
村上 春樹 著
文藝春秋 出版
9年ぶりの短篇集ということで話題になっていました。(ノーベル文学賞候補になる作家なので、短篇であれ長篇であれ話題になるのだと思いますが。)
以下が収められています。
−ドライブ・マイ・カー
−イエスタディ
−独立器官
−シェエラザード
−木野
−女のいない男たち
村上作品で短篇といえば「東京奇譚集」を思い出すわたしとしては、読む前に期待していた雰囲気にいちばん近かったのは「木野」でした。ファンタジーとも言いきれないけれど理屈でも説明しにくい不可解さ、言葉にすれば嘘っぽく聞こえるけれど確かなことを知っている感覚などが、「東京奇譚集」の「品川猿」を読んだときの印象に似ていた気がするためです。
まえがきで、女のいない男たちは、女抜きの男たちとは異なると書かれてありました。男同士でいこうと意図したものではなく、時として不意に失うといった嬉しくもない状況がこの短篇集で描かれています。要約してしまえば、いつか失うという怖れや失ってしまったという事実と向き合う辛さが描かれているのですが、そういう身も蓋もない端的さでは伝わらない『失われたモノ』や『失われるコト』に共感できる部分がありました。
「ドライブ・マイ・カー」で語る男は、「でも結局のところ、僕は彼女を失ってしまった。生きているうちから少しずつ失い続け、最終的にすべてをなくしてしまった」と言っています。眼の前に相手がいるときから、少しずつ失い続けたというこの感覚がとても身近に感じられました。
自分にも思い当たる喪失感が随所に登場し、読んでいるあいだは集中できたのですが、それでもやはり村上作品としてわたしが読みたかったのは、「木野」のような作品だった気がします。