
キャロル・ネルソン・ダグラス (Carole Nelson Douglas) 著
日暮 雅通 訳
東京創元社 出版
シャーロック・ホームズの短篇「ボヘミアの醜聞(A Scandal in Bohemia)」で登場したアイリーン・アドラーという女性が主人公です。そしてこの本のタイトルは、短篇中でアイリーンがホームズに向かって挨拶したときの言葉です。おもしろいのは、ホームズがそう挨拶されたとき、アイリーンから声を掛けられたと気づいていなかった点です。つまり本家では、あのホームズの鼻を明かした女性として登場していたのです。
そのアイリーンの側から、ボヘミアの醜聞を語っているのが本作なのですが、本作自体が一篇のミステリとして面白いかと問われれば、答えに窮します。
ひとつは、スピード感がなく冗長な印象を受ける点です。もうひとつは、謎解きらしい謎解きがない点です。
天才的な謎解きをするシャーロックは、凡人代表のようなワトソン博士にいろいろ謎を解くヒントやプロセスを語っています。本作にも、ワトソン博士にあたるペネロピー・ハクスリーというタイピストが登場し語り手を務めているのですが、アイリーン・アドラーは親友であるペネロピーに何も説明をしません。アイリーンはただただ行動あるのみで、どこで何に気づいて手懸りと手懸りをどうつなげたかなど一切話しません。
ホームズのスピンオフ作品がホームズと同じスタイルである必要はないのですが、わたしとしては物足りませんでした。
それでも、面白くなかったのひと言で片付けたくないのは、19世紀を生きる女性としては型破りなアイリーン・アドラーが優しさや知性やしたたかさなどの魅力に溢れ、活き活きと描かれていたからです。