2024年01月30日

「忘れてはいけないことを、書きつけました。」

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山本 ふみこ 著
清流出版 出版

 ことばにできるほどではないにしても薄々感じたり、誰かに伝えられるほど整理されていないにしても漠然と考えたりしていたことが、誰かの文章でそういうことだったのかと思うことがあります。

 この本のなかでも、そう思う場面がありました。ご近所の方がもらい火に遭い、家の修繕のあいだ、アパートで仮住まいをすることなったそうです。問題は、その家の猫チョロを連れて行けないことです。著者は、難儀なことに直面した一家に対し、『ひとだって猫だって困ることが起きれば、胸のあたりが重くなる』と察し、『こういうときいちばんほしいものはさて、何だろうか』と問い、こう答えます。『ほんとうは、解決策より何より、いっしょに困ってくれるひとくらいありがたいものはない』。『チョロを預かったわたしは……、ともかくチョロといっしょに困ろうと考えていた』そうです。

 世の中、解決策のない問題が山積みです。それでも、一緒に困ってくれるひとがいれば、たとえ前に進むことはできずとも、前を向き続けることができそうです。あいまいな表現ですが、寄り添えるひとになりたいと思っていましたが、それは一緒に困ることができるひとなのかもしれません。

 もうひとつ、児童文学者の清水眞砂子さんから本を通じて教わったことを紹介する折りに書かれてあった一文も印象的でした。『なかでも、子どもの文学に求められる最低限のモラルは、「人生は生きるに価する」ということだという考え方に接したときには、胸のなかに風が通った気がしました』という一文です。

 子どもたちが『親ガチャ』ということばを使っていると知ったとき、誰のもとに生まれたかによってすべてが決まるという諦念のようなものを感じました。会ったこともない他人の暮らしを垣間見てわかった気になり、自分と比べられる時代に生きていれば避けられないのかもしれませんが、いま接することができる世の中よりもずっとずっと世界は広いと子どもたちには感じてほしいとぼんやりと願っていた自分に気づかされました。
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2024年01月29日

「「選択的シングル」の時代」

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エルヤキム・キスレフ (Elyakim Kislev) 著
舩山 むつみ 訳
文響社 出版

『おひとりさま』ということばが浸透しつつある日本では、シングルであることは珍しいことではなくなりつつあります。しかし、だからといって結婚しなければならないというプレッシャーを受けずに済むわけではありません。著者が『シングルへのスティグマ』と呼ばれる影響を受けることになります。

『スティグマ』の語源は、裏切り者、犯罪者、奴隷などの皮膚につけられた刺青や烙印を意味する、『汚点』や『印』にあります。もともとは、道徳的に劣った人間であることを示すための印でしたが、少しずつ意味が変わってきました。ただ、『劣っている』というニュアンスに変わりはなく、精神的、身体的な障害や、人種、民族、健康、教育など、いろいろなかたちで存在しています。

 わかりやすくいえば、シングルは『結婚できないひと』といったニュアンスのスティグマを与えられていると著者は見ています。著者は、年齢や性別、性的志向や居住地域など幅広い層のシングルにインタビューをし、結婚できないのではなく、結婚しないことを自ら選び、かつ幸福感を得ているひとが増えているのではないかという結論をだし、それが本のサブタイトル『30 カ国以上のデータが示す「結婚神話」の真実と「新しい生き方」』となってあらわされています。

 ただ、著者によれば、この類の調査はまだ前例が極めて少ないそうです。実際、この本でも、定性的データはそれなりに紹介されていますが、定量的データとしてはサブタイトルに謳われているほどではないように思います。そのため、著者は、これからもっと調査が実施され、政策などに反映されるべきだという意見を述べています。

 たしかに、夫婦を前提とする、核家族中心の制度だけでは、シングルのウェルビーイングを向上させることは難しいでしょう。ただ、この本では、子どもをもうけることを前提とした制度でなければ、国力や社会保障を維持しづらいという政策側の論点が何もなく、シングルからの要望、主張にとどまっています。

 著者は、社会的な問題を指摘すると同時に、定性的データや自らの分析をもとに、シングルでいることを選択したひとがより幸福になるためのステップを紹介しています。@独身差別に対する意識を高める、Aポジティブな自己認識をもつ、B自分に適した環境を選ぶ、C差別的な習慣に屈しない、D自らの権限を強化するの 5 点です。

 結婚するのが当たり前という風潮のもと、シングルでいることによる差別、たとえば会社で休暇を調整する際、子どものいる社員の希望が優先されるなどに対し、公平に扱ってほしいと声をあげることなど、シングルとしてできることも確かにあると納得できました。

 もちろんわたしも、個人でできることには限界があり、シングルの立場も守られる政策が実現することを望みます。ただ、この本を読んでそれ以上に興味を抱いたのは、未婚や死別などさまざまな理由によってシングルが当たり前になり、AI 搭載のロボットと暮らすようになったときの制度です。著者は、ロボット人間との結婚契約を結ぶことができるようになる意見を紹介しています。

 そんな時代を見られるかわかりませんが、興味深い考察だと思います。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする