、皮膚移植を必要とするほどの火傷の患者を目の当たりにしましたが、当時は一卵性双生児間しか皮膚移植ができませんでした。それをきっかけに、メダワーは、人体が他人を区別する精巧な力に気づき、自己と非自己を区別するメカニズムの研究を始め、ノーベル賞を受賞します。こうして免疫の仕組みがわかり、それを抑制することが可能になり、いま当たり前に行われている移植が実現されたわけです。

 そのメダワーは、自叙伝でこう語っています。

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分解的発見 (analytic discovery) とは、すでに存在することが知られている領域の地図を描くことである。たとえば、結晶構造をもつと理論的に考えられている分子の結晶構造を明らかにすることである。これとは反対に合成的発見 (synthetic discovery) とは、その時点では存在が知られていない領域へ入ることである。その例は免疫寛容、 GvH 病や、リンパ球は赤血球と同様に循環している細胞であるというジェームズ・ゴワンズの発見である。
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 そして著者は、合成的発見こそがノーベル賞に値すると述べています。

 ノーベル賞の発表に注目している方には、お勧めしたい本です。
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2018年06月18日

「仮想通貨とブロックチェーン」

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木ノ内 敏久 著
日本経済新聞出版社 出版

 バランスのよい入門書だと思います。仮想通貨が抱えるリスクや現行法におさまらない難しさ、資金移動の観点から見た優位性などがひととおり網羅されているだけでなく、ブロックチェーンの仕組みやメリット・デメリットなども説明されています。

 ブロックチェーンの成り立ちには、当然ながらサトシ・ナカモトが紹介されています。そのなかに、サトシ・ナカモトが 2009 年 2 月に仲間に宛てたメッセージの一部が紹介されていました。

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現行通貨の根本的問題は、強固な信頼がなければ機能しないのにそうなってはいないことだ。中央銀行は通貨の価値を貶めないという信頼が必要なのに、(権力が発行する) 法定通貨の歴史をみれば、こうした信用を裏切ったケースは捨てるほどある。銀行は我々市民の資金を保全し、電子的に移動させるために信用されなければならない。ところが彼ら銀行家は、引当もそこそこに、信用バブルの中に我々のお金を投げ入れるのだ。
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 こういう背景描写は、サトシ・ナカモトがブロックチェーンを設計だけで終わりにせず、実装した意図を考えるのに役立ちました。ただ、すでにあちこちで指摘されていますが、武宮誠氏に関係する記述が間違っているようです。
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2018年06月04日

「断髪のモダンガール――42人の大正快女伝」

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森 まゆみ 著
文藝春秋 出版

 大正時代に若い女性が髪を短くするということは、未婚の場合は結婚できなくなること、既婚の場合は夫を亡くしたことを意味したようです。そんな時代の『断髪』という言葉は、ここでは単にアイキャッチャーで、「42 人の大正快女伝」というのがこの本の中身です。

 もともとは、望月百合子を一冊の本にする予定が、肝心な部分を調べきれず、彼女と交友のあった女性たちを中心に同時代の女性たちをまとめたようで、現代でも名を知られた女性たちが多く含まれています。そのため、望月百合子の眼を通して、ここに登場する女性たちを見る傾向があります。別の表現をすれば、ここに登場する女性たちは、互いを直接知る機会が得られるほどの小さな輪、つまり社会的活動を許されたひと握りの存在だったということでしょう。

 この 42 人のなかで、もっとも印象に残っているのは、与謝野晶子と平塚らいてうです。

 与謝野晶子は、夫の寛がパリに滞在した際、夫から呼ばれるままあとを追って 1912 年 (明治 45 年) 4 月に洋行しています。そのとき、光 (ひかる)、秀 (しげる)、八峰 (やつお)、七瀬 (ななせ)、麟 (りん)、佐保子 (さほこ)、宇智子 (うちこ) の 7 人の子育て中で、一番下はまだ 2 歳だったそうです。

 その翌年、夫よりひと足先に帰国したのは、身ごもったからでした。その後、アウギュスト (のちにc (いく) と改名)、 エレンヌ、健 (けん)、寸 (そん・2 日で死去)、藤子と産み、後世に残るほどの作品を生みだしながら、11 人の子供を育てたいうことです。与謝野晶子の歌を多少知ってはいても、妻や母としてどう家を支えたのか思ったこともなく、驚きました。

 そのいっぽう、平塚らいてうは、頭でっかちなお嬢様だったようです。1911 年 (らいてう25歳) に月刊誌『青鞜』を発刊 (創刊号では、7 人の子育て真っ最中の与謝野晶子が寄稿) したものの、1915 年には、二十歳そこそこの伊藤野枝の手に明け渡しています。『青鞜』は、その後 1 年少ししか続かず無期休刊となったとか。『青鞜』=平塚らいてう=婦人解放論といったわたしのイメージは、誤りだとこの本に指摘された印象を受けました。 
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