
パーネル・ホール (Parnell Hall) 著
田中 一江 訳
早川書房 出版
「探偵になりたい」に続く作品で、頼りない探偵スタンリー・ヘイスティングズが今回も奮闘します。現代の流れに疲れたときに読みたくなるシリーズです。主人公のスタンリーが『コスパ』や『タイパ』とは対極にあることをするからでしょう。
今回の依頼は、妻のアリスを通して持ちこまれます。依頼人は、幼稚園に通う息子のクラスメートの母親パメラで、息子たちの幼稚園の送り迎えではお互い助け合う仲です。パメラは、恐喝されていると打ち明け、そのネタとなっているものを取り返してほしいと頼みます。そんな難しい依頼をされたあと、定石どおり殺人事件が起こり、恐喝犯が死んでしまいます。しかも、第一発見者はスタンリーです。
自らが殺人事件の容疑者になったわけですから、事情を説明し、捜査は警察に任せればいいものを、パメラの秘密を極力守ろうと悪あがきをして、スタンリーは犯人捜しを始めます。かっこいい探偵を気取りたいという気持ちもないとはいえませんが、根っこの部分はお人好しなのです。
そして稀に、真理というか本質を悟ったりもします。恐喝のネタがデリケートな問題だけに、分が悪くなってしまったスタンリーはこういいます。『わたしは苦い真実を学んだ。道徳観念というのは相対的なものなのだ。なにをしたかで道徳的と決まるわけではない。問題は、だれがしたかなのだ』。頼んだ張本人に責められても、黙って受けいれて穏便にすます、とどのつまりお人好しなのです。
悲しいかな、素人探偵スタンリーは、警察を出し抜いたと思っていても泳がされていただけと知り、怖い目に遭ったうえに費用は嵩みます。いいことはひとつもないように思えますが、最後にちょっぴり胸がすくようなできごとがあります。スタンリーと刑事が手を組んで、悪人を少しばかり懲らしめ、気の毒な女性を助けます。こういった結末も、わたしがこのシリーズを好きな理由のひとつかもしれません。