2021年07月23日

「FACTFULNESS ファクトフルネス」

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ハンス・ロスリング (Hans Rosling)/オーラ・ロスリング (Ola Rosling)/アンナ・ロスリング・ロンランド (Anna Rosling Rönnlund) 著
上杉 周作/関 美和 訳
日経BP 出版

 タイトルの FACTFULNESS は、ハンス・ロスリング氏による造語で、事実にもとづいていることを指しています。著者たちによると、人は、さまざまな本能に妨げられ、誤った思い込みによって、自分が接していない世界に対し事実にもとづかない認識を持っているのだそうです。

 この本の最初には、自分がそうした誤解をしている側の人間かどうかを確かめるためのクイズが用意されています。自分の職業を考えると恥ずかしいのですが、わたしも誤って認識している側に含まれていました。

 この本では、そういった誤った認識を誘発する本能、@分断本能、Aネガティブ本能、B直線本能、C恐怖本能、D過大視本能、Eパターン化本能、F宿命本能、G単純化本能、H犯人捜し本能、I焦り本能、を紹介し、それら本能の存在にあらかじめ気づき、事実にもとづかない思い込みによる判断をくださないようそれぞれに対する具体的な注意点が説明されています。

 わたし自身、どの本能にも引きずられているように思いますが、特に、ネガティブ本能 (世界はどんどん悪くなっているという思い込み) が強いのかもしれません。たとえば、世界的に見て収入格差はどんどん広がっているのではないかと感じています。

 著者は、そういったとき、数字など事実をもとに確かめるよう勧めています。収入でいえば、いまだに 1 日 1 ドル以下で生活する方々がいるいっぽう、莫大な収入を得る方が次々と登場しているのは事実で、人々の収入をヒストグラム化すると、横軸は広がっています。ただ、全体的な分布は右側にシフトしていっていることが見てとれるはずだと著者はいいます。

 さらに著者は、10 の本能がどう利用されているのかも指摘しています。わたしたちには、外部の雑音から自分たちを守るための防御壁のようなものが備わっていて、そこには 10 個の穴があり、それぞれが前述の本能と対応し『分断本能の穴』『ネガティブ本能の穴』『直線本能の穴』となっています。マスメディアは、そのことを十分理解していて、その穴を通り抜けられない情報を流そうとはしません。つまり、わたしたちは、マスメディアが本能の穴を利用していることを認識し、防御壁を通った情報に踊らされないようにする必要があるというのです。

 わたしにとっては意外に見える数字を多方面にわたり知ることができた、とにかく衝撃的な一冊でした。
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2021年07月22日

「Adaptive Markets 適応的市場仮説」

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アンドリュー・W. ロー (Andrew W. Lo) 著
望月 衛/千葉 敏生 訳
東洋経済新報社 出版

 この本では、『適応的市場 (adaptive markets) 仮説』が『効率的市場仮説』よりも優れた仮説だと、さまざまな観点から説明されています。『効率的市場』とは、『合理的で利益の最大化を目指す者多数が活発に競争し合い、それぞれ個別証券の将来における市場価値を予測しようと努めており、重要な最新の情報はすべての参加者がほぼ制約なく入手できる市場……効率的な市場では、競争によって、平均では本質的価値に対する新しい情報の影響が実際の価格にすべて「即座に」反映される市場』を指します。

 ただ、金融市場が効率的市場だと考えると理屈に合わないこともあるため、著者は、金融市場が生物学の法則で動いているという理論で効率的市場仮説に対抗しています。金融市場を動かす人間もまた、ほかの生物と同じように繁殖の成功と失敗、もっといえば生と死という直接的な力を受け、行動を司る脳が形作られてきました。その結果、環境がそれまでと変わったとき、脳がその環境にすぐには適応できず、それまでと同じ行動をとってしまいます。ひとことで言えば不適応な行動をとってしまい、非合理的に見えます。

