2022年10月24日

「日本人が忘れてはいけない美しい日本の言葉」

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 国語学者で、「日本国語大辞典」初版の編集長を務めた著者が「日本国語大辞典」第 2 版を参考に書いた本です。ほぼ半月で仕上げたと言い訳めいた説明が最初にあるとおり、不備な点が散見されますが、わたしにとっては、これまで意識したことのない日本語に触れる機会になりました。

 それは、洒落言葉です。現代において、言葉は短くされるいっぽうのような気がします。たとえば、ダイレクトメッセージなどでは、『り』は『了解』を意味するそうです。

 しかし、言葉を付け足した洒落言葉が、かつては数多くあったようです。この本で紹介されているのは、地名に絡んだものです。『その手は桑名の焼き蛤』、『恐れ入谷の鬼子母神』、『嘘を築地の御門跡』、『堪忍信濃の善光寺』、『なんだ (涙) は目にある神田は東京』などです。

『その手は桑名の焼き蛤』の場合、『その手は食わない』と言えば済むところを『桑名』にひっかけて、その地の名物『焼き蛤 (蛤を殻つきのまま火で焼いたり、蛤のむき身を串に刺してつけ焼きにしたりした料理)』を付け足しています。『恐れ入谷の鬼子母神』の場合、『恐れ入る』の『入る』に地名『入谷』をひっかけて、その地にある有名な『鬼子母神』を付け足しています。

 別になくてもいいことを付け足すことにより、おどけている様子や皮肉めいた印象が加わります。遊び心が感じられ、無駄なものを徹底的に排除する流れとは逆の余裕があるように、わたしには思われました。

『嘘をつく』と築地を掛け、さらに、その地にある本願寺とつなげている『嘘を築地の御門跡』(門跡は、幕府が制定したもので、出家した皇族が住職を務める格式の高い寺院) などは、真っ向から『嘘をつくな』というより、当たりが柔らかく、好ましく思えました。同様に、『堪忍しなさい』というより、『堪忍信濃の善光寺』のほうが、言われるほうも仕方がないと思える気がします。

 ときには、言葉に何か付け足すことも大切なのかもしれません。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本語/文章) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする