2021年01月23日

「PK」

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伊坂 幸太郎 著
講談社 出版

 伊坂幸太郎といえば、ある短篇で張られた伏線が別の短篇で回収されるといったパターンや、ある短篇で脇役で登場した人物が別の短篇でクローズアップされるといったパターンの短篇連作を得意とするイメージを思っています。たとえば「ラッシュライフ」を読んだあとは、その緻密な伏線に驚きました。

 この短篇集を読み終えたとき、つまらなかったとか面白かったとか、何かしら感想が浮かぶ前に、小説の世界についていけていたのか自問してしまいました。何が伏線だったのか、あるいは何が事実だったのか、一見相容れないように思われる事柄は本当につながっていたのか、いろいろなことに確信がもてませんでした。

 短篇は、全部で 3 つです。

−PK
−超人
−密使

 あるできごとが「PK」でも「超人」でも語られているのですが、細部が異なり、本当に同じできごとなのか確信がもてずにいると、最後の短篇「密使」でいきなり、タイムトラベルが可能な舞台設定が明かされ、さらに他人の時間を盗むことができる『時間スリ』という行為も存在する、つまり一連の作品がサイエンスフィクションだったと判明します。

 その時点で、密使が「PK」と「超人」の世界で何かを変えた、あるいは変えようとしているのではないかと思ったものの、漠然としか理解できませんでした。短篇同士がどういう関係にあるのか、巻末の解説を頼りに理解しようとしても、解説者も正解は持ちあわせていないようでした。

 読む側に委ねられる部分が多い作品で、それを楽しめる方々に向いているように思います。
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2021年01月22日

「代償」

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伊岡 瞬 著
角川書店 出版

 インタビューを受けた作者が『全く人を顧みない、全く反省しない根っからの悪を書いてみたいと思い書き始めた』と語った作品です。

 作者の言う『根っからの悪』を象徴する登場人物、達也は、小学生のころから、表の顔と裏の顔を使い分け、人をいたぶり弄ぶことが心底好きで、良心などとは無縁です。そんな達也の標的にされた者のひとり、圭輔は、達也の遠縁にあたり、達也に翻弄され大きく運命を狂わされます。

 ある日、圭輔の両親は達也の罠に落ち命を落とします。残された圭輔の後見人に名乗りをあげたのは達也の義母である道子で、圭輔は、達也と道子と暮らし、辛い子供時代を過ごします。

 のちに圭輔は、あることをきっかけに悪行三昧の『代償』を達也に払わせられないかと考えるようになります。

 達也のように、深く事情を知らない善意の第三者を味方につけながら、自分が有利な立場になるよう、思うままに人を操りものごとを運ぶことに長けている狡猾な人を知っているだけに、圭輔に深く共感しながら読んでしまいました。同時に、達也が代償を払う羽目になるという結末はわかっていても、どのようにそこへ追いつめられるのかが気になりました。

 シンプルすぎるくらいシンプルな善と悪の対立を描いた、いわゆるページターナーです。悪が負けるところを疑似体験できたという意味では、一種の爽快感を楽しめました。
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2021年01月10日

「The Testament」

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ジョン・グリシャム (John Grisham) 著
Dell 出版

 ジョン・グリシャムといえば、リーガル・サスペンスです。本作品では、30 人近い弁護士が登場しますが、要となる役割を担うのは、アルコール依存症から立ち直ろうとリハビリ施設で暮らす Nate O'Riley です。

 Nate が施設を出て、アルコール依存症から立ち直り、離婚した妻たちや別れて暮らす息子たち・娘たちとの関係を再構築しようと決め、新たなキャリアを手に入れるまでの再生物語が小説のひとつの軸となっています。もうひとつの軸は、タイトルにある The Testament (遺言) に関係する、両極端な生活を送る人々の群像劇です。

 遺言を残した Troy Phelan が有する財産は約 110 億ドルと桁外れな金額です。彼が 3 度結婚してもうけた 6 人の子どもたちが、その財産を当てにして真面目に働いたり学業に励んだりすることなく自堕落な生活を送っていたところ、Troy は、認知すらしなかった Rachel Lane に自らの財産を託し自死してしまいます。

 法定相続人である 6 人は、それまで Rachel の存在さえ知らず、思いもしなかった遺言の内容に腹を立てて遺言が無効だと申し立てるべく、金に群がる弁護士たちを総勢 22 人雇います。弁護士たちは、醜い駆け引きと策略の数々を繰り広げ、そのさまは、読んでいて驚くやら呆れるやらで、真実や正義などということばが吹っ飛ぶような展開ですが、リアリティに満ち満ちています。

