
鎌田 雄一郎 著
ダイヤモンド社 出版
新聞でもよく見かけるようになった『ゲーム理論』とは、複数の主体が相互依存関係のもとで、いかなる行動をとるべきかを考察する理論で、その応用範囲は、ミクロ・マクロの経済、マーケティング、政治 (例:国際関係) など広範囲におよびます。
数学者フォン・ノイマン (J. von Neumann) 氏と経済学者モルゲンシュテルン (O. Morgenstern) 氏の共著「ゲームの理論と経済行動」(1944年) がその出発点だと言われているだけあって、社会で見られる現象を数理的に解明し、最適化するにはどうすればいいのか、どのように均衡が保たれているのかといったことを数学モデル (計算式) を使って明らかにしてきた分野のようです。
ただ、この本では、ゲーム理論をそういった難しい数学の問題と見るのではなく、どのようにものごとを見て考えるかを、日常のできごとを例に伝えています。
たとえば、「なぜ人は、話し合うのか」という章では、新人歌手を発掘するふたりの人物が登場します。この敏腕コンビは、誰をデビューさせるか、いつも時間をかけて話し合って決め、その結果デビューした歌手は基本的に売れていました。それが、あるときを境にふたりは仲違いをし、話し合いをやめてしまいました。それでも、彼らの人選に関する意見は一致することがほとんどでした。しかし、そうして選ばれた人材はデビューしても売れなくなりました。
話し合いは、ひとつの結論を導き出すため、つまり意見を一致させるために行なうことのように思いがちですが、このストーリーが伝えようとしているのは、たとえ意見が一致していてもさらに話し合うとふたりとも意見を変えうるということです。つまり、話し合いによって、成功には遠い意見の一致から、より成功に近い意見の一致に変わることがあることを知るべきだということです。
これは、ジョン・ジーナコプロス氏とヘラクリス・ポレマルカキスによって 1982 年に発表された論文「We Can't Disagree Forever (訳:我々は永遠に見立てを違えるということはない)」がもとになっているそうです。著者は、人と人とがお互い何を考えているかを探り合うゲーム理論の醍醐味が詰まった論文だと評しています。この本に収められたストーリーのうち、複数の主体が協力関係にある事例として一番おもしろいと思えました。
そのほか、複数の主体が非協力関係にあるストーリーもありました。老舗のケーキ店の近くに新しくお洒落なケーキ店がオープンし、老舗の店からお洒落な店へ偵察に行ったところ、ケーキが 340 円で売られていることがわかったという話です。老舗では 350 円で売られているので、10 円だけ安くしたわけです。
こういう状況では価格競争が起こり、値段が材料費まで下がるという論文が 1883 年に発表されました。しかし、利益を失うような決断は現実的ではなく、その後も研究は続き、1971 年、ジェームズ・フリードマン氏が「A Non-Cooperative Equilibrium for Supergames (訳:スーパーゲームの非協力的均衡)」が発表されます。スーパーゲームというのは『長期的関係』を意味する専門用語です。
競争するふたつの店は、非協力的な関係にあり、また長期的にかかわりうる関係にあります。つまり、お互い自分の利益のみを追求しても、現在の均衡を保ち価格競争に陥らないよう、お互いに協力するような関係が築かれる可能性があることを証明しています。こういった関係の数理的分析は『繰り返しゲーム』の理論と呼ばれているそうです。
自分だけ、あるいは自社だけで完結することは、世の中にはそうありません。ゲーム理論が幅広く応用される理由がわかった気がします。