 金融市場を適応的市場だとする仮説では、金融以外の環境で培われたヒューリスティックス (経験則) をそのまま金融の環境に (誤って) 適応したものにすぎないと考えます。そうすると、非合理的な行動、行動バイアスの生じる仕組みが理解できるようになり、行動バイアスの生じやすいタイミングや行動バイアスが市場の挙動におよぼす効果を予測することができることになります。

 さらにいえば、そういった予測のうえに戦略を立てることもできます。たとえば、株式市場で短期的なヴォラティリティが (市場参加者が動揺するような) 閾値を超えて上昇した際は、パニック売りを想定して、ポートフォリオの一部を現金化し、逆にヴォラティリティが元に戻ったときにはポートフォリオも戻すといったアルゴリズムが考えられます。著者は、時価総額加重平均インデックスを使い、取引コストが取引量の 0.05% と仮定して検証しています。結果は、高めの取引コストにも関わらず、このアルゴリズムによりリターンが向上することが見てとれます。

 このように、生物学的観点から市場参加者を分析するいっぽう、著者は、金融市場そのものの進化にも触れています。まず、人類の個体数が非常に大きくなったため、利用者が大幅に増えたのに併せて金融機関数も増え、起きる問題も巨大化しました。さらに、金融システムが複雑化し、密結合 (システムが適切に機能するためには、構成要素がそれぞれ欠陥なく機能することを要する状態) になっていると分析しています。

 そのうえで著者は、生態系を管理するように金融市場をコントロール (適切に規制) する方法を模索しています。それについては、この本に書かれていることすら完全に消化できなかったわたしなどではこの先の展望をイメージできませんし、この仮説に対するこれからの評価を待ちたいと思います。

 ただひとつ言えることは、著者がこの本の最後に記した、金融システムを使えば世界を良くする道筋を見つけられるという考えが、わたしの金融に対する印象を大きく変えました。600 ページも読むなかで冗長だと思った部分もありましたが、少なくともわたしにとっては読む価値のある一冊でした。
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2021年07月21日

「身近な人の介護で「損したくない!」と思ったら読む本」

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河北 美紀 著
実務教育出版 出版

 親が要介護認定を受けてから 2 年ほど経ちますが、漠然とした不安を抱えています。介護を必要とする状況がどのような速さで変わっていくのか先のことがイメージできないことはもちろん、金銭面の不安もあります。これまではインターネットの情報を頼りに手探りで進んできましたが、ノウハウ本を読んでみるべきだったかも……と思ったのが読んだきっかけです。

 一番印象に残ったのは、介護する側が頑張りすぎて疲弊してしまうと介護される側も辛くなってしまうことです。そういったとき、適宜専門家を頼ることが大切なのだと納得できました。

 そのほか、知って気が楽になった知識がいくつかあります。一番身近な存在であるケアマネジャーさんと考え方が合わないときなどは、地域包括支援センターがや居宅介護支援事業者などにお願いすれば、変更できるそうです。また、急激な体調の変化から、介護認定の現状と合わなくなったときは、要介護度の区分変更申請をすれば、30 日以内に結果を出してもらえること、それも待てないときは、暫定ケアプランをケアマネジャーさんに立ててもらうことができるそうです。

 そして、いよいよ施設のお世話にならざるを得なくなったとき、誰もが直面するのは、特養の空きがないことだと思います。そういったとき、入所は緊急性の度合いに応じて決まるので、できるだけ詳しい状況を申込書に書くこと、幅広い地域を探してみること、それでも無理なときは、短期入所生活介護 (医療依存度が高い場合は、短期入所量要介護) を 30 日間継続して利用し、31 日目は全額自費として、その翌日からまた介護保険を利用して介護を受ける、ロングショート (ショートステイを長期間にわたって利用すること) を検討することなど、色々な方法を検討できるというのは心強く感じられました。もちろん、やむを得ない事情がある場合に限られますが、どうにもならないときも何かしら逃げ道が残されていると知ると、気が楽になりました。

 経済的な視点だけでなく、介護に関する包括的な知識を得られる良書だと思います。身近な人の介護が現実的になった方にお勧めしたい本です。
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2021年07月20日

「データ分析のためのデータ可視化入門」

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キーラン・ヒーリー (Kieran Healy) 著
瓜生 真也/江口 哲史/三村 喬生 訳
講談社 出版

 データ可視化関連書籍に対する鋭い指摘が載っていました。知覚認知的観点から優れたグラフはどういったものか、改善を必要とする具体例をもとに議論する本もあれば、グラフを作成するコードのレシピを紹介する本もありますが、その両方を兼ね備えた本は、なかなか見当たらないという指摘です。

 良いチャートの条件を語るのに、チャート作成ツールを選ぶ必要がないいっぽう、どのようにチャートを作成するかは、ツールに限った話になるため、良いチャートの議論とチャートの作成手順を分けるのは合理的に見えます。ただ、読者は『わかりやすいチャートを作るプロセス全体』を実現したくて本を頼っているので、前者では、どのように作ればいいのかという問題は解決されず、後者では、どのようなチャートを目指すべきかという問題は解決されません。

 そのため、この本のゴールは『かしこく・わかりやすく・再現可能な方法によるデータ可視化について、その考え方と方法論の両方を紹介すること』となっています。使っているのは、フリーの R とその統合開発環境 (Integrated Development Environment: IDE) RStudio です。

 おもに、tidyverse パッケージ、ggplot() 関数を使ってチャートを作りながら、頭の働かせ方 (principles) と手の動かし方 (practice) の両方を学べるようになっています。使いこなせれば便利だと思ったのは、 ggplot() 関数を使った地図の描画 (第 7 章) です。

 また、この本を機に R の浸透具合を伺い知ることができました。R の各種パッケージをダウンロードできる CRAN (Comprehensive R Archive Network) ミラーサイトは日本にも何か所もあり、日本語ドキュメントも想像以上に充実しています。いつか、地図チャートをとっかかりに R に取り組みたいと思います。
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2021年07月07日

「データビジュアライゼーションの教科書」

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藤 俊久仁/渡部 良一 著
秀和システム 出版

 内容が大きく二分されます。ひとつは理論で、もうひとつは個別具体的なチャートをもとに改善策を示す実践的内容です。前者でおもしろかったのは、ビジュアライゼーションの目的による分類です。後者では、いくつか新しい気づきを得ることができました。

 ビジュアライゼーションの目的による分類は、次のような図であらわされていました。

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『仮説検証型』の例としては、売上の半分以上はリピーターによって占められているのではないかという仮説を立てたうえで、データを視覚化し、仮説が事実かどうかをデータで裏付けるというプロセスになっています。

『仮説探索型』の例としては、売上を伸ばすためにデータから何かわかることはないだろうかという漠然とした目的や疑問をもとにデータを視覚化し、消費者向けの製品カテゴリを改善させれば売上が伸びるのではないかといった仮説を導き出すプロセスです。

『事実報告型』の例は、売上・利益・客数を週次でモニタリングしたいといった定点観測指標を視覚化し、売上は増えているのに利益が減っているのはなぜだろうかといった傾向の把握や着目点の特定に至るプロセスです。

『事実説明型』の例は、データをもとに伝えたい一連の事実や発見を視覚化し、作り手が伝えたいことを読み手が理解できるようにします。

『事実報告型』の『事実』にしても、『事実説明型』の『事実』にしても、視覚化した時点で何らかの意図が入り込むので、『事実』ということばがありのままの姿を指しているとは言えない気もしますが、著者の意図はわかります。

『主張説得型』は、自分の主張を訴えかけるためにデータをもとに事実や発見を視覚化し、作り手が伝えたいことを読み手が理解するという流れになっています。

『主張表現型』は、データを用いた新しい表現や美しさを追求して、データを視覚化し、読み手の共感・感動が得られるというプロセスを意図しています。

 もちろん、これが絶対的な分類ではないと思いますが、こういった類型化は興味深い試みだと思います。
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