 そのいっぽう Rachel は、ブラジルとボリビアの国境付近でキリスト教の布教に努めながらつましく暮らし、金銭とは無縁に生きています。大金を得る正当な権利を有するものの大金には何の興味も示さない Rachel と米国にいる法定相続人たちのギャップがあまりにも大きく、読んでいて、法定相続人の勝利は見たくないものの、Rachel が大金を受けとるとも思えず、結末が気になって一気に読み進めてしまいます。

 結末は思いもしなかったものですが、それまで描かれてきたそれぞれの人物像を裏切るものではなく、ハッピーエンドではなかったものの、不正がまかり通ったわけでもなく、世の中がこんな感じなら希望がもてると思いながら読み終えることができました。
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2021年01月09日

「投資 1 年目の教科書」

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高橋 慶行 著
かんき出版 出版

 老後 2000 万円問題が話題になり、なんとなく証券会社に口座を作ってみたものの、どう投資していいのかわからず、手にした本です。

『なんとなく』始めたほうがいいと思ったぐらいの感覚なので、この本から学ぶべきことばかりなのですが、読み始めてまず驚いたのが、目標値です。著者は、目標利益として、年利 30%〜40% という数字をあげています。これは、100 万円で始め、年利 36% で計算すると、10 年経過したとき、約 2000 万円増えている計算です。

 夢のような話なのですが、意外にも説得力がありました。理由は、著者が『大数の法則』を根拠としてあげているからです。(大数の法則とは、試行回数が大きければ大きいほど、結果として得られる出現率は理想の数値に近くなっていくというものです。コインを投げて表が出る確率は、数回だけではわかりませんが、何百回いえ何千回と投げていけば、ほぼ 0.5 になります。)

 著者は、およそ 3 分の 2 の確率で利益を得られることを淡々と続けていけば、この利益目標を安定的に達成できると主張しています。そして、その 3 分の 2 くらいの確率で利益を得られるような状況を見極めるために必要な知識、たとえば、ローソク足の見方、移動平均線の見方、トレンド相場とレンジ相場の違い、ダウ理論の理解、グランビルの法則の理解などを説明しています。

 これを一読して実践できるほどの理解力がわたしにはありませんが、著者が語る、メンタルをコントロールし『淡々と』トレードを続けていく重要性は、なんとなく理解できました。ただ、かなり詳細な記録を残すことを勧めていますし、仕事に追われながら片手間にこなすのは難しい気がしました。
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2021年01月08日

「NO HARD WORK! 無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方」

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ジェイソン・フリード/デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン (Jason Fried/David Heinemeier Hansson) 著
久保 美代子 訳
早川書房 出版

 タイトルを見て、にわかには信じがたいと思いましたが、著者たちがソフトウェアパッケージの開発を仕事としていることを考えると、いくらか現実味が感じられました。

 著者たちが共同創設者のベースキャンプ社で無駄だと考えることを実際に読み進めてみると、これまでわたしが大勢に抗えず口に出せずにいたことや、ずっと目を逸らしてきたけれど本当はそうすべきではないかと頭の片隅で思ってきたことが数多くありました。そのいっぽう、本当に思いつきもしなかったこともありました。

 わたしの勤務先の方向性とはまったく異なるものの、強く頷いてしまったのは『人が何かを好むか嫌うかを問題にするが、人はしばしば、好き嫌いより、使い慣れているかどうかを重視して、慣れているものがいいと考えるものだ。それを奪うのは暴力的な行為で、親切ではない』という部分です。

 これはソフトウェアのアップグレードの話です。ベースキャンプ社は、驚くことに、21 年にわたってリリースしてきたすべてのバージョンをサポートし続けています。もちろん古いバージョンをサポートするのにもコストはかかりますが、それはかつて自分たちが生み出した『遺産の維持費』と考えています。

 わたしの勤務先では、フィーにつき一種の従量制を採用しているプロダクトでは、多くのユーザーが使って大量のデータを処理している場合、つまり多額のフィーをいただいている場合、例外的に古いバージョンをサポートすることがあります。しかし、ベースキャンプ社ではユーザー数が多かろうと関係なく 1 社あたりの請求額をすべて統一しているため、このような発想は生まれようがありません。

 彼らの一律定額料金制度は、ズバ抜けて高い支払いをしている顧客、つまり要望を優先させなければならない顧客を生まず、自分たちの意思とさまざまな顧客の声に基づいてソフトウェアをつくる自由をもたらしたというわけです。業界の常識に捉われてきたわたしが思いつくことができない発想です。

 そのほかベースキャンプ社では、提案者が練りに練って会議で発表したことに対し、その場で聞いた人々が条件反射的に意見を言うのをやめて、文章化された提案を検討し、条件反射ではないフィードバックをすることにしています。また、さまざまな知識や経験を有し、周囲から頼りにされている人材が、自身の業務に支障をきたすことがないよう、大学のオフィスアワーのように相談を受ける時間を定めたりする工夫も実施しています。

 大きな気づきや参考になる小さな事例が詰まった本でした。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする