2010年03月18日

「日本語の正体―倭の大王は百済語で話す」

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金 容雲 (キム ヨンウン) 著
三五館 出版

 大野 晋氏は、日本語の起源はタミール語にあるという説を唱えていらっしゃいました。こちらは、日本語の起源は百済語にあるという説です。

 朝鮮半島の三国 (新羅・高句麗・百済) 時代には、日本の宮廷では百済語が用いられ、それが発展して現在の日本語になったという説です。一方、朝鮮半島では新羅語が発展し、いまの韓国語になったということです。

 具体的には、白村江(はくすきのえ)の戦いで百済に加勢した日本は、663年に百済が戦いに敗れたのを境に朝鮮半島から逃げ帰り、朝鮮半島との蜜な交流がなくなり、日本語をまったく別の言語へと発展させただけで、それまでは百済語は宮中で普通に使われていたというのです。

 現代の日本語と韓国語の文法はまったく同じでありながら、文字や音に類似性がないのは、中国の漢字を取り入れる際の手法の違いが大きく影響したと説明されています。しかも、百済語と新羅語ではもともと「相当な方言差」があったことも、それぞれの語源を辿るのを難しくしているといいます。

 海を越えるということが命を懸けた大冒険だった時代に、九州あたりと朝鮮半島に交流があったと見るのは自然な考え方だと思います。(たとえば、タミール語起源説では伝播ルートがはっきりしていないのに比べて。)

 でも、本当に同じことばを話していたんだろうなあ、とは思えませんでした。百済語と日本語の単語の類似性の説明を読んでも、わたしの素人目には、似ているように見えませんでした。(たとえば、タミール語と日本語の類似性に比べて。)具体的な単語を前に、これがこう変化して、さらにこう変化を遂げると説明されても、それだけ短い単語がそんなに変化したと仮定するなら、ほかにも起源を同じとすることばが数多く見つかりそうに思えてきて、説得力を感じられませんでした。

 ただ、韓国語と日本語では、文法がまったく同じなのに、過去になんの関係もない言語同士だというのは不自然に思うので、やはり関係はあったのでしょうか。ただ、通訳のような人を立てずとも、相手の言語のことを何ひとつ勉強せずとも通じるレベルに似ていたというには、説得力に欠ける気はします。

 なんとも微妙な印象でしたが、それでもおもしろい説でした。
posted by 作楽 at 00:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 和書(日本語/文章) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こちらをご参照ください。

この本は韓国の学界ではまったく相手にされていません。

http://paekjedaewang.jugem.jp/

むしろ百済語の実像をねじまげる書です。
Posted by 尼尊太郎 at 2011年12月06日 00:20
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