
アーリング・ノルビー (Erling Norrby) 著
井上 栄 訳
東京化学同人 出版
タイトルを見て、各ノーベル賞の受賞者が決まるまでの紆余曲折が数十年経って明かされるといった内容を期待していましたが、少し違っていました。
期待通りだったのは『数十年経って明かされる』点です。ノーベル委員会での審議内容は、外部からの影響を受けないで公正さを維持するために完全な秘密にされ、ノーベル文書館に保管された記録文書は、50 年経つまで公開されません。ノーベル生理学・医学賞委員会の常任および臨時委員を約 20 年務めた著者のノルビー氏は、受賞年 1960 年〜 62 年を中心にノーベル生理学・医学賞に絞り本書を書かれています。(本書の出版は、2018 年 3 月ですが、原書を執筆された時点では、1963 年の記録文書は公開されていないため、最新の記録文書がもとになっているといえます。)
期待と少し違っていたのは、『受賞者が決まるまでの紆余曲折』の部分です。審議内容に触れ、候補者の授賞に至らなかった理由、何度も候補にあがりながら長期間授賞が見送られたり、どのジャンルのノーベル賞を授賞するか検討されたりした方たちも明かされていますが、受賞者の生い立ちや研究のきっかけから始まり、研究の経過や挫折など、受賞に至る道筋のほうが詳しく書かれています。(この分量でも、原書の一部は割愛されているそうです。)
ときには難しい内容に音をあげそうになりましたが、概ね興味深い内容でした。自分が生まれる前に起こったこととはいえ、自分がいま生きているこの世界は、これらの研究がなければ違った世界になっていたと素人でも想像できるからです。
一番印象に残っているのは、1960 年のバーネットとメダワーの共同受賞です。メダワーは、ある日、皮膚移植を必要とするほどの火傷の患者を目の当たりにしましたが、当時は一卵性双生児間しか皮膚移植ができませんでした。それをきっかけに、メダワーは、人体が他人を区別する精巧な力に気づき、自己と非自己を区別するメカニズムの研究を始め、ノーベル賞を受賞します。こうして免疫の仕組みがわかり、それを抑制することが可能になり、いま当たり前に行われている移植が実現されたわけです。
そのメダワーは、自叙伝でこう語っています。
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分解的発見 (analytic discovery) とは、すでに存在することが知られている領域の地図を描くことである。たとえば、結晶構造をもつと理論的に考えられている分子の結晶構造を明らかにすることである。これとは反対に合成的発見 (synthetic discovery) とは、その時点では存在が知られていない領域へ入ることである。その例は免疫寛容、 GvH 病や、リンパ球は赤血球と同様に循環している細胞であるというジェームズ・ゴワンズの発見である。
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そして著者は、合成的発見こそがノーベル賞に値すると述べています。
ノーベル賞の発表に注目している方には、お勧めしたい本です。