
ルーサー・ブリセット (Luther Blissett) 著
さとう ななこ 訳
東京創元社 出版
自由や自治を得んと命を賭して体制と闘ったひとりの男の半生を描いた作品です。三部構成になっていて、いずれもひとりの男の視点で描かれています。ただ、途中に挿し込まれる内容によって、読者には騙す側と騙される側の関係が早くからわかるようになっています。
その騙す側の密偵の素性が明かされていないため、最初は読者だけが、そのうち語り手である男も一緒になって、騙したのが誰かを突きとめようと過ぎ去った部分を反芻しつつ、最後の闘いへ向かって物語は展開します。
帯には「全世界で100万部突破」や「イタリア最高の文学賞ストレーガ賞