2010年07月09日

「天地明察」

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冲方 丁 著
角川グループパブリッシング 出版

 2010年本屋大賞1位の作品です。わかる気がします。本屋さんが、これなら読んでおもしろいと、普段あまり本を読まない人に対しても胸を張って勧められるような雰囲気をもった本です。

 江戸時代、ずっと使い続けてきた宣明暦に生ずるズレが大きくなり、月蝕も日蝕も予測できなくなった頃、改暦に着手しようとする動きが密かに幕府内で起こりました。その命にあずかったのが、主人公の渋川春海です。若干22歳であらたなる暦の模索が始まり、45歳のときに改暦の儀を迎えます。

 改暦の場面から始まり、読者は回想場面へと導かれます。そのあたりの掴みはよくできています。そもそも、渋川春海は陰陽師でもなんでもありません。"御城碁"を打つ碁打ち衆四家、安井、本因坊、林、井上のうちの安井家の長子で、本来は安井算哲と名乗るべき人物です。それがわけあって渋川春海と名乗り、碁よりも数理に惹かれ、碁を打ちつつ新しい暦を作り出す道を突き進むことになるのです。その数理に取り憑かれるきっかけとなった場面では、有名な関孝和が登場します。

 その後の二十数年に及ぶ道のりは、共感できると同時に、現代と違う時間感覚に羨望を覚えました。目先の結果に追われている現代人としては、それだけの大仕事を成し遂げる充実感は想像しにくいものです。しかも、医療や平均寿命もまったく比べものにならない江戸時代では、結果を見ることなく亡くなる人の想いも引き受けていかなければなりません。壮大なプロジェクトを背負っている負担と同時に底知れぬ達成感があっただろうと思いながら、物語に引き込まれていきました。

 コンピュータで何でも計算できてしまう現代とは違い、天体についても不明な点が多く、それを解明していくプロセスの高揚感も楽しめました。歴史・時代小説の楽しみのひとつは知らなかったことを知ることだと、おっしゃった方がいましたが、そういう知的好奇心が満たされる心地よさを与えてくれる本に、この本も含まれます。

 昔ならではの良さを堪能しました。
posted by 作楽 at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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