2022年07月20日
「訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語」
笹原 宏之 著
光文社 出版
小学生の頃、漢字には訓読みと音読みがあると習って以降、訓読みが何かとか、訓読みと音読みの違いが何かなど深く考えたことがなかったと気づかされました。この本では、訓読みとは『「漢字を本来の漢語ではない語で読むこと」であり、また「漢字に当てられたその個々の読み方」のこと』だと定義されています。
そもそも、中国と日本は地理的に近いものの、それぞれの言語は、『言語学上の一つの分類である語族が全く異なるとされ、文法、発音、語彙などあらゆる点で異質の言語』だと著者が説明するとおり、両言語に共通点がなく、単に漢字という文字だけを借りてきて自由な発想で使いこなすことになり、訓読みが生まれたようです。著者の表現では、『日本語を表記するために漢字を自在に使おうとする姿勢の高まり』があったと記されていました。
訓読みの割合を知るための数字としては、『(漢字音訓表などで) 現在、認められている音訓の数は 4087 で、うち 1900 が訓読みである。そこには、「なん」(何)「むな」(胸)などの特殊訓、派生形も含まれている。ただし、訓だけの漢字は 40 にすぎない。訓の品詞は、動詞が 56% と過半数を占め、以下、名詞が 29.3%、形容詞が 7.1% などと続く (『図説日本語』角川書店)』と説明がありました。
訓読みの起源については、『6 世紀半ば頃には、日本列島で確実に訓読みが用いられていた』と書かれてありました。訓読みにも相応の歴史があるようです。長年使われてきたなかで、ひとつの漢字に対し、訓読みも音読みも複数存在することは当たり前になってきたのでしょう。
音読みが複数存在する理由として著者は、『中国語自体は子音、母音などの発音が豊富であったが (ほかに声調・アクセントもある)、日本語に入る際に本来、音の種類が少ない和語の発音の制約を受けた』ためだと説明しています。
訓読みの場合、前述のとおり、漢字を自在に使おうとする姿勢が影響したからか、かなりの数の訓読みがある漢字が少なくありません。著者の例でおもしろいと思ったのは、『海』です。『あ行』のすべての読みが存在します。例をあげると、「海女 (あま)」、「海豚 (いるか)」、「海胆 (うに)」(海栗)、「海老 (えび)」、「海草 (おご)」(海髪) です。
同様に、同訓異字も数多く存在します。驚いたのは、 「はかる」です。137 種類もの漢字があるそうです。「体重をはかる」の場合、いずれの漢字を用いた表記が適しているかという著者の問いに対し、300 名余りの学生が答えたところ、「計る」「測る」「量る」で見事に三分されたとか。わたしはこういうとき、ひらがなで書くという方法に逃げたくなります。
また、同訓異字では、地域性があらわれるケースもあるようです。わたしは、『たまご』を漢字表記する際、料理になれば『玉子』、それ以外は『卵』を使うのを基本にしています。しかし、高知県では『玉子』の表記が使われることはほとんどなく、『卵焼き』などと表記するそうです。『玉子焼き』と書いた場合は、縁日などで売られる鈴カステラを指すそうです。
そのほか、外来語やローマ字の例なども訓読みがいかに自由かをあらわしていると思います。
前者の例としては、次があげられます。『「訪ふものは扉を叩つくし」ーーこれは萩原朔太郎の詩「乃木坂倶楽部」に出てくる一節』で、「叩」の読み仮名は「の」とあり、「叩つくし」は「ノックし」と読むそうです。著者は、『「ノック」という一つの外来語に対して、漢字とひらがなとを交ぜて書くことで、詩に独特の雰囲気を与えている』と語っていて、工夫したすえの表記だと、納得できます。
後者の例としては、「W る」(ダブる) があげられています。驚いたのが、特に新しい表記ではなく、戦前から見られたという点です。
この本は、内容がさほど体系的になっていない印象を受けましたが、それでも、断片的な知識をつなぎ合わせるのに役立つ部分も多く、いろいろ気づかされました。
2022年07月19日
「さよならに反する現象」
乙一 著
KADOKAWA 出版
以下が収められた短篇集です。「フィルム」というのは、8mm フィルムのことで、これからの時代、こういったものをテーマとする作品は少なくなるのだと思います。ただ、以前読んだ「さみしさの周波数」に収められている「フィルムの中の少女」といい、この「フィルム」といい、フィルムから連想されるアナログな雰囲気と非科学的といわれる現象は、なんとなくぴったりとくるので、こういった作品も残ってほしいと思います。
- そしてクマになる
- なごみ探偵おそ松さん・リターンズ
- 家政婦
- フィルム
- 悠川さんは写りたい
わたしにとって乙一作品といえば、「SEVEN ROOMS」です。どれだけ時が経っても、読んだときの怖さが忘れられません。2006 年に読んだにもかかわらず、その強烈な恐怖感だけは今も残っています。
いっぽう、この短篇集は、どこかユーモラスな雰囲気を醸す作品が多く、これまでわたしが抱いていた印象を覆すのに充分で、作家のふり幅の広さが感じられました。ただ、なかには、くすっと笑える要素がありながら、同時に恐怖も残す作品もありました。
「悠川さんは写りたい」には、可笑しみと怨念が違和感なく混ざりあっています。心霊写真をつくるという変わった趣味の持ち主の烏丸さんと、すでに亡くなっている悠川さんのやりとりが、ある意味滑稽でありつつ、お互いにうまく補っているような印象を受けます。そして、最後の最後に、悠川さんの復讐が一抹の恐怖を残します。それまでの和やかさとのギャップに驚かされて読み終えることができました。
2022年07月18日
「スマホ脳」
アンデシュ・ハンセン (Anders Hansen) 著
久山 葉子 訳
新潮社 出版
超大手電機メーカーで研究開発をしている方が、人を豊かにするためにデバイスを作っているつもりでいたけれど、デバイスが暮らしを豊かにしているとは限らないかも……と、この本の感想を漏らしていました。
精神科医である著者は、睡眠、運動、そして他者との関わりが、精神的な不調から身を守る 3 つの重要な要素だと説明します。逆に、スマホは、精神的な不調の原因となっている可能性が高いと指摘しています。
医学博士だけあって、SNS などに費やすスクリーンタイムと精神的な不調の相関関係を示す数多くの研究結果を理由に、因果関係を断定するようなことは避けていますが、それでもわたしは、この作家が主張する、デジタルライフの悪影響を看過すべきではないと感じました。特に若い世代への影響は、少なくないと思います。
信じた根拠は、わたしたちの『脳はこの 1 万年変化していない』、つまり、食べ物や安全が得やすくなった、今の『余裕のある環境に、自然はまだ人間を適応させられていない』と、この作家が語っていることにあります。
この 200 年ほどのあいだに、わたしたちの暮らしは劇的に変わりました。でも、わたしたちが長年受け継いできた遺伝子には、『新しいもの、未知のものを探しにいきたいという衝動』が、まだしっかりと組み込まれています。
『スマホには人間の報酬系を活性化させて注目を引くという、とてつもない力』が備わっていることがわかっています。これはかつて、あらゆる刺激に迅速に対応できるよう、警戒態勢を整えておく必要があったことに起因します。つまり、わずかな気の緩みが命の危機につながる可能性があったため、何事も見逃さないよう、ドーパミンという報酬を与えてマルチタスクをさせ、簡単に気が散るよう、人間は進化してきたというのです。
しかし、現代では状況が異なります。自動化や人工知能の普及により、集中力を要するクリエイティブな仕事をしない限り、人の価値が認められなくなりつつあります。現代に生きるわたしたちは、集中力が奪われやすいデジタル社会において集中する必要があり、スクリーンタイムを制限し、睡眠や運動や他者との関わりに時間を振り向ける必要がありそうです。
2022年07月17日
「無印良品の「隠れ定番」」
「心地よい暮らし」プロジェクト 編
KADOKAWA 出版
昔、無印良品のシンプルなデザインが好きで頻繁に店舗を訪れていた時期がありました。ある日、フライパンを購入し、空の状態で (IH ではなく) ガスコンロに載せたところ、柄のほうが重いのか五徳の上で傾きました。食材を入れて、一定の重量がかかると安定するとはいえ、やはり危なっかしく見えたので、それ以来、無印良品ファンではなくなりました。
この本のタイトルを見て、あのフライパンは、たまたまハズレだったのかもしれないと思いました。実際に読んで思ったのは、やはりモノを作るうえで、失敗は免れないということです。『上質紙 スリムノート・横罫縦ドット』の商品紹介で開発者が次のように語っています。
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昔、企画したノートが、すぐに他社のものに切り替えたという上司の娘さんに酷評されました。指摘がいちいちもっともで自分に腹が立ち、絶対に負けないものをつくろうと奮起しました。
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消費者にとっての当たり前は、必ずしも開発者にとっての当たり前ではないとわかるエピソードだと思います。ほかにも、アミノ酸系の添加物を使わないよう仕様を変更し、『素材を生かしたスナック』として売り出した、ごぼうスナックがヒットしたそうです。生地に練り込むごぼうの量を増やしたこのスナックは、読むだけで食べたくなってしまう食品だと、わたしは思いますが、発売前に工場の方は、売れないと言っていたそうです。アミノ酸系の添加物を使うのが常識だからとか。わたしには、自分の常識は他人の非常識の典型例のように見えます。
こういうエピソードを読んでいると、またお店に足を運んで、自分に合う商品を選んでみようかという気になりました。まずは、ごぼうのスナック、塩糀、醤油糀、2 層仕立てのチーズケーキなどの食品を試してみたいと思います。