
伊坂 幸太郎 著
文藝春秋 出版
私は、最初の上司に対して、生きるために仕事をするのではなく、仕事をするために生きているような人、という印象を持っていました。初めてその課長と話をしたのは、あるプロジェクトの報告でした。私を含め新人ばかりで、隣の課のプロジェクトを応援にいったときのことです。そのプロジェクトは新人の私から見ても問題ばかりで、クライアントに迷惑をかける可能性が非常に高い状態にありました。その報告を聞いた課長は徹夜でプロジェクトの全資料に目を通し、翌朝にはプロジェクト立て直しを始めていました。当時の私はその行動力とスピードに圧倒されました。
でも、その課長の意外な一面を見たのは、同じ年の社内ソフトボール大会でした。小学校に上がる前のお嬢さんと一緒の課長は、別人のようでした。アイスクリームを欲しがる子供に包装を取って渡し、子供がアイスクリームをこぼせば拭いてあげ、他愛のない話を子供がすれば笑顔ながら真剣に答え、ゆったりとした和やかな時間が課長親子に流れていました。課長の手際から、普段からお嬢さんとの時間を持たれていることがうかがえ、本当に驚きました。でも、こんなギャップを見た私は、とても楽しい気分になれるのです。
この「死神の精度」に出てくる死神も私のイメージを裏切り、意外性を次々と披露してくれます。といっても、私の死神に対する勝手なイメージは、タロットカードにある死神カードくらいなのですが。
"千葉"という名前を与えられた、「死神の精度」の登場人物である死神は人間の姿をしているのですが、実は死神のため人間の思考がわからず、時々トンチンカンな会話をしてしまいます。
それだけではありません。千葉は、死神組織の体制や職務について、人間のサラリーマンのように冷ややかに語ったり、ミュージックに熱くなったりします。「そうそう、組織ってそんなもんよ」って共感したくなったかと思えば、「それはないでしょう」とツッコミを入れたくなったりします。でも、どの意外性もよくできていて、最初から最後まで楽しめます。6編から構成されていますが、ミステリ風あり、純愛風あり、それぞれ違うテイストの中で、死神も少しずつ違う側面を見せてくれます。そして、それぞれがひとつの物語としてつながってくるのです。
この本、私のお気に入りだけでなく、書店員さんが売りたい本でもあるようで、「本屋大賞2006」の3位にランクインしています。