「日本と世界の諸地域シリーズ〜アメリカ〜」の第六回講座は、東京外国語大学教授、佐々木孝弘先生による「アメリカにおける黒人の表象−サンボ・イメージのもつ意味をめぐって」でした。
このシリーズ、どの回も興味深い話題でしたが、最後のこの回がわたしにとって一番インパクトのあるものでした。なぜなら、子どもの頃に親しんだ絵本、「ちびくろサンボ」のその後を知ったからです。
「ちびくろサンボ」に登場するトラがぐるぐると廻ってバターになるあたり、ありえない話だろうと思っていても、そうなったらいいな、と真剣に願っていました。そんな楽しい絵本をわたしが手にしなくなったあと、各社で絶版という扱いになってしまったことなど、知りませんでした。
絶版のきっかけは、1988年7月22日Washington Postに掲載された、日本のデパートで人気のあったサンボとハンナというキャラクター人形に関わる記事でした。このキャラクターのことは、知りませんでしたが、佐々木先生が撮影されたサンボとハンナがプリントされたペンの画像を見るかぎり、かわいいという印象を持っても、差別的というイメージは湧いてきませんでした。たしかに、まんまる目にぽってり唇は、昔馴染んだサンボの絵を思い出させるものでしたが。
なぜ、その可愛い無邪気な顔が差別と結びついたのか、佐々木先生の説明がなければ、わたしには理解できなかったと思います。
もともと、「ちびくろサンボ」は、インドに滞在経験のあるヘレン・バナマンという女性が、インドの子どもを主人公にして描いた作品だそうです。それが、異なる画家による挿絵で米国で出版された際、登場人物の子どもがインド人から黒人に代わったようです。代表的な挿絵は、フランク・ドビアス氏によるもので、日本で出版された「ちびくろサンボ」は、この米国版をもとにしているそうです。
このときの米国人によるサンボの描かれ方は、白人が期待する黒人のイメージだというのです。幼く、無邪気な、子どものような黒人。
長い奴隷時代、農園は黒人の労働に支えられていました。つまり、白人の富は、黒人奴隷によって築かれたといっても過言ではありません。その後ろめたさから、「黒人は農園で働くことができて幸せなのだ」と白人は思いたかったのです。都合のいい話ではありますが、白人が黒人を一方的に利用していると考えるより、白人と黒人は助け合いお互い幸せに暮らしていると思うほうが、ひととして良心が痛まないというのは、よくわかります。
その象徴として、奴隷制度時代、黒人が愉快に踊り歌うさまを描いた絵画がよく売れたそうです。佐々木先生が見せてくださった絵画のなかには、黒人と白人が交じり合って、余暇を楽しく過ごす絵までありました。
そういう白人の都合のいい見方は、絵画にとどまりません。本の中にも同じようなものがあります。
それらの描写がすべて嘘だというわけではありません。特に、1831年のNat Turnerの反乱のあと、白人の子どもたちを黒人の子どもたちと遊ばせるようになり、黒人の子どもにとって一番近しい存在が子どもの頃に一緒に遊んだ白人の子どもということは、よくあったそうです。そういう思い出を持つ黒人にとって、白人の農園主たちと過ごした時間に苦痛しかなかったとはいえないと思います。
でも、農園に縛られていて自由のない現実の中での楽しみであり、自由の身であれば、もっと広い世界があったことでしょう。そう考えると、白人のイメージを一方的におしつけられる側としては、反感を覚えるのは、理解できます。幼く、無邪気な、子どものような黒人。そういう都合のいいイメージの表象としてちびくろサンボがあるのであれば、出版を差し控えることも仕方がなかったのかもしれません。
ただ、今の日本の子どもたちがあの楽しい物語をもう読んではいないのだと思うと、寂しい気がします。
2008年09月10日
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