
ムア・ラファティ (Mur Lafferty) 著
茂木 健 訳
東京創元社 出版
倫理的問題を別にすれば、人間のクローンを作製できそうな現代においても、人間の記憶を自由自在に書きかえたり、ある身体から別の身体に移しかえたりはできそうにはありません。でもこの作品の社会では、人間の遺伝子を操作することも、記憶を書きかえたり移したりすることも、クローンを作製することもすべて法律の枠組みのなかで可能となっています。
つまり人に死が訪れれば、クローンを作製し、マインドマップと呼ばれる記憶データをインストールし、新しい身体とバックアップされていたマインドマップでさらに生き続けられるわけです。また敵対する人物を誘拐して思想や記憶を書きかえ、自分の味方につけてしまうことなどもできます。
タイトルは、ある宇宙船の乗組員六人がそれぞれ何百年かにわたりクローン人生を送った軌跡を宇宙船の軌跡、つまり航跡になぞらえてあります。六つの航跡がどう交わり、どう影響しあうのか、気になって先を急いで読みすすめました。
それぞれの登場人物の心理的描写はあまり多くありません。それでも読んでいると色々考えさせられました。(ヒトから生まれた) 人間とクローンが争う場面では人間とクローンの違いが何か考えてしまいました。また遺伝子操作について、身体的障害などを取り除く操作は仕事として請け負うけれど、思想の操作は請け負わない人物が登場すると、遺伝子操作に善悪の境はあるのか考えてしまいました。
そういう意味で、SF としてこの作品は成功していると思います。