2021年07月05日

「新型コロナワクチン 遺伝子ワクチンによるパンデミックの克服」

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杉本 正信 著
東京化学同人 出版

 パンデミックという非常事態とはいえ、1 年ほどの短期間でワクチンが開発されたことに驚くと同時に、素朴な疑問が 2 点ありました。(1) なぜ短期間で開発できたのか。(2) なぜ超低温管理が必要なのか。

 HIV ワクチンの開発に従事していた著者の説明は、信頼性が感じられるだけでなく、とてもわかりやすく、わたしの疑問は氷解しました。

 いま日本で接種されている、ファイザー製やモデルナ製ワクチンで用いられている mRNA (メッセンジャー RNA) や アストラゼネカ製ワクチンで用いられている VV (ウィルスベクター) といったワクチンは、病原体に関連したタンパク質をコードする遺伝子 (RNA あるいは DNA) を体内に注入し、体内で抗原タンパク質をつくらせて免疫を誘導する『遺伝子ワクチン』にあたるそうです。

 遺伝子は、生物に必要なタンパク質をつくる設計図のようなものですが、そこから直接タンパク質がつくられるわけではなく、次のように『転写』→『翻訳』という流れを経て、タンパク質ができるのですが、その仕組みがワクチンに利用されています。

@遺伝情報をもっている DNA は、二重らせん構造をしていて、合成するタンパク質の情報部分だけ二重らせん構造がほどかれます。

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Aほどけた DNA の片方の鎖に、RNA の材料となる塩基を含むヌクレオチドが近づき、DNA の塩基と相補的な結合をつくっていきます。

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Bこうして、二重らせんの片方の塩基配列の一部が RNA に写し取られます。こうしてできた RNA が mRNA と呼ばれ、この過程が転写と呼ばれます。

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CmRNA の塩基配列を元に、アミノ酸が結合されていきます。この過程が翻訳と呼ばれます。

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 この仕組みをもとに、COVID-19 の遺伝情報から作製された mRNA は脂質膜でコーティングされ、人体に投与され、体内で mRNA からスパイクタンパク質がつくられて、免疫が誘導されます。スパイクタンパク質は、ウィルス表面にある突起の部分で、感染防御抗原に相当します。

 mRNA は、分解されやすく、ヒトの DNA に組み込まれたりする危険性はありません。ただ、mRNA を脂質の膜でコーティングした脂質粒子にする必要があり、その膜の成分の一部がアナフィラキシーショックを引き起こすのではないかと考えられています。また、出来上がったワクチン製剤は、熱や振動などに不安定で、超低温管理が必要とされます。

 mRNA ワクチンは、初めてヒトに接種されるようになりましたが、先行する技術やアイデアの蓄積があり、決して付焼刃的な技術ではないと著者は説明しています。

 新しいワクチンのメリットやデメリットが素人でもわかるよう解説された良書だと思います。また、今回『転写』→『翻訳』のプロセスに関する画像をお借りした NHK 高校講座もわかりやすくてお勧めです。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする