2021年07月06日

「スタンド・バイ・ミー」

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スティーヴン・キング (Stephen King) 著
山田 順子 訳
新潮社 出版

 以下の二篇がおさめられています。

- スタンド・バイ・ミー (The Body)
- マンハッタンの奇譚クラブ (The Breathing Method)

「スタンド・バイ・ミー」は、映画にもなった有名な作品で、読んでいると、つい「Joyland」を思い出してしまいます。仲間と過ごした時間や古き時代は、もう戻ることができないゆえに、そこに思いを馳せるたび、輝きと重みを増していくものなのかもしれません。

 日本語の『少年』ということばは、『男の子』や『男』といったことばに比べて、ぴったりくるシチュエーションが少ない気がしますが、この物語は、四人の『少年』が一緒に過ごした最後の夏の冒険と称するに相応しい気がします。

 夏の終わり――9 月から始まる新学年の直前、もうすぐ 13 歳になる (英語でいうティーンエイジャーの一歩手前)、クリス・チェンバーズ、ゴードン・ラチャンス、テディ・デュシャン、バーン・テシオの 4 人組が、自分たちと同じ年頃の少年の死体を見に行った 2 日間を、作家になった 34 歳のラチャンスが振り返るスタイルで描かれています。

 それぞれに問題を抱えた 4 人の少年ですが、将来作家になる夢を抱き、実際に作家になったゴードンの人を見る目は『男の子』というにはおとなびていて、『男』というには仲間内の暗黙の了解事項への一途さが真っすぐ過ぎるように感じます。

 さらにクリスにいたっては、恵まれない境遇にあり、『人の足を引っぱるのは人』だという諦念に達していて『男の子』というには成熟し過ぎているいっぽう、自らの孤独を和らげるために不遇仲間を得ようと友人を引きずり込むのではなく、突き放す思いやりがあり、『男』というには不釣り合いな純粋さが感じられます。

 何よりも『少年』を感じたのは、4 人が列車にはねられた遺体を見つけた直後、炎天下のなか 1 日かけて歩いてきた自分たちとは違って、クリスやバーンの兄がいるティーンエイジャーグループが車でやってきて鉢合わせした場面です。ゴードンは、自分たちが彼をみつけたのだから、自分たちに優先権があると声に出して主張し、『年上の体の大きな連中に横盗りさせるわけにはいかない』と、躍起になる姿が、人生においてほんの短い時期にしか起こりえない真の怒りに見えました。

 そんな『少年』の物語に続く、『おとなの男』、「マンハッタンの奇譚クラブ」は、読み始める前は「スタンド・バイ・ミー」の付録のようにしか思えませんでしたが、意外性に満ちていて楽しく読めました。奇譚にフォーカスした作品かと思いきや、結末で示される語り手の推測に、どきっとさせられました。
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2021年07月05日

「新型コロナワクチン 遺伝子ワクチンによるパンデミックの克服」

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杉本 正信 著
東京化学同人 出版

 パンデミックという非常事態とはいえ、1 年ほどの短期間でワクチンが開発されたことに驚くと同時に、素朴な疑問が 2 点ありました。(1) なぜ短期間で開発できたのか。(2) なぜ超低温管理が必要なのか。

 HIV ワクチンの開発に従事していた著者の説明は、信頼性が感じられるだけでなく、とてもわかりやすく、わたしの疑問は氷解しました。

 いま日本で接種されている、ファイザー製やモデルナ製ワクチンで用いられている mRNA (メッセンジャー RNA) や アストラゼネカ製ワクチンで用いられている VV (ウィルスベクター) といったワクチンは、病原体に関連したタンパク質をコードする遺伝子 (RNA あるいは DNA) を体内に注入し、体内で抗原タンパク質をつくらせて免疫を誘導する『遺伝子ワクチン』にあたるそうです。

 遺伝子は、生物に必要なタンパク質をつくる設計図のようなものですが、そこから直接タンパク質がつくられるわけではなく、次のように『転写』→『翻訳』という流れを経て、タンパク質ができるのですが、その仕組みがワクチンに利用されています。

@遺伝情報をもっている DNA は、二重らせん構造をしていて、合成するタンパク質の情報部分だけ二重らせん構造がほどかれます。

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Aほどけた DNA の片方の鎖に、RNA の材料となる塩基を含むヌクレオチドが近づき、DNA の塩基と相補的な結合をつくっていきます。

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Bこうして、二重らせんの片方の塩基配列の一部が RNA に写し取られます。こうしてできた RNA が mRNA と呼ばれ、この過程が転写と呼ばれます。

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CmRNA の塩基配列を元に、アミノ酸が結合されていきます。この過程が翻訳と呼ばれます。

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 この仕組みをもとに、COVID-19 の遺伝情報から作製された mRNA は脂質膜でコーティングされ、人体に投与され、体内で mRNA からスパイクタンパク質がつくられて、免疫が誘導されます。スパイクタンパク質は、ウィルス表面にある突起の部分で、感染防御抗原に相当します。

 mRNA は、分解されやすく、ヒトの DNA に組み込まれたりする危険性はありません。ただ、mRNA を脂質の膜でコーティングした脂質粒子にする必要があり、その膜の成分の一部がアナフィラキシーショックを引き起こすのではないかと考えられています。また、出来上がったワクチン製剤は、熱や振動などに不安定で、超低温管理が必要とされます。

 mRNA ワクチンは、初めてヒトに接種されるようになりましたが、先行する技術やアイデアの蓄積があり、決して付焼刃的な技術ではないと著者は説明しています。

 新しいワクチンのメリットやデメリットが素人でもわかるよう解説された良書だと思います。また、今回『転写』→『翻訳』のプロセスに関する画像をお借りした NHK 高校講座もわかりやすくてお勧めです。
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2021年07月04日

「みえる詩 あそぶ詩 きこえる詩」

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はせ みつこ 編
飯野 和好 絵
冨山房 出版

 はせみつこ (波瀬満子) 氏は、「ウリポ・はせ・カンパニー」を設立し、ことば遊びや詩で構成されるステージをプロデュースしていました。そのため、この本でもことば遊びが中心になっています。

 最初に登場する「いるか」(谷川俊太郎作) は、リズムよく同音多義を楽しんでいて、動物のイルカの絵が描かれてあります。

 いるかいるか
 いないかいるか
 いないいないいるか
 いつならいるか
 よるならいるか
 またきてみるか
 いるかいないか
 いないかいるか
 いるいるいるか
 いっぱいいるか
 ねているいるか
 ゆめみているか

 食い意地がはっていて、擬音語・擬態語が好きなわたしが気に入ったのは「たべもの」(中江俊夫作) です。

 もこもこ さといも
 ほこほこ さつまいも
 はりはり だいこん
 ぱりぱり たくあん
 ぽりぽり きゅうり
 かりかり らっきょう
 つるつる うどん
 ぬるり わかめ
 ねとねと なっとう
 くるんくるん こんにゃく
 しこしこ たこ
 しゃきしゃき はくさい
 こりこり こうめ
 ぷりんぷりんの とまと
 ぴんぴんした たい
 あつあつの ふろふきだいこん
 ほかほかの ごはん

 声に出してリズムよく読みたくなる詩に出会える本です。また、時代や世代の異なるさまざまな詩人の作品が集められているので、新しい詩人にも出会うこともできると思います。
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