2021年04月12日

「クリスマスのフロスト」

20210412「クリスマスのフロスト」.png

R・D・ウィングフィールド (R.D. Wingfield) 著
芹澤 恵 訳
東京創元社 出版

 原書 (「Frost at Christmas」) を読んだことがあるのですが、原書の遊び心をそのまま映すことに成功した翻訳も気に入っているので、こちらも読みました。

 たった 4 ページしかない訳者あとがきは、首を上下に振り過ぎて痛くなるのではないかと思うほど、共感できました。主人公フロストのことをこう分析しています。
++++++++++
普通はそういう不器用な生き方を貫く主人公が描かれている場合、逆の意味で恰好良く思えてくるものだ。ところが、フロストには、"恰好の悪さ" を "恰好の良さ" に変える要素、"己れの生き方を貫く" 覚悟が欠落している。もちろん、フロストも自分の規範に照らして自分のペースで行動するのだが、そこには "己れの生き方を貫く" というような力強い原動力は微塵もない。なにごとも "結果オーライ"、徹底的に力が抜けているのである。
++++++++++

 さすが鋭い分析です。フロストは続編のなかで、証拠を捏造してしまうのですが、それもこの "結果オーライ" のなせるわざかと妙に納得してしまいました。犯人を野放しにするより『自分の規範』にもとづき、証拠を捏造する選択をしてしまったのでしょう。

 また、訳者は『モジュラー型警察小説』ということばを紹介しています。
++++++++++
 いくつもの事件が、時間差攻撃のようにほぼ同時に発生し、それを刑事が追いかけていく小説をモジュラー型警察小説と呼ぶそうだが、本書はその典型のような作品で、『オックスフォード・タイムズ』紙の書評にも『……巧みに配された謎、たるみのない筋運び』と紹介されたように、複数の事件が彩りよく盛り込まれていて、その謎解きの過程をたっぷりと堪能できるようになっている。
++++++++++

 わたしが気に入っている伏線は、散らかり放題のフロストの部屋から小銭がなくなっている、しかも 45 ペンスという何の足しになるのかわからないような額のお金がなくなっているとフロストが主張するくだりです。

 書類の山のどこかに紛れているのだろうと思わせられるフロストのデスクの描写があり、気にも留めずにいると、先でその犯人が見つかり、その犯人から意外な自供が得られ、ある事件の解決に至ります。それも、押し込み強盗の常習犯という大物とその手引をした男をまとめて逮捕するという大手柄です。それなのにフロストは、その手柄を人に譲ってしまいます。またその陰で、過ちを犯した同僚が罪に問われないよう犯人を脅します。フロストのキャラクターがよくあらわれている解決の仕方だと思います。これも、"結果オーライ" をよしとするフロストらしさといえるかもしれません。

 とにかく癖の強いジャック・フロストは、いつ読んでも飽きないキャラクターです。
posted by 作楽 at 19:00| Comment(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月11日

「The WITCHES」

20210411「The WITCHES」 .png

ロアルド・ダール (Roald Dahl) 著
Penguin 出版

 映画「魔女がいっぱい」(2020 年公開、主演はアン・ハサウェイ) の原作です。ノルウェー移民の両親のもと、英ウェールズで生まれたロアルド・ダールの生い立ちを思わせる作品です。

 物語の主人公は 7 歳の男の子です。両親とともにノルウェーに住む祖母を訪ねる途中で交通事故に遭って両親を失い、祖母とふたり英ケントに暮らすことになりました。両親を亡くなって最初の夏休み、肺炎を患った祖母の療養を兼ねて、ふたりは南海岸のホテルで過ごします。

 そのホテルで男の子は、魔女に遭遇します。正確には、Grand High Witch と彼女が率いる 80 人を超す魔女たちが会合を開いているところを垣間見てしまいます。普段は人間の女に扮している魔女たちは、ありのままの姿で会合を開き、Grand High Witch の指揮のもと、英国中から子供を排除するために子供たちをネズミに変えてしまおうと企てていました。

 なんとも恐ろしい計画なのですが、不思議なことに読んでいるととても楽しい気分になれる話です。少なくともわたしは、「Charlie and the Chocolate Factory」よりも、気に入りました。

 薔薇色のハッピーエンドを迎える話でもないのに、これほど楽しめた理由は、みっつあると思います。ひとつは、主人公の男の子がどんな状況に陥っても、たとえネズミの姿になってしまったとしても、祖母が男の子を絶対的に愛していること、またそのことを男の子が微塵も疑っていないことから得られる安心感です。

 ふたつめは、この物語で展開される架空の世界が、わたしたちのありがちな想像と作家の空想がいい塩梅で混じりあって成り立っている点です。

 たとえば、子供をネズミに変えてしまう魔法の薬の調合が語られるのですが、読んでもわからない材料が次々と登場します。a gruntle's egg、the claw of a crabcruncher、the beak of a blabbersnitch、the snout of a grobblesquirt、the tongue of a catspringer などです。

 鉤鼻の魔女がぐつぐつ煮えたぎる鍋に由来の知れない材料を放り込んでいるイメージにぴったりと合う場面ですが、どの材料も、ロアルド・ダールによる造語です。なかには、なんとなくイメージできる単語もあります。crabcruncher は、crab (カニ) と crunch (バリバリと砕く) と -er に分解できそうです。いっぽう、gruntle というのは、どんな生き物か不明ですが、登場人物が gruntle の巣は高いところにあるから、その卵を手に入れるのが大変といえば、それが当然の事実のように受け止められます。

 みっつめは、男の子も祖母も、辛い現実から目を逸らすことなく向き合いながらも、良い面にも目を向け、前向きに進んでいくところです。続編がありそうなエンディングは、続きは読者ひとりひとりに書いてほしいという作家からのメッセージかもしれません。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月10日

「さびしいくま」

20210410「さびしいくま」.png

Clay Carmichael (クレイ・カーミッシェル) 著
江國 香織 訳
BL出版 出版

 テディベアが好きで、『くま』の 2 文字に惹かれて買った本です。

 主人公の『くま』が友達の『クララ』とはぐれてしまい、お互いを探した末に再会するというお話で、途中、『うさぎ』と『ねこ』も加わります。

『くま』には名前がないのか、『くま』が名前のようになっているのか、クララからは『くまちゃん』と呼ばれています。

 その『くま』は、ずっと『くま』と表記されていますが、一か所だけ『クマ』となっていました。『うさぎ』と『ねこ』と一緒にクララを探す場面で、『3 びきは、クマがおもいつくかぎりの場所を一日じゅうさがしましたが、クララはみつかりませんでした』と、あります。

 些細なことですが、『くま』と『クマ』では、受ける印象が少し違う気がします。『クマ』は、動物の分類としてのクマといった感じがします。どちらの表記にするか、迷われたあと、『くま』に落ち着いたのだろうかなどと想像してしまいました。
posted by 作楽 at 19:00| Comment(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする