2021年11月30日

「出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記」

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宮崎 伸治 著
フォレスト出版 出版

 この著者が執筆した本を読むことは、もうないだろうと思いました。この本を書くことによって、出版業界で経験した辛い過去に対し溜飲をさげたい著者とそれに同調する読者という構図のもと、出版業界で働く個人事業主あたりが読者として想定されていたのかもしれません。わたしは、その想定読者からは遠い立場にいるので、得るものが何もなかったのでしょう。

 いわゆる下請法が整備されてきたことからもわかるように、企業規模が大きく圧倒的に優位な立場にある発注者に対し、零細企業や個人事業主などの受注者は、高いリスクを背負うことが予期されます。ゆえに、個人事業主などは、リスクを正しく評価し、可能な範囲でリスクをヘッジしつつ臨むことが必要になります。それを怠って被害に遭い、自分は世のために正義を貫いているという考えのもと、ユーモアの欠片もなく、相手が 100% 悪いという怒りを書きつらねても、それなりにリスクヘッジを心がけてきた人たちには響かないのは仕方のないことだと思います。

 もちろん、被害に遭われたことはお気の毒かと思いますが、出版業界に限った話でもありませんし、どう伝えるかについて、もう少し検討されても良かったのではないかと思いました。
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2021年11月29日

「くるねこ」「くるねこ 其の弐」

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くるねこ 大和 著
KADOKAWA/エンターブレイン 出版

 COVID-19のパンデミックを機に、人と会う機会が激減したのと対照的にわたしの生活で増えたのが、ペットの動画や本などに癒される機会です。

 この「くるねこ」は、20 冊以上も出版されているシリーズで、人気の高いブログがもとになっています。捨て猫を見ると忍びなくてつい飼い始めてしまう著者は、猫の個性をそれぞれうまく漫画で描きわけています。

『カラスぼん』という名の黒猫の一人称は『あっし』で、時代劇の登場人物のように喋っています。『トメ吉』は、著者が入浴する際、自分が浴室から締めだされることから、蛇口から出てくるカリカリ (ドライキャットフード) を著者が独り占めしているという妄想を抱いていることになっています。『胡坊』は、いたずらをして著者に怒られても、自分のすぐそばに居た『トメ吉』が著者に怒られたと勘違いしてしょげていても、我関せずでいたずらに熱中しつづけます。

 それら以外にも著者のさまざまな観察、たとえば、見られたくないところを見られると『猫もウロタエる』場面、何も知らない子猫が意表をつく行動に出たら、見ていた『猫もあっけにとられる』場面、『猫も味わい深い顔をする』場面など、つい笑ってしまう場面が数々登場します。

 笑えると同時に、猫に対する著者の愛が感じられ、癒されました。
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2021年11月28日

「証券業界のしくみとビジネスがこれ 1 冊でしっかりわかる教科書」

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土信田 雅之 監修
技術評論社 出版

 証券会社のビジネスモデルを俯瞰したいと思って読んだのですが、業界の全体像を把握するには向かない内容でした。ただ、全体ではなく一部分、つまり面ではなく点を理解するには、わかりやすい説明が随所に見られたと思います。

 これまでの疑問が解けたのは、投資銀行業務 (『インベストメント・バンキング業務』と呼ばれることもあります) の業務内容です。一般消費者を相手とする『リテール部門』と異なり、国や自治体、大手法人 (機関投資家など) 向けの事業『ホールセール部門』では、『投資銀行業務』、『ディーリング業務』、『セールス業務』、『ストラクチャリング業務』などが執り行われていますが、このうち『投資銀行業務』については、何をしているのか、具体的なイメージがありませんでした。この本では、@企業の合併や買収の支援 (企業価値の計算、買収先企業との交渉、デューデリジェンスなど)、A株式・債券のアンダーライティング業務が主な業務だと説明されていました。

 そのほか、英米では一般的な概念『fiduciary duty』は、日本語において『フィデューシャリー・デューティー』というカタカナ表記が一般的になっていると知ることもできました。この本では次のように説明されています。
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 2014 年に金融庁が「平成 26 事務年度金融モニタリング基本指針」のなかで初めて扱ったことで話題となった言葉で、顧客本位の業務運営を指す。金融機関は資産を預けている顧客に対して、利益を最大限にするために注意と忠実を尽くす義務があるという意味で使われた。日本語では『受託者責任』または『信任義務』と訳される。
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 なんでもカタカナにして取り入れるというのは安易だという気がしないでもありませんが、それでも、何を指しているのかぴったりと認識が合うという利点は見逃せませんし、これからは、『フィデューシャリー・デューティー』という用語を使っていくと思います。
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2021年11月27日

「グローバル金融規制と新たなリスクへの対応」

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佐々木 清隆 著/編集
きんざい 出版

 一橋大学大学院経営管理研究科の 2020 年度コースの内容をもとに、これまでに金融庁に関係した方々が執筆した本です。金融規制のクロスボーダー対応や COVID-19 を原因とするリスクの捉え方などを知ることができるかと思い、手にとりました。

 金融規制に関する国際的な枠組みが、次のようにまとめられていました。普段あまり意識していませんが、リーマンショック以降、粛々と整えられてきた様子がうかがえました。

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 そういった国際的な取り組みで意外に思ったのは、免許等を受け恒常的なモニタリングの対象である銀行等金融機関のうち、海外拠点を有する社につき、本社を監督する母国・ホーム当局と支店等海外拠点を監督するローカル・ホスト当局間の二国間での連携が意外にも進んでいる点でした。この章を執筆した佐々木清隆氏によれば、ホーム・ホスト当局間では個別海外拠点に関する、また個別取引や個別のスタッフ等に関する詳細な情報が共有されている反面、当該金融機関の本社がそのような海外拠点の問題を把握していない事例が散見されるとのことです。

 金融機関内部の監査能力が高くないことは、不祥事報道などから、薄々感じていましたが、監督機能が国境を越えて正常に働いている点は、わたしが抱くイメージとは少し違っていました。

 また、タイトルにある『新たなリスク』について、わたしは、COVID-19をきっかけとしたリスクと思いこんでいましたが、ほかにも『コンダクトリスク』というものがあることを初めて知りました。コンダクトリスクについては、必ずしも共通した理解が形成されていないとしつつも、@利用者保護に影響する行為、A市場の透明性や公正性に影響する行為、B金融機関の風評 (reputation) に影響する行為等につながり、結果として企業価値が大きく毀損されるものなどと、この本では説明されています。

 具体的には、SDGs や気候変動への対応などがあげられ、法令上求められていなくとも、対応することが期待され、またそれがビジネスモデルの持続可能性にもプラスであると考えられているものに反する行為はリスクになるということです。

 とてもわかりやすかった例としては、2019 年に起きたリクナビ問題です。個人情報保護法制に違反するか、労働法制に違反するかは微妙なところもありますが、少なくともリクルートに個人情報を提供している学生の心情をまったく顧みないサービスだったので、『コンダクトリスク』の発現からサービス廃止まで追い込まれた典型的な事例だと、この章を担当した竹内朗氏は語っています。

 データを提供した利用者たちの同意もなく、『内定辞退率予測』といったセンシティブな情報を売って儲けることがビジネスとして真っ当かどうか考えられないのは、リクルートに限ったことではないと、ひとりの消費者として思うことが多くなったので、この『コンダクトリスク』というものを今後も折に触れて考えていきたいと思いました。
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2021年11月26日

「AI 大図鑑」

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松尾 豊 監修
ニュートンプレス 出版

 ヴィジュアルブックと謳っているだけあって、全ページがカラーで、視覚的に理解できるよう工夫されています。また、AI が得意とする分野と不得意とする分野、つまり、AI と人間の相違点や共通点が捉えられるよう配慮されている印象を受けました。

 ヴィジュアルにするとわかりやすいと特に感じたのは 2 点です。ひとつは、ディープラーニングの入力層・中間層 (隠れ層)・出力層の概念です。ニューラルネットワークやノードのイメージとともに層の重なりが図になっていて、なぜディープラーニングと呼ばれるのか直感的に理解できそうです。もうひとつは、クラスタリングの概念です。AI が画像診断でがん細胞を見つける際、がん細胞を正常な細胞と見分けるためにどう処理を行なっているかが、一目瞭然です。

 AI と人間の相違点や類似点には、数々の具体例があげられています。まず、AI が人間が到底できないことをいとも簡単にやってのける例は、かくれた系外惑星を AI が見つけた事例などです。惑星が、恒星と地球のあいだを横切るとき、恒星から地球に届く光がわずかに暗くなる (減光) をシグナルとして観測し、解析したケースです。ノイズを見分ける学習を少しさせたあと、大量のデータを処理させると、『Kepler-90i』と『Kepler-80g』という惑星が見つかったそうです。

 人間がいとも容易く対応しているのに AI ができない例は、フレーム問題やシンボルグラウンディング問題が取りあげられています。さらに、これらの問題に対し、AI に身体性をもたせると解決されるのではないかという意見も紹介しています。

 敵対的サンプル (adversarial example) に脆弱であったり、自然言語を扱う際、文脈から省略された内容を読み解くことができなかったり、一見、人を模しているように見える AI が実はすべて 2 進数の世界の存在だと再認識させてくれる話題も揃っています。

 わたしは知らなかったのですが、AI も、なにげない風景などを学習すると、錯視図形に騙されるそうで、人を模すのに成功している範囲が思った以上に広いと感じました。前述の AI に身体性をもたせるという仮説だけでなく、全脳アーキテクチャ・イニシアティブが進める『全脳アーキテクチャ』(人間の脳と同じような機能を有する汎用 AI を目指すため、大脳基底核、大脳新皮質、小脳、海馬などの脳の各モジュールを模して、AI を構築しようとするもの) という試みもあるそうです。それらが実現すれば、もっと人間に近づくのかもしれません。

 しかし、そうなると、自分自身を改良できる AI が登場する日が来る気がしてきます。そうなったら、一番手の AI の開発者が総どりですべてを手に入れる可能性があると同時に、複数の AI が均衡状態になる可能性もあると、この本では紹介されています。

 ペーパークリップマキシマイザーという思考実験がありますが、リスクを正しく評価する術をもたないまま、AI を開発しているのでなければいいと、あらためて思いました。
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