2023年08月17日
「ファイナンス理論全史」
田渕 直也 著
ダイヤモンド社 出版
有名な「ウォール街のランダム・ウォーカー」を一度は読んでおきたいと思ったものの、挫折してしまったので、この本で最低限の知識を得られないかと読んでみました。1900 年にルイ・バシュリエが『投機の理論』で提唱したランダムウォーク理論をはじめ、効果的市場仮説、ブラック=ショールズ・モデル、CAPM (Capital Asset Pricing Model:資本資産評価モデル)、ポートフォリオ理論、VaR (Value at Risk)、行動ファイナンス (心理バイアス) などが逸話を交えながら紹介されています。
わたしは、金融には疎いのですが、VaR のソリューションを担当していたので、VaR の歴史については興味深く読めました。ナシーム・ニコラス・タレブが書いた「ブラック・スワン」(2007 年) で VaR が批判されていたことは覚えていますが、それ以前の 2003 年に VaR ショックがあったことは知りませんでした。
VaR ショックとは、VaR によるリスク管理を徹底していた銀行が多かったせいで、日本国債の利回りが突然急騰したできごとです。利回りと価格の関係が明確な国債のなかでも日本のは利回りの変動が相対的に少ないので、いったん利回り/価格が想定より大きく動くと、VaR 値の上昇→銀行による国債売却→VaR 値の上昇というスパイラルに入ってしまい、価格下落 (利回り上昇) が続き、VaR ショックに至ったようです。
そもそもこの VaR が広く使われるきっかけとなったのは、1992 年に JP モルガンが『リスクメトリクス』という名で VaR の計算仕様を公開したことにあるそうです。同社のトップにデニス・ウェザーストーンが就いたとき、「毎日夕方 4 時 15 分までに当日のリスクの状況を数値化してレポートする」ことを求め、その解決策として、『VaR (予想最大損失額)』が使われたのが始まりだったようです。
ウェザーストーンは、「金融ビジネスの本質はリスク管理にある」と言ったそうです。そして、そのリスク管理を容易にするため、ソリューションベンダーは VaR のようなソリューションをリリースしました。しかし、人が補助ツールとしてソリューションを使うのではなく、VaR 値にもとづくルールに従った結果、VaR ショックが起きたとすれば、意思決定を支援するために開発されたソリューションが、ビジネスを阻害してしまったようなものなので、残念に感じました。
もうひとつ、著者が『米国における産学の密接でダイナミックな関係』と評する点、『金融機関は理論家を採用して、その知見をトレーディング手法の開発やリスク管理に取り入れていく。一方の理論家も、現実の市場の中で働くことで新たなものを見出すようになる。それが、米国における金融イノベーションを推し進める大きな原動力の一つとなったことは間違いないだろう』という意見は、薄々わたしも感じてきたことなので、頷けました。
広く浅く比較的客観的にまとめられた良書のおかげで、ランダムウォーク理論の位置づけも理解できた気がします。