
クリス・ミラー (Chris Miller) 著
千葉 敏生 訳
ダイヤモンド社 出版
著者 (アメリカ人) は、序章で『アメリカは、シリコンバレーの名前の由来となったシリコン・チップを現時点ではまだ支配しているが、近年、その地位は危険なほど弱まっている』と書いています。それに続いて、チップの歴史を振り返り、現時点でのチップにまつわるリスクを著者なりに分析しています。
この本は、第二次世界大戦の終戦期を振り返るところから始まりますが、チップの歴史を正しく理解するには、本当の『戦争』、つまり熾烈な競争などの比喩ではなく、武器をとって殺し合う戦争の歴史を知ることが戦後世代にとっては不可欠なようです。
そして、ロシアがウクライナを侵攻したように、中国が台湾を侵攻するかもしれないリスクを考えるとき、わたしたち日本人は、戦争というものを少しは具体的にイメージする必要があるようです。たとえば、『ロシアがウクライナ侵攻開始から数週間足らずで誘導巡航ミサイルの不足に見舞われた』いっぽう、『ウクライナは、1 発当たり 200 個以上の半導体を駆使して敵の戦車を狙い撃ちするジャベリン対戦車ミサイルなど、西側諸国から大量の誘導兵器の供与をうけている』と書かれてありますが、もしこれが中国なら、ロシアほどの窮状に陥ることになるのでしょうか。
半導体をめぐる熾烈な競争を知りたいと読み始めたものの、半導体を生み育てたのは、戦争に備えるための資金や枠組みであったと知り、半導体と戦争は文字どおり、深く関係するのだと知りました。ほかにも、日本ができなかった設計と製造の分離、グーテンベルク革命になぞらえて『ミードとコンウェイの革命』と呼ばれている手法に資金を提供したのは、DARPA だったことも知りました。
ただ、IoT の時代、国が国防予算でチップを育てるのも難しくなりました。著者は『国防総省 (ペンタゴン) の 7000 億ドルという潤沢な予算でさえ、国防目的の最先端の半導体製造工場をアメリカ本土に建設するには足りないのが現状』だと書いています。
アメリカは、チップの設計で重要な役割を担っていますが、製造は台湾に頼っています。では、どう国を守るのでしょうか。アメリカは、『依存』を『武器』に変えることにしたようです。ロシアがウクライナに侵攻した際、ロシアの銀行を SWIFT から締めだしたような、『エンティティ・リスト』を使って中国のテクノロジー大手ファーウェイを締めつけたような手法です。
しかし、それも相互依存のなか、一定の優位性がなければ、効果は得られません。だからアメリカは、テクノロジーにおいて『相手より速く走り、競争に勝つ』という方針を 1990 年代から掲げています。
それは、実現可能な目標なのでしょうか。先行者利益 (ファースト・ムーバー・アドバンテージ) は、時代とともに大きくなり、汎用 AI などは最初の開発社がすべてを得るとも言われています。これから必要とされるチップも速いスピードで変わっていくことでしょう。
この本を読み、わたしの不安はより大きくなった気がします。ただ、チップのサプライチェーンで重要な役割を担う、リソグラフィ装置メーカー、オランダの ASML に対する疑問がとけたのは、収穫でした。1980 年代から 1990 年代にかけての日米貿易摩擦でオランダが中立的だったこと、競合企業との結びつきの深い日本のメーカーを避けて発注する企業が増えたこと、さまざまな供給源から調達した部品をひとつにまとめる能力が突出していたことなどが理由だったようです。
500 ページほどの大作ですが、それだけの時間をかけて読む価値はありました。