2023年12月30日
「不便のねうち」
山本 ふみこ 著
オレンジページ 出版
『自分で考えた回り道を楽しむ』といった著者の価値観を感じました。著者は、『不便を感じて、さあなんとかしようと考えることは、「不便のねうち」であり、おもしろさの生まれる地点だと思えます』と書いています。
不便を感じたら、この不便はわたしだけの不便ではないはず、すでに解決方法を見つけた人はいないのだろうかと疑問に思ってググってしまうわたしとは違う反応です。どちらが正しいという問題ではないのですが、著者の考え方のほうが余裕というか遊び心があります。
著者がお嬢さんのひとりと一緒に米村でんじろうのサイエンスショーを見に行かれたときのエピソードが紹介されています。一緒に行かなかった家族に見せるため、サイエンスショーの再現用『空気砲』を段ボールで作り、そのあと何年も保管されているとか。
こういった日常を楽しむとか、日々を丁寧に過ごす生き方に憧れがないわけではありませんが、なんとなくわたしには向かない気がします。でも、東日本大震災を機に水をもっと大切にしなければならないと熟慮を重ねて行動に移された姿勢には共感しました。当たり前だと思っていたインフラを失った日のことは、わたしも忘れたくないと強く思います。
2023年12月29日
「不機嫌な英語たち」
吉原 真里 著
晶文社 出版
ハワイ大学アメリカ研究学部教授の著者が小学生時代まで遡って自らの体験を綴ったエッセイです。英語が不機嫌なのかと思ってしまうタイトルですが、小学五年生のときに英語ができないのに英語で授業が行なわれる学校に転校することになったとか、英語圏での暮らしに溶けこめたと思ったら日本に戻る羽目になったとか、英語にかかわる不機嫌が赤裸々に語られています。
そういった学生時代の不機嫌は、成人して以降、モヤモヤした割り切れなさへと移っていきます。ジェンダーや人種、社会階層、移民など、正誤や白黒の線引きが難しく簡単には言語化できないことが多く話題にのぼり、著者自身が得た気づきも記されています。
著者は『英語ができなかった自分と、英語ができるようになってからの自分は、同じ身体をして同じ地球上を歩いていても、まったく違う人間だった』と書いています。語学を身につけるとその語学で接することのできる文化が広がり、コミュニケーションをとれる対象も格段に広がるので、そのとおりだと思います。
ただ、その広がりにも限りがあると見受けられました。著者が、ハワイ大学で教鞭をとれるほどの英語力があっても、自国以外の文化にさして興味のない米国民が Eggplant をどういった食べ物と認識しているか自らが知らずにいたことを発見するエピソードもその一例のように感じます。
同時に、語学や文化にかかわる知識や経験を得たことによって、著者は失ったものもあるのではないでしょうか。先の Eggplant の件で、著者は、自らの発見をおもしろいと捉えましたが、それは複数の文化を一定以上理解しているひとの感覚であって、たったひとつの言語を使い、たったひとつの文化圏で暮らしているひとたちの、自分たちが見ている世界がすべてだという感覚は理解できないのかもしれません。
さらに、著者のように複数の文化に通じることは、良い面もあれば、不便な面もあるように感じました。著者は、『アジア人女性の大学教授という立場で移民の janitor である男性と接することの意味と葛藤』を長々と説明し、モヤモヤのありかを示しています。このエルサルバドル移民の男性は、(証明はできませんが) 白人女性に対しては許されないと考えるであろうことを日本人の著者に対しては許されると考えました。そしてそのことは、許されると考える背景を著者がじゅうぶん過ぎるくらいわかっているから、モヤモヤするのではないかと、わたしは捉えました。
そして、そういったモヤモヤと引き換えに、著者は、自らのことを a woman of color と何気なく口にしたのではないかとわたしは想像しました。モヤモヤの原因となる背景は、長年の積み重ねの結果であり、たとえばエルサルバドルの移民男性の例で考えても、その janitor ひとりの問題ではなく、社会全体の歴史に根ざす部分が大きいからこそ、a woman of color に対する支援があってもおかしくないと感じたのではないでしょうか。
日本語だけを使う、ほとんどが日本人という環境での暮らしでは経験しないモヤモヤを疑似体験でき、自分の考え方に気づくことができた気がします。
2023年12月28日
「AI DRIVEN AI で進化する人類の働き方」
伊藤 穰一 著
SB クリエイティブ 出版
著者は、MIT の不確実性コンピューティングプロジェクトのメンバーなどと協力して、ニューロシンボリック AI を開発しているそうです。そんな著者がジェネレーティブ AI をどう利用すべきかについて『自分で実際にいろんなことを AI にさせてみる。差し障りのない範囲でトライ & エラーを繰り返す』ことを推奨しています。
また使いこなすためのコツも紹介しています。いま話題の ChatGPT の場合、@「誰」になってほしいのかを明示する、A言葉遣いや情報の詳細度を指定する、B「完璧」を求めないこと、必ず自分でチェックすることをあげています。
AI の開発サイドも手探りなら、ユーザーも手探りだということなのでしょう。使ってみて、役立てられることにはどんどん活用するいっぽう、わたしたちひとは、過去に答えを見つけられない領域で頑張らざるを得なくなるのかもしれません。
AI の選択肢が広がるこれからの時代において、わたしたちは AI から目を逸らすことはできないのだと、あらためて思いました。著者はこう書いています。『テクノロジーが社会に与えるインパクトは、それを活用する様々な階層の人間の意図次第で、よくも悪くもなるのです。』
大量のデータと資金力を有する巨大テック企業がひとり勝ちする構図も考えられますし、すでに広がった世の中の格差を埋めるために名もないひとたちが各々 AI という新しいテクノロジーを活用する可能性もあります。
ただ、戦争や侵略が絶えない世の中において、『正しく』テクノロジーを活用していく、言い換えれば、悪用されるのを防ぐのは、簡単ではない気がします。そのために、わたしたちはまずテクノロジーを知ることから始めなければならないと、この本を読んであらためて思いました。
2023年12月27日
「トーコーキッチンへようこそ!」
池田 峰 著
虹有社 出版
サービス業であれば、誰もが狙いたくなるのが差別化です。この本で取りあげられている事例は、不動産 (管理) 会社が手作りの食事を格安で提供する食堂を入居者向けに運営し、ほかの賃貸物件ではなく、その不動産会社が管理する住宅に住みたいと思ってもらうことを狙った仕組みです。
たしかに食堂は、学生や高齢者などひとり暮らしの入居者にとってありがたいサービスで、差別化として理想的な戦略だと思いますが、他社が簡単に真似できるものではありません。神奈川県相模原市にある東郊住宅社は、もともと不動産管理会社としてかなりレベルの高いサービスを提供していました。12 月 30 日から 1 月 2 日を除いて年中無休、しかも、鍵の紛失や漏水といった緊急事態には、24 時間 365 日対応し、外部委託すらしていませんでした。そこに、年末年始の 4 日間を除いて 8 時から 20 時まで食事を提供するトーコーキッチンという食堂サービスを追加したわけです。
その甲斐あって、管理物件の入居率は 99% まで上昇し、繁忙期 (1 月から 3 月) の残業もなくなったそうです。トーコーキッチンでいつでも食事をしたいから、東郊住宅社が管理する賃貸住宅に入居したいと考える消費者が増え、成約率が向上し、成約までの時間が減少したのです。
しかし、トーコーキッチンをオープンする前から、管理物件の入居率は 95% 程度あり、ほかの不動産会社が羨ましくなる状況だったようです。つまり、高いレベルのサービスを提供している会社は、さらに高みにのぼりつめていくということなのでしょう。高みにのぼるために必要なのはなんでしょうか。
この本を読むと、会社のオーナーが信念をもって、ひとつひとつ考え抜いてサービスを提供してきたことが伝わってきます。その姿勢こそが、一朝一夕で真似などできないサービスを生むのではないでしょうか。朝食 100 円、昼食と夕食はそれぞれ 500 円で手作り料理を提供する大変さを『企業努力』とさらりと書いてしまうところにも、そういう芯のようなものが窺えました。広く話題になるのも納得の成功事例でした。
2023年12月26日
「辞書にない「ことばと漢字」3000」
パキラハウス 著
講談社 出版
いわゆる雑学が詰まった本です。わたしには、巻頭の『そこんところを何と呼んでいるのか』と名づけられた口絵が大いに役立ちました。さまざまな分野の名称が図解されていて、小説などで見かたとき、調べる手間を省いてきたことがわかり、すっきりしました。
たとえば、屋根。『切妻屋根』とあっても、どんな屋根か調べもせずに読み流していましたが、ごくごく一般的な屋根だとわかりました。そのほか、陸屋根、寄棟、方形、入母屋、片流れ、招き、腰折 (マンサード) など、図で示されると違いが一目瞭然です。
そのほか、牛肉の部位名の違いもひと目でわかります。日本と西洋では、部位の分け方がこんなに違うとは知りませんでした。バラ、ロース、ヒレなどの部位名は日常的に見かけます。この『ヒレ』は、『フィレ』とも呼ばれます。表記の揺れのように捉えていましたが、同じ部位でもフランス語風に呼べば『フィレ』、日本語風に呼べば『ヒレ』となるようです。日本では『(背) ロース』と読んでいる部分も、西洋ではもう少し細かく分けられているようです。
雑多な知識の集まりだと、興味をもてるものもあれば、そうでないものもあり、全体を読んだ満足感は低めでしたが、口絵部分はリファレンスとして価値があるかもしれません。