
パーネル・ホール (Parnell Hall) 著
田村 義進 訳
早川書房 出版
レイモンド・チャンドラーが生んだ、私立探偵フィリップ・マーロウとまではいかなくとも、『探偵』ということばには、なんとなくかっこいいイメージがつきまといますが、この作品の主人公はその対極に位置する中年男性です。
作家を目指すも挫折し、ニューヨークで探偵のライセンスを取得して事故専門の調査員をするスタンリー・ヘイスティングズは、弁護士事務所からの依頼で、修理されないまま放置された階段や道路につまずいて怪我をしたような人たちを訪ね、弁護士への依頼書を書かせる仕事を時給いくらで引き受けています。依頼人を代理して損害賠償を請求をする弁護士は、成功報酬制で高い収入を得ているいっぽう、スタンリーは指示された単調な書類仕事をこなし、稼働した時間分だけを弁護士事務所に請求する低所得フリーランスです。
しかもスタンリーは、養うべき 5 歳の子供と妻を抱え、輝かしい未来を想像することも難しくなった 40 歳です。そんな世間の私立探偵のイメージとはかけ離れた彼のもとへ、ある日ひとりの男があらわれ、自分は殺されそうだ、殺されるくらいなら自分を殺そうとしているやつを殺そうと思っている、ついてはそいつを突き止める手助けをしてほしいと依頼されます。
もちろんスタンリーは、断ります。そんな度胸も、スキルもありません。でも、その男は実際に殺され、スタンリーは思わぬ行動に出ます。その男が打ち明けていた、殺されると思うに至った経緯をもとに、犯人を割り出そうと動き出したのです。
内情がすべてわかっていたとはいえ、容赦なく人を殺す犯罪者をひとりで突き止めるのは容易なことではありません。また、一緒に暮らす妻に本来の仕事を休んでいることを隠し通すことも容易ではありません。
嘘の言い訳をしながら、慣れない尾行や潜入捜査に苦戦し、それでもスタンリーは、自分なりに納得のいく結果を出します。物語は、常にユーモラスな語りで、スタンリーのいろんなへまを交えながら、少しずつ核心に近づいていき、わたしにとって程よいリアリティと程よい虚構で、最後まで飽きさせることなく進んでいきます。
この本は 30 年以上も前のものですが、懐かしくなって 20 数年振りに読み返しても、また楽しめました。