
R.D. ウィングフィールド (R.D. Wingfield) 著
芹澤 恵 訳
東京創元社 出版
「Hard Frost」の訳書です。日本語で描かれるフロストは、英語で読む以上におもしろいので、物語の細かな展開を忘れたころに日本語でも読みました。上司にいじめられながら、相も変わらず、よれよれになって数々の事件を捜査するフロストに、ときには同情し、ときには呆れ、今回も大いに楽しませていただきました。
休暇をとったにもかかわらず、人手不足のために呼び戻されたフロストには同情を禁じえませんが、デートをすっぽかして仕事に行ったまま、ガールフレンドの家に花のひとつも持たずに、煙草欲しさにのこのこと出かけていく姿には、呆れてしまいました。
それでもやはり、フロストは憎めないキャラクターだと、あらためて思いました。証拠を捏造するような警官なのに、糾弾したいとは思えません。こんなに灰汁が強く、それでいて共感できる人物を描く、この作家の力量を読むたびに感じます。そして、混沌としたこの世界の縮図をこの小説内で見事に構築している点も好ましく感じます。
フロストがひとつひとつ地道に解決していく事件は、善と悪がわかりやすく対立する構図になっていません。盗みを働いている泥棒を見つけて反撃された女性を救うための犯行、家でたったひとり育児を続けた母親が心を病んでしまい起こった悲劇、軽い気持ちで犯行におよんだ子どもが逃亡中に命を落としてしまった不運。どれも、犯人が判明してよかったでは終わりません。
さらに、『仕事』とは何かも考えさせられます。事件を解決し、犯人を逮捕するのが、警察官の仕事であり、フロストの役割です。法秩序の維持や被害者救済の観点から、司法の役目を果たすのは大切なことですが、限界もあります。フロストは、警部という立場で部下を管理し、警視からは定められた残業時間を超えないよう求められます。たとえば、誘拐された子どもがまだ生きていて、冷たい雨のなか森に捨てられているかもしれない状況でも、立場を気にする警視から、残業時間を計算しつつ、捜索人員を配置するよう要求されるのが現実です。
子どもの命は大切だという正論だけで、サービス残業をさせることもできませんし、予算が無限におりてくるわけでもありません。そんななか、ただひたすら子どもの命だけを考えて警視の命令を受け流すフロストの姿勢は、書類仕事や整頓ができず、ひととの約束を守れず、だらしなく見える面があるからこそ、嫌味ではなく、希望に見えるのかもしれません。
簡単には割り切れない小宇宙がこの小説のなかにあって、読むたびに考えさせられ、登場人物に魅了されます。