2021年05月01日

「熱源」

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川越 宗一 著
文藝春秋 出版

 舞台となっているのは、日本が樺太、ロシアがサハリンと呼ぶ島で、時代は、19 世紀末から第二次世界大戦の終わり頃までです。物語は、流刑囚として島にやってきたポーランド人ブロニスワフ・ピョトル・ピウスツキの視点で進むこともあれば、先住民であるアイヌ、ヤヨマネクフの視点で進むこともあり、アイヌの言語や文化に魅せられて研究を重ねる和人 (金田一京助) や、『東洋の優秀民族たる日本人に同化し、未開な蛮習を捨て、文明に参加するべく』アイヌの人々に説く和人も、登場します。

 文明とは何か、民族を形成する大きな要素である文化とは何か、民族が滅びるとはどういうことか、いろいろ考えさせられました。

 タイトルの「熱源」は、20 歳のときの軽率な行動がもとで 15 年もの懲役刑が下され、それを終えてもなお流刑入植囚として 10 年間樺太に縛られると決まったブロニスワフが、現地のアイヌやギリヤークの人々の言語、伝統、文化に触れたことによって湧きおこった、それらを深く知りたいという衝動、つまり (情) 熱の源を指しています。

 同時に、和人が押し寄せて様変わりした樺太ではなく、自らの本当の故郷に帰り、アイヌとして生きたいと渇望するヤヨマネクフを突き動かす熱の源も意味するのかもしれません。

 ロシアに支配されたポーランドから来たブロニスワフ。先住民でありながら、あとからやってきた和人に同化を迫られ、アイヌは滅びると言われ続けるヤヨマネクフ。この両者には、共通するものがあります。それは、力を有する者が勝つ弱肉強食の世界で、弱者が、強者の言語を話し、強者の価値観に染まり、その支配下に置かれてしまう流れに抗おうとすることです。

 ブロニスワフは、樺太の地でアイヌの妻を娶り、子を授かったにもかかわらず、ポーランドの独立闘争に加わるべく単身故郷に帰ります。ヤヨマネクフは、アイヌがアイヌとして生きているうちにアイヌとして南極点到達を成し遂げたいと橇を引く樺太の犬たちと一緒に南極探検隊に加わります。

 正直なところ、ブロニスワフが樺太を自らの第二の故郷とせずに生まれた地を故郷としてその独立を願う気持ちやヤヨマネクフがそこまでして守りたいものなどが、わたしにはよくわかりませんでした。

 たとえば、アイヌがアイヌ語を話さなくなったら、草皮衣を身に着けなくなったら、滅びたことになるのでしょうか。日本語を話す人がいる限り、日本民族は滅びたことにならないのでしょうか。『民族』というのが何か、自分がわかっていないことに改めて気づかされました。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | 和書(海外の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする