![20090318[Kinshu].jpg](https://witch-sara.up.seesaa.net/image/200903185BKinshu5D-thumbnail2.jpg)
宮本 輝 著
新潮社 出版
書簡形式の小説です。10年前に離婚した男女が、偶然、蔵王でひとつのゴンドラ・リフトに乗り合わせます。女は、その偶然のあと、迷った挙句、男に手紙を送ります。男も返事を書くつもりはなかったのに、結局は返事を書きます。そうして、ふたりの間を行き交った手紙により、ふたりの過去が徐々に見えてきます。
生物にたとえて言うなら、書簡もほぼ絶滅危惧種のような存在ではないでしょうか。最後に手紙を書いたのがいつなのか、思い出せません。ただ、昔むかし、長い手紙を書いていたときの、手の甲のあたりが引き攣れたような感覚を思い出しました。それくらい、長い手紙のやりとりです。(一冊の本になっているから、当たり前かもしれませんが。)
人は、理性で理解できていても、そのとおり行動できないものなのか。そうあらためて感じました。手紙を送り合う元夫婦の男と女も、過去がどうであれ、今から先を前向きに生きていかなければならないと、きっと頭ではわかっているはず。だけど、女は自分たちが別れるきっかけとなった事件のことを忘れられずにいるし、10年前に知らされなかった事件の詳細を今も知りたいと思っている。男は離婚のあと坂道を転げ落ちるように下ってきた今の暮らしを続けていっても何にもならないことを知り、何かを変える必要があることを知っている。それでも、前に進むためには、お互いに吐き出さなければならないものがあったんじゃないかと想像しながら読みました。
過去を振り返ること自体、なにかうしろめたい雰囲気を感じますが、いっぱいに詰まった器になにも入らないように、いっぱいに詰まったものがある心も、その詰まったものを吐き出さなければ、次のものが入らないのかな、などとも思いました。
そして、人の歩く道というのは、現実世界の道と違って、刻々と姿を変えるのだとも思いました。あのとき、ああすれば良かった。そう思ったときに、その分かれ道まで戻っても、その道はもう以前の道とは違うのです。だから、辛いのかもしれないし、だから、前に進めるのかもしれません。