2022年04月07日

「坂の途中の家」

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角田 光代 著
朝日新聞出版 出版

 主人公は、まもなく 3 歳になろうとする娘と夫の陽一郎と暮らす専業主婦の里沙子。彼女が、世間を騒がせた乳幼児虐待事件の補充裁判員になるところから物語が始まります。事件の被告人である水穂は、生後 8 か月の娘を浴槽に落として溺死させた罪に問われていました。

 里沙子は、裁判員のひとりとして客観的に水穂を見ようと努めますが、証言の食い違いが見受けられ、家庭という密室のなかの状況は、そう簡単には把握できません。さまざまな角度から仮説を立てて考えていくうち、自分と近い家族構成に身をおく水穂に、知らず知らず自分自身を見ていくようになります。そして結果的に、自分と自分を取り巻く環境についても客観視するようになり、彼女なりの結論に達します。

 そんな彼女のことばの一部に驚かされました。
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憎しみではない、愛だ。相手をおとしめ、傷つけ、そうすることで、自分の腕から出ていかないようにする。愛しているから。それがあの母親の、娘の愛しかただった。
 それなら、陽一郎もそうなのかもしれない。意味もなく、目的もなく、いつのまにか抱いていた憎しみだけで妻をおとしめ、傷つけていたわけではない。陽一郎もまた、そういう愛しかたしか知らないのだ――。
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 相手が劣っていると言い続けて敢えて傷つけ、優れている自分のそばにいるほうが良いと相手に思わせるのは、自己中心的な行ないであって、そこに相手に対する愛など微塵も存在しないと、わたしには見えました。つまり、幸せな家庭のなかの自分、従順な家族に頼られる自分、そういった理想に近い自分像を維持するために、自分とは別の人格をもつ者を利用しているように感じたのです。

 なぜ、愛ゆえにおとしめられたという結論に里沙子が至るよう描かれたのでしょうか。モラルハラスメントから逃れられないケースでは、里沙子のように愛されていると誤解することが多いのでしょうか。里沙子が自分の状況を客観的に見つめなおしていくプロセスに惹きこまれたあとだったので余計に腑に落ちませんでした。
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2022年04月06日

「れいといちかとまほうのトンネル」

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加藤 伸二 作
倉田 ちよ 絵
スマーティブ 出版

 表紙に『プログラミング教育のエッセンスが詰まった絵本』とあります。プログラム実行環境を個人で用意するのが現実的ではなかった時代に生まれた身としては、絵本でプログラミングの基本要素を学ぶ時代になったのかと驚かされました。

 絵本のなかでは、「れい」と「いちか」のきょうだいが、裏山に冒険に出かけ、家に帰るまでが書かれています。(絵本の王道パターンである『行って帰る』物語です。)

 ふたりは、森のなかで様々な仕掛け (まほうのトンネル) に遭遇し、試行錯誤を繰り返しながら、それぞれの仕掛けの法則を見つけだします。どの仕掛けにもインとアウトがあり、全体がアルゴリズムに見立てられているように感じました。

 また、プログラムの 3 つの制御構造、『順次』(仕掛けを順番に試しています)『分岐』(ボタンを押すことによって、アウトプットが変わる仕掛けがあります)『繰り返し』(条件が満たされて初めて、アウトプットを得られる仕掛けがあります) の要素も盛り込まれていて、プログラムらしさも感じました。

 プログラミングに求められる要素を子供に伝えるための工夫が見てとれた気がします。
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2022年04月05日

「マンガでよくわかる 新型コロナの 読むワクチン」

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西村 秀一 著
石川 森彦 イラスト
幻冬舎 出版

 COVID-19 の大流行以降、あらゆる場所で手指の消毒を求められるようになり、アトピー性皮膚炎を抱える身としては、かなり辛い日々を過ごしています。必要なことと耐えてきたのが本音ですが、この本を読んで落胆することになりました。手指の消毒は、COVID-19 の感染予防にあまり寄与しないというのが著者の説明です。

 COVID-19 は、汚染されたものに触り、粘膜についたり口に入ったりして感染する『接触感染』や短時間で落下するような大きな飛沫での『飛沫感染』ではなく、『空気感染』だというのです。つまり、換気の悪い部屋では、空中に漂うウイルスによって、多くの人が短時間で感染してしまうため、手指を消毒することより、充分に換気をしながら誰もが正しくマスクを着用することを優先させるべきだというのです。

 これだけ科学が発達した現代において、科学的根拠に基づかない対策が推奨されている理由として、著者は次のように述べています。
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 昔は、解明されていない感染症は空気が悪いからだとして、なんと呪術で払うというようなことが真剣に行なわれていました。しかし科学者達の努力で、マラリアは蚊が媒介した感染、コレラは汚染された飲料水からの感染など、さまざまな感染症の感染ルートが次々に解明されていきました。
 そして空気感染という考え方は迷信的な考え方だとして軽視されるようになり、空気感染という概念を容認しない大家が書いた教科書がそのままバイブルのようになり、延々と今日まで続いているのです。
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 ただ、この本では、効果が期待されるものや無駄なものも含め、COVID-19 に対する対策がいろいろ検討されているものの、そもそも空気感染だと断定したプロセスには触れられていません。『接触感染』や『飛沫感染』では説明がつかないという、わたしのような素人にはピンとこない指摘があるのみです。その点が残念でした。
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