
朱野 帰子 著
幻冬舎 出版
「海に降る」と言われれば、海上に降り注ぐものをイメージしてしまいますが、この物語のなかに限れは、それは海の深部に降り注ぐ雪、マリンスノーを指します。もちろん、白くて雪のように見える物体であっても、雪の結晶ではありません。浅海で死んだプランクトンなどの死骸がそう見えるのです。
”深雪”と書いて”みゆき”と読む名前の主人公の父親は、このマリンスノーを娘の名前にしました。6500メートルの深海まで潜れる潜水調査船<しんかい六五〇〇>の開発に携わった技術研究者だからです。しかし、離婚した父親は娘をおいて米国に渡り、一切の連絡を絶ちます。一方、娘のほうは父から多大な影響を受けたまま成人し、潜水調査船のパイロット候補生になります。
そこに、深海に潜るという夢を抱く二世がもうひとりあらわれ、物語は意外な展開を見せ、それぞれの親子の確執と、深海というフロンティアへの挑戦がふたつの軸となって物語は進みます。
これぞ本の世界というくらい、夢の世界を描いた作品です。巨額な投資が行われ、利権が絡み合う職場なのに、登場する人がことごとく皆いい人ですし、僥倖としか表現しようのない偶然の連鎖で、ハッピーエンドを迎えます。
リアリティに欠けているともいえますが、これだけ閉塞感のある時代に読むのには、いい作品だという気もしました。読んでいたあいだ、夢というものを思い出すことができました。