2024年11月18日

「Dreamcatcher」

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Stephen King 著
Pocket Books 出版

 物語は、過去と現在が交錯して進みます。過去のほうは、「スタンド・バイ・ミー」を思わせる、男の子たちの友情が軸になり、現在のほうは、映画の「エイリアン」を思わせる、SF ホラーが軸になっています。わたしは、地球外生命体と戦うタイプの小説が苦手なのですが、この作品に限っていえば、さまざまな謎に魅せられ、最後まで読んでしまいました。

 わたしにとって一番謎だったのは、タイトルになっている dreamcathcer です。重要な小道具として登場しますが、わたしは実物を見たことがありません。インターネット上のさまざまなサイトでその画像を見られますが、かたちは蜘蛛の巣に似ています。アメリカ先住民のあいだで、悪夢を消し去ってくれる魔除けとして知られていて、室内装飾品として吊り下げるようです。

 物語が進むなか、dreamcathcer は、繰り返し登場し、なにかを暗示あるいは象徴しているように、わたしには思えました。なにかを捉えるものに見えることもあれば、誰かと誰かをつなぐものに見えることもあれば、なにか、それも広い空間のようなものを包みこむものに見えることもあり、登場するたび、考えさせられました。ただ、最後に、それがなんなのか明かされても、わたしにはうまくイメージできず、残念でした。過去と現在が同時に存在する空間やそれを生み出す能力をわたしがうまく想像できないせいかもしれません。わかったような、わからないような中途半端な感覚に陥りました。

 ほかにも、登場人物の過去に関する謎がありました。おもな登場人物は、お互いを Jonesy、Henry、Beaver、Pete と呼びあう 30 代の男性 4 人で、子どものころからの親友です。おとなになって、それぞれ異なる道を歩んでいても、付き合いは続いています。彼らには、普通なら知りえないことがわかる能力があり、物語のなかでは『線が見える』と表現されています。その能力のルーツを辿ると、4 人組には、子どものころ近しかった友人がもうひとりいて、その 5 人めの仲間を通じて不思議な能力を授かったことが明かされます。Duddits と呼ばれる、5 人めの仲間にはどんな力があるのか、過去にひとを殺めたのはなぜかなど、疑問がいくつも浮かびました。

 あちこちに散りばめられた謎だけがこの作品の魅力というわけではありません。この 5 人の友情に共感し、自らの経験を思い起こすきっかけにもなりました。たとえば、Duddits と疎遠になってしまったことを悔いる場面、知性や判断力に秀でる友人に信頼を寄せる場面、Duddits と再会した Henry が 5 人で過ごした時間を振り返る場面など、そうしたいという理由だけで、ひとと一緒に時間を過ごしたころを思い出しました。

 以前読んだ作品に似ているような気がするものの、物語の展開がまったく読めず、つい最後まで読まされてしまったあたり、ベストセラー作家の実力なのかもしれません。
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2024年11月03日

「限りある時間の使い方」

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オリバー・バークマン (Oliver Burkeman) 著
高橋 璃子 訳
かんき出版 出版

 虚を衝かれた気がしました。著者は、産業革命以降わたしたちは、『「今」という時間を未来のゴールにたどり着くための手段に変えて』しまった結果、今を楽しむのではなく、未来の安心を手に入れるために今の時間を費やし、可能な限り多くのタスクを詰めこんで、時間をコントロールしようと躍起になっているといいます。そして、『今を犠牲にしつづけると、僕たちは大事なものを失って』しまい、『時間を支配しようとする者は、結局は時間に支配されてしまう』というわけです。

 言われてみれば、そのとおりだと思いました。同時に、時間を支配したいという欲求のために、わたしたちはどんどん短気になっていることにも気づかされました。著者は、『現代人がどんどん短気になっているのは、技術が進歩するたびに、人間の限界を超える地点に近づいている気がする』ことを理由にあげています。『たとえば電子レンジで 1 分で夕食を温められるようになると、今度はその 1 分が長く感じられ、1 秒で温まるべきではないかと思うようになる』わけです。

 わたしたちは、未来に不安はつきものであり、時間を支配しようとしても支配されるだけだという事実を受けいれ、忍耐を身につける必要があるようです。1 分かかるものには、1 分かける必要があるわけです。著者は、学者たちの執筆習慣を研究している心理学者ロバート・ボイスの研究を引用しています。『もっとも生産的で成功している人たちは、1 日のうち執筆に割く時間が「少ない」』ことがわかっているそうです。『ほんの少しの量を、毎日続けていた』からです。成果を焦らず、適切なペース配分を守って継続する価値があることを証明する調査結果です。

 さらに著者は、忍耐を身につけるコツを 3 つ紹介しています。1. 「問題がある」状態を楽しむ、2. 小さな行動を着実に繰り返す、3. オリジナルは模倣から生まれる。1. は、人生とはもともと、ひとつひとつの問題に取りくんで、それぞれに必要な時間をかけるプロセスなのだから、問題がない状態を目指す必要はないということです。2. は、先の執筆の例にあるとおり、少しずつでも繰り返せば、着実に成果はあがるのだから、続けることこそ大切だということです。3. は、結果を急ぎ過ぎれば、模倣の段階を過ぎて独自の成果を出すところまで辿りつけないということです。

 わたしも、何を焦っているかを忘れて、ただ焦っていたような気がします。もっと、もっとと先を急ぐのではなく、自らの器を知り、自分なりに成長しつつ、プロセスを楽しみながら、過ごせるようになりたいと思わせてもらえた気がします。
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2024年11月02日

「地面師たち」

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新庄 耕 著
集英社 出版

 解説によると、2017 年に東京・五反田の廃旅館『海喜館 (うみきかん)』の土地を積水ハウスが購入したあとに詐欺と判明した事件が本作のモチーフだそうです。わたしは、当該事件の被害額が 55 億 5 千万円と知って、普通ならありえないと思ったことを覚えています。本作では、モチーフとなった事件の倍近い被害額で描かれていますが、それでも真に迫った何かを感じました。そして、当時の事件を知ったわたしが『やるべきことを普通にやっていれば、起こりえない』と思ったのは、自身が追いこまれていなかったからに過ぎないと気がつきました。

 本作では、騙す側と騙される側に偶然が重なって、被害額 100 億円を超す詐欺が成功をおさめます。加えて、事件を追う側にも偶然が起こり、最後にはすべてが明らかになります。騙す側には、つらい経験があって、普通の生活から外れてしまった、いわゆる優秀なひとたちが、プロの詐欺師たちに加わっています。相容れないひとたちが思いがけず手を組むことによって、最強のチームができあがりました。騙される側は、追いこまれ、起死回生を切望し、うまい話の裏を疑う余裕を失っています。そして、詐欺師を追う側にも、定年を前にして多少の自由時間と悔いを残したくないという思いをもった刑事が存在します。

 これだけの偶然が重なると、嘘っぽくなってもおかしくないのですが、騙す側のひとたちを襲った不幸な事故や事件も珍しいことでもなく、騙される側の大手企業の役員が背負ったノルマも珍しいことでもなく、警察官が定年前に多少の感傷に浸ることも珍しいことではなく、架空の世界に浸ってしまいます。しかも、それらの事情が明かされる展開が円滑で、最後まで一気に読んでしまいました。

 さらに解説もおもしろく、厳しいビジネスの現実を知ることができました。本作をベースに映像作品をつくりたいと思った解説者大根仁氏は、映画やテレビドラマにすることはできないと知らされたそうです。映画会社は、グループ内に不動産部門をもっていますし、テレビは、大手スポンサーやビジネスパートナーに不動産部門があり、この手の作品を自粛するしかないそうです。なるほど、それで Netflix 配信作品になったのか……と納得できました。
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2024年11月01日

「新版 科学がつきとめた『運のいい人』」

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中野 信子 著
サンマーク出版 出版

 著者の脳科学の知見をもとに、どうすれば運がよくなるか示されています。すべて納得できたわけではありませんが、腑に落ちたものがいくつかありました。

 ひとつは、『割れ窓理論』です。これまで、治安に関係する話題でなんども耳にした理論です。軽微な犯罪がやがて凶悪な犯罪を生み出すという考えで、凶悪な犯罪だけを取り締まろうとするのではなく、軽微な犯罪を一掃することで、凶悪な犯罪も起こりにくくなることが知られています。この理論は、ひとにも当てはまると著者は考えています。自らを大切にしているひとを、粗末に扱うのは周囲のひとも抵抗を覚えるというわけです。ごみひとつ落ちていない道にごみを捨てるときの感覚とごみだらけの道にごみを捨てるときの感覚に違いがあるのと同じです。つまり、ひとから大切に扱われたいと思えば、まず自らが自身を好きになり、大切にすべきというものです。

 もうひとつは、『ランダムウォークモデル』です。何万回あるいは何十万回といったレベルで平均すれば、コイントスの表と裏は半々で出現することが期待されますが、最初の数十回あるいは数百回は、表裏どちらかに偏ることも多々あります。ここに、実現したい夢があったとします。その道のりにおいて、プラス方向、つまり夢に近づくできごとと反対のマイナス方向のできごとは、コインの表裏と同じで、マイナスばかりが続くこともありえます。著者は、運がいいひとは、たとえマイナスばかりが続いてもゲームからおりず、最小限の損失になるよう努力して次のチャンスに備えているといいます。つまり、ランダムウォークを想定し、長期的視点をもって、自分が『これぞ』と思っているゲームからはけっして自らおりない、だから夢を実現できるのだというのです。たしかに、粘り強いひとのほうが運をひきつけるのかもしれません。

 実験結果など客観的な数値をもとに理論を証明しているわけではないので、真実か疑ってしまいたくなる考えもありますが、脳の癖を知っている著者の意見には一定の説得力がありました。
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