三浦 しをん 著
文藝春秋 出版
小説の世界は、あくまでも想像の世界。それでも、書いている人は、私と同じように日々を送っている人間です。会社と家を往復するだけの平凡な生活ではないかもしれませんが、やっぱり似たようなことを思うことがあるのかしら、と感じることがあります。
たとえば、年齢、性別、職業、家族構成、などがまったく違う、かなり個性的な登場人物が偶然私と同じことを言ったりすると、この作者は私と同じようなことを感じたことがあるのかと想像してしまいます。
そういう偶然がいくつか見つかったのが、三浦 しをんさんが書かれた「まほろ駅前多田便利軒」。
便利屋の多田と行天は、捨てられたチワワの飼い主を探しています。飼い主として、コロンビア人娼婦ルルと名乗る女は妥当でないと判断し、相応しい飼い主が見つかるまで、もう少しチワワを預かろうとする多田に行天は言うのです。
「あんたにとって、チワワは義務だったでしょ」そして、こう続けるのです。「でも、あのコロンビア人にとっては違う。チワワは希望だ」と。人のお荷物になっているんじゃないかと考えるとき、私が思っていることと同じことを行天は言うのです。「だれかに必要とされるってことは、だれかの希望になるってことだ」
犬と人との関係ではなく、人と人との関係として、私が時々思うことだったので、少し驚きました。しかも、多田も行天も、今の私と何の類似点もないのに。
こういうことで、ついつい感情移入して読んでしまうのです。
ほかにも、「あ、同じ」と思うことがあり、引き込まれてしまった小説でした。

