
米澤 穂信 著
東京創元社 出版
7月26日の日本経済新聞で、作家の島本理生氏が『女性ジャーナリストの主人公がネパールで王宮の殺人事件の謎に挑む「王とサーカス」も素晴らしいです』と書かれていました。
謎に挑むのでミステリといっていいのですが、わたしはミステリ好きにもかかわらず、今回は謎解き以外の要素に惹かれました。主人公である万智が旅先のネパールで親しくなった 10 歳くらいと思しき少年サガルのしたたかさや意外性、他人に対してフェアに自身に対して正直にあろうとする万智の姿、そして何よりストーリー全体を通して知りたいという気持ちが尊重されていることに好感が持てました。
だからといってミステリとして魅力がないわけではありません。実際に事件が起こるまでのあいだに丁寧に伏線が張られ、それぞれきちんと回収されているうえ、行動に合理性があって、ミステリ小説のために取ってつけたような謎は見当たりません。
加えて、社会的な問題が投げかけている点も印象に残りました。題名の「王とサーカス」は、ネパールの王族たちが 2001 年 6 月 1 日に首都カトマンズ、ナラヤンヒティ王宮で殺害された事実がこの作品で扱われていることからきています。万智が王族たちに関する取材を頼んだとき、事件がマスメディアに報道されれば、王がサーカスのだしものと同じ扱いを受け、王族の悲劇が大衆に消費されるという理由で取材を断られます。報道にそういった側面があるのは事実ですが、そのうえで報道をどう捉えるかが問いかけられています。
読者ひとりひとりにそのことを考えてみる機会が与えられたのではないかと思います。