2023年06月08日

「物価とは何か」

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渡辺 努 著
講談社 出版

 ことし日銀総裁が交代したこともあり、物価 2% 達成が本当に実現可能な目標なのか知りたくて読みました。

 中央銀行がその役割をまっとうすれば、高インフレにはならないと言われています。そのいっぽうで、デフレ脱却は、金融緩和の効果がなければ、実現しないと言われています。日本では、長期間にわたり、金融緩和を続けてきたにもかかわらず、デフレを脱却できずにいますが、なぜ金融緩和の効果があらわれなかったのか、わたしには理解できませんでした。

 しかし、この本で紹介されている研究内容や仮説は、ひとりの消費者として、デフレを脱却できない状況を理解できる内容でした。著者はあとがきで、本書は『書き手の偏見が満載の一冊』だと書いています。その理由は、紹介する学説を著者の主観で選んだことにあります。そうであれば、検証が充分ではない学説も含まれているのでしょう。ただ、経済学者でも金融のプロでもない、ひとりの消費者としては、腹落ちする内容でした。

 特に、『合理的無関心』と『共感 (相互作用)』は、専門的な概念でながらわかりやすく解説されていて、わたしたちの日常そのものをあらわしているように感じられました。

『合理的無関心』は、人々の関心の総量には限りがあり、無関心を選ぶにも合理性があるという考えです。物の値段があがっていくか、さがっていくかは、人々がこの先の物の値段をどう予想するかによって決まります。そのため、日銀をはじめ、中央銀行は対話を重視するようになりました。しかし日本では、金融のプロはともかく、一般消費者は、身近な事柄に比べ、日銀の金融緩和には関心をもっていません。それは、無関心でいることが合理的だからです。

 本書では、次の表が掲載されています。
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 日本の場合、デフレではあるものの、マイナス幅が小さいので、『物価上昇率がゼロ % 近く』に該当し、一般消費者は日銀に関心がなく、物価 2% 達成のメッセージも届いていません。問題は、このアラン・グリーンスパンが定義する物価安定『経済主体が意思決定を行うにあたり、将来の一般物価水準の変動を気にかけなくてもよい状態』に日本が該当していないことです。これまでも企業物価の上昇は折々に見られ、企業経営者などは頭を悩ませてきたと想像するからです。

『共感 (相互作用)』とは、本書では、企業と企業のあいだ、商品と商品のあいだに存在するであろう関係を指しています。たとえば、ある商品の原価があがったとしても、その上昇分を価格に転嫁して利益を維持できるとは限りません。なぜなら、競合他社が値上げに追随しない限り、需要が減るからです。

 本書では、次の表が掲載されています。100 円で 40 個売れていた商品が価格を変えたとき、販売数量がどれだけ変化するかが示されています。
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 大幅に値下げしても、あまり販売数量は増えませんが、少し値上げしただけでも、大幅に販売数量が減ります。それは、値下げの際は他社との価格競争に陥り、他社のシェアを奪うほどの効果は見込めないいっぽう、値上げの際は、競合他社が値上げに動かないため、他社のシェアが増えるからです。

 それは、原価上昇率が小さい場合、値上げしないほうが値上げするよりも利益の減少幅が小さくなることを意味します。こうして、相互に作用しあい、価格硬直が起こります。これは寡占産業とそれに近い産業で一般的に見られる現象だそうですが、日用品の多くは、限られたメーカーによる寡占に近い状態にあるのではないでしょうか。

 いまのところ、賃金上昇の伴わないインフレが起こっているようです。この本のおかげで、わたしの知識も少し増えたので、日銀のメッセージがこれまで以上に伝わっていくかなど、この先のことを以前より興味深く見ていけそうです。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(経済・金融・会計) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする