2021年03月25日

「探偵になりたい」

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パーネル・ホール (Parnell Hall) 著
田村 義進 訳
早川書房 出版

 レイモンド・チャンドラーが生んだ、私立探偵フィリップ・マーロウとまではいかなくとも、『探偵』ということばには、なんとなくかっこいいイメージがつきまといますが、この作品の主人公はその対極に位置する中年男性です。

 作家を目指すも挫折し、ニューヨークで探偵のライセンスを取得して事故専門の調査員をするスタンリー・ヘイスティングズは、弁護士事務所からの依頼で、修理されないまま放置された階段や道路につまずいて怪我をしたような人たちを訪ね、弁護士への依頼書を書かせる仕事を時給いくらで引き受けています。依頼人を代理して損害賠償を請求をする弁護士は、成功報酬制で高い収入を得ているいっぽう、スタンリーは指示された単調な書類仕事をこなし、稼働した時間分だけを弁護士事務所に請求する低所得フリーランスです。

 しかもスタンリーは、養うべき 5 歳の子供と妻を抱え、輝かしい未来を想像することも難しくなった 40 歳です。そんな世間の私立探偵のイメージとはかけ離れた彼のもとへ、ある日ひとりの男があらわれ、自分は殺されそうだ、殺されるくらいなら自分を殺そうとしているやつを殺そうと思っている、ついてはそいつを突き止める手助けをしてほしいと依頼されます。

 もちろんスタンリーは、断ります。そんな度胸も、スキルもありません。でも、その男は実際に殺され、スタンリーは思わぬ行動に出ます。その男が打ち明けていた、殺されると思うに至った経緯をもとに、犯人を割り出そうと動き出したのです。

 内情がすべてわかっていたとはいえ、容赦なく人を殺す犯罪者をひとりで突き止めるのは容易なことではありません。また、一緒に暮らす妻に本来の仕事を休んでいることを隠し通すことも容易ではありません。

 嘘の言い訳をしながら、慣れない尾行や潜入捜査に苦戦し、それでもスタンリーは、自分なりに納得のいく結果を出します。物語は、常にユーモラスな語りで、スタンリーのいろんなへまを交えながら、少しずつ核心に近づいていき、わたしにとって程よいリアリティと程よい虚構で、最後まで飽きさせることなく進んでいきます。

 この本は 30 年以上も前のものですが、懐かしくなって 20 数年振りに読み返しても、また楽しめました。

2021年03月24日

「青森湯めぐり」

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東奥日報社 著
東奥日報社 出版

 仕事の成果が形として残れば、仕事に対してより一層やりがいが感じられると思います。そんな羨ましい仕事をしている友人がいて、先日、その成果である書籍を送ってくれました。

 青森の銭湯や湯自慢のホテルが紹介されています。わたしは、それなりに温泉が好きなものの、さすがに青森は遠いので、青森県内で行ったことのある温泉は 2 か所しかないのですが、そのどちらも掲載されていました。

 そのうちのひとつ、青荷温泉はランプの宿として知られています。『客室の明かりはランプのみ。コンセントもなく携帯電話も圏外とあって、デジタルデトックスにはうってつけ』と書かれてあります。そのとおりなのですが、実は、トイレにはコンセントがありました。せっかくの旅の思い出に写真を撮りたいと思う人が、デジカメや携帯電話をかわるがわるそこで充電したことも懐かしい思い出です。

 行ってみたいと思う温泉も 3 か所見つかりました。ひとつめは、ホテルアップルランド。名物のりんご風呂の写真に目が釘付けになりました。温泉にりんごが浮かんでいて、写真から香りが漂ってきそうです。

 ふたつめは、青森ワイナリーホテル。ワイナリーが併設されていることと、津軽平野を見渡すロケーションで星空も楽しめるそうです。

 みっつめは、星野リゾート青森屋元湯です。星野リゾートだけあって、施設内だけでも充分青森を満喫できそうなつくりになっているようです。りんご輪紙 (人・地域の輪、仕事の輪、和紙の輪、環境の輪を意味して『輪紙』と呼んでいるようです) を使った障子など青森ならではの意匠を凝らした部屋に滞在でき、『青森四大祭りのショー』を観ることもできるそうです。

 新型コロナのせいで、色々制限されるなか、自由に移動できるようになったら行きたいところのリストが、さらに長くなりました。
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2021年03月09日

「『エビデンス』の落とし穴」

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松村 むつみ 著
青春出版社 出版

『エビデンスベーストヘルスケア』ということばを頻繁に耳にするようになって久しいのですが、わたしは漠然と、エビデンスを『証拠』のように考えていました。その認識の誤りをこの本は正してくれたように思います。

 著者によるとエビデンスは、信頼性がもっとも高いレベル 1 から、信頼性に劣るレベル 6 まであり、それぞれ以下のように定義されています。

- レベル 1 ……『システマティックレビュー』や『メタアナリシス』が該当します。これらは、複数の研究を統合して、結果を出したものです。これらがレベル 2 のランダム化比較試験よりも信頼性が高いのは、複数の研究を統計的な手法を使って統合している点です。ただ、集められる研究の数が少なかったり、研究方法 (デザイン) に問題のあるものが含まれたりする場合もあるので、信頼性が落ちるケースもあり得ます。

- レベル 2 ……『ランダム化比較試験』が該当します。たとえば新しい薬の効果を見極める場合など、参加する患者を 2 つのグループに分け、いっぽうのグループには新しい薬を、他方には偽薬を投与し、比較して試します。どの患者を新薬と偽薬のどちらに割り振るか、ランダムに決めたら、ランダム化比較試験になります。

- レベル 3 ……『非ランダム化比較試験』が該当します。レベル 2 と同じ手法が採られますが、グループの割り振りがランダムでない場合が非ランダム比較試験です。

- レベル 4 ……『症例対照研究』(別名:後ろ向き研究) や『コホート研究』(別名:前向き研究) が該当します。前者は、過去に遡って、病気の要因などについて研究します。たとえば、すでに肺がんを発症している患者を対象に過去に喫煙していたかなどの習慣を調べ、肺がんではない人たちと比べ、喫煙者が多いか比較分析します。後者は、現時点で肺がんを発症していない人たちを一定人数集め、喫煙者と非喫煙者を分け、それから何年か観察して、喫煙者のなかで肺がんになる人と非喫煙者のなかで肺がんになる人がどれくらいいるか比較検討します。

- レベル 5 ……専門の教科書にも載っていない珍しい症例や通常の治療は効かなかったけれど特定の治療を試して効果を得たような症例を論文にしたり、学会で発表したりしたものが該当します。

- レベル 6 ……具体的なデータなどにもとづかない『専門家の意見』が該当します。個人的には、データがなくても、エビデンスと呼ばれることを意外に思いました。

 これだけ違いのあるものがすべて『エビデンス』と呼ばれている以上、患者もそれぞれの差異を意識して、自分の治療にかかわっていく必要があると感じました。

 また、エビデンスがあるからといって、飛びつくのではなく、さまざまな意見や情報をもとに多角的に検討するまでは、結論を保留することも大切ではないかと思います。

 最後に、エビデンスが絶対ではないということも考慮しておく必要があります。こういったデータの収集は、手間も費用もかかります。つまり、金銭絡みの不正が行われる可能性もゼロではありません。著者は、あるワクチンを接種すると自閉症になるという論文が、当該ワクチンを作った企業の競合他社に有利に働くようウェイクフィールドという元医師によって発表された例をあげています。

 もしものとき、『エビデンス』の踊らされない患者になりたいものです。
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2021年03月08日

「ことば選び実用辞典」

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 ビジネスで堅い感じの文章にしたいときなどに重宝しています。たとえば『起こる』ということばを引くと、喚起、起因、起業、偶発、継起、興起、興業、興隆、再燃、再発、散発、惹起、出来、触発、振興、新興、生起、続発、台頭、多発、突発、発祥、発生、発動、頻発、復興、併発、発起、勃興、勃発、連発などの熟語が並んでいます。

 もちろん、まったく同じ意味をもつ熟語が並んでいるわけではありませんが、ちょっと小難しく見せたいときなどに、これらの候補から最適なものを選ぶことができます。

 ただ、こういった類義語を見比べていると、やはり適切な単語を選ぶことは、意味のあることだと再認識させられます。普段英語で生活しているわたしの知人は、いちおう日本語が母語ですが、このなかの『惹起』が何度見ても読めず、いつも読み方を尋ねられます。

 もちろん誰もが知っている単語を使うことが大切なときもあります。しかし、『起こる』と『惹起する』から受ける印象は明らかに違います。後者は、何かきっかけがあることがイメージされ、その文脈では『惹起する』のほうが適切だと思えることも往々にしてあるのです。

 よりぴったりすることばを見つけたり、提案書など堅い表現が似つかわしいと思える場面で使える、タイトルどおり実用的なポケット辞書だと思います。
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2021年03月07日

「Dumbo」

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ディズニー (Walt Disney) 著
Ladybird Books Ltd. 出版

 古本市で見つけた本です。この本を目にしたとき、友人とのおしゃべりでよく『耳をダンボにして聞いてしまった』などと使っている『ダンボ』なのに、実際にどんな物語なのか、映画を見たこともなければ、本を読んだこともないことに気づきました。

 ダンボは、思ったほど恵まれた境遇にはありませんでした。大きいピンクの耳を笑われるだけでなく、ダンボのことを愛する母、ミセス・ジャンボとも引き離されてしまいます。

 でも、たったひとり、ティモシー・マウスがダンボの味方になります。彼は、赤の鼓笛隊の衣装を身にまとい、帽子にはご丁寧に羽根を挿しています。この小さな味方と、ダンボをいじめる巨大なゾウの面々のコントラストといい、ハッピーエンドといい、ディズニーらしい雰囲気がする作品でした。

 いまさらながらダンボの耳が飛ぶためのものと知って、『耳をダンボにして聞く』という表現を少し使いづらくなった気がします。
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