2020年06月23日

「人は囚われてこそ−囚われで読み解く現代ストレス社会そして瞑想」

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澤田 幸展 著
柏艪舎 出版

 タイトルにある「囚われ」を著者は『心理社会的欲求に突き動かされること』と定義しています。欲求といえば、三大欲求ということばを思い浮かべますが、著者は、農業革命、産業革命、情報革命を経て三大欲求が、(1) 承認/所属欲求、(2) 金銭/交換欲求、(3) 支配/コントロール欲求という心理社会的欲求へとバージョンアップしたと述べています。

 (1) から (3) それぞれは、ことばどおりの意味で、特に (2) は昔、つまり昭和の時代からずっとあったように思ういっぽう、情報革命を機に、つまり SNS など承認を得ることができるツールの登場以降、(1) の欲求が以前より強まったのではないかと思いました。

 さらに承認欲求について著者は、日本人の場合「裏の承認」に対する欲求が強いと述べています。日本人は周囲の目を強く意識するため、承認を必要とするいっぽう、能力や業績が称賛されるとか個性が尊重されるといった「表の承認」をあまり歓迎せず、和や規律ないし序列を大切にしている姿、奥ゆかしさや陰徳が良しとされる「裏の承認」を優先的に求める傾向が強いと説明しています。

 わたしの目には、それは屈折した心理に映りますが、それゆえに欲求がエスカレートし、どんどん欲求に囚われていく気がします。たとえば仕事において、業績をあげるには能力も努力も必要とされます。いっぽう、和や気遣いなどで認められるには気を張って気配りを絶やさなければ実現可能に思えるからです。誰にでもできそうだからこそ、欲求に囚われやすくなるのかもしれません。

 そうした欲求に過度に囚われることなく、ほどほどに囚われながら過ごすための方法が本の終わりのほうで紹介されているので、欲求に囚われ過ぎかもしれないと思われる方には参考になると思います。
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2020年06月22日

「マリアさま」

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いしいしんじ 著
リトルモア 出版

雪屋のロッスさん」以来久しぶりに、いしいしんじの短篇集を読みました。

 短篇や掌篇と呼ばれるような長さの作品が 27 篇収められています。(「マリアさま」という作品はありません。)共通するテーマがあるようには見えず、日常生活を切りとったような作品から、ファンタジーのような寓話のような作品まで、いろいろです。初出を見ると、広告誌と思しきものも含まれ、雑多な媒体から集められたようです。

 読後感は「雪屋のロッスさん」には遠く及ばず、正直なところ落胆しました。この作家に対する期待が知らないうちにこれほど高まっていたとは自分でも意外でした。

 そのなかで印象に残った作品は「土」と「船」です。前者は、からだから土がわいてくるようになった男を見舞った友人が語る話です。後者は、家族で乗船した少年がひとり、船が転覆することを予測し、それを伝えるべく就寝後にベッドを抜け出す話です。

 どちらも不安と安堵を得たいという感覚に共感できました。停滞感のあるときだけに、より印象に残ったのかもしれません。
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2020年06月02日

「華麗なる一族」

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山崎 豊子 著
新潮社 出版

 昔、木村拓哉の主演でドラマ化されたときに読もうと思ってから積読状態でしたが、やっと読みました。さすが山崎豊子作品の貫禄がありました。

 タイトルの「華麗なる一族」とは、阪神銀行を中心に阪神特殊鋼や万俵不動産などの企業から成る万俵コンツェルンを作りあげた万俵家のことです。当主の万俵大介は、万俵コンツェルンのトップであるだけでなく、阪神銀行の頭取も務め、自らの欲望のためには息子さえ利用する灰汁の強い人物として描かれています。

 その万俵家の内情をサブストーリーとすれば、メインとなるのは、阪神銀行頭取の野望とそれを取り巻く金融業界の内情です。その両ストーリーの橋渡しをするのが万俵家の閨閥作りです。男女合わせて 5 人の子を持つ大介は、官僚・実業家・政治家へと伸ばした閨閥を最大限利用し、阪神銀行の生き残りを果たそうとします。

 舞台は、70 年代頃の日本なのですが、半世紀近い年月が過ぎてから読んでも思ったほど古臭さを感じません。政府の許認可が大きな役割を果たす金融業界や大介のようなぎらつく欲望を持った人物は、半世紀経ってもそう変わっていないことが原因かもしれません。加えて、リアリティ溢れる業界の裏事情に惹きこまれたこともあります。あとがきによると、取材と金融の基礎勉強に半年余り費やされたそうで、その成果が余すところなくあらわれていたと思います。

 阪神銀行を大きくするために自らの息子を駒のように使い捨てた大介は悪者として描かれていますが、そこまでした彼の天下もせいぜい 3 年と匂わせる結末は、魑魅魍魎が巣くう政治や官僚の世界を描き切ったように見えました。

 これだけ時代が変化していても本質的に何も変わらない日本の政治・官僚社会の空恐ろしさが印象に残った小説でした。
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2020年06月01日

「時空の神宝」

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苗場 翔 著

 Amazon で購入できるプリント・オン・デマンド (POD) です。

 ファンタジーを読みなれていないということもありますが、わたしは、この物語に入りこめませんでした。登場人物の描写が説明的過ぎて、それぞれの表情や発言から個性を読みといたり先の行動を想像したりといった楽しみが感じられませんでした。すべてにおいてわかりやすさが求められる時代とはいえ、ストレート過ぎる人たちばかりが登場する小説は、味気なく感じます。

 そのいっぽうで、ストーリーはおもしろいと思いました。現代にいたはずの主人公が一瞬にして 0946 年に移動してしまい、その理由もわからないまま、その地で時空のかけら 12 片を集め『時空の宝玉』なるものを作りだそうとします。

 そうして時空のかけらを集めていくうち、スマートフォンに表示されている 0946 年というのは実は、10946 年だとわかります。946 年だと思って読んでいたときには違和感なく受け入れることができた風景が、実は未来だったという事実に驚かされます。

 人物や風景の描写が良ければ、ストーリーももっと活きたのではないでしょうか。
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