山田 ズーニー 著
河出書房新社 出版
いわゆる3Kに分類される仕事を17年してきました。その間、会社を変わったり、担当する案件の規模が変わったり、細かい変化はありましたが、ずっと現場で仕事をしてきました。一般的に、17年間も現場で働き続けるのはかなり厳しいと言われています。たぶん、運よく体が丈夫で神経が太かったのでやってこれたのだと思います。でも、さすがに先のことを考えなければ、とひとつの区切りをつけたとき、数えたら17年間経っていました。
分不相応にも、後進の育成にあたって欲しいと管理ポストを提示していただいたこともありました。でも、私なりに考え、悩み、違うキャリアに進むことにしたのです。将来有望な方に教えるほどのことを持ち合わせていない、というのもありますし、数字を追いかけるのが合わないというのもあります。何より、3Kと言われる仕事であっても、何かを作る、形にする、ということに対する執着が大きかったから、違う何かを作る仕事にかわりたかったのだと思います。
若手を育成するということは、新しいプロを作るということであり、数字を積み上げるということは実績を作るということではないか。だから、管理も何かを作る仕事であることに変わりはないからやってみないか、と言われたこともあります。
でも、それに対し、私の中の何かが抵抗したのです。もやもやとする何か。
「17歳は2回くる」では、思春期、つまり17歳は、高校生の頃と仕事を始めて17年経った頃の2回くると言っています。つまり、私は2回めの思春期で、もやもやとした中を模索している最中だということでしょう。なるほど、と腑に落ちます。
「おとなの小論文教室。」のときからずっと、自己表現がテーマになり、大のおとながあがいたり、もがいたりすることを全面的に肯定しているこのシリーズ。私は、2回めの思春期の真っ只中にまだ居て、自分にできることは何か、自分にしかできないことは何か、を模索しているのだと。そして、やりたいことをうまく表現することもできず、その方向に突き進むこともできず、ウロウロしているのだと認めることができました。
なぜ、管理ではなく、現場なのか。私が作りたいのは何か。霧の中にぼんやり見えるような、うまく表現できないこの執着は何なのか。この「17歳は2回くる」の中で、山田さんは自分と出会った瞬間のことを書かれています。私は、私に出会うため、次なるステップの私に出会うため、前に進みたいと思いました。
山田さんは自分自身にこう言うそうです。「山田さん、もう、準備十分だから、その先を行け!」私も自分にそう言ってやりたいと思います。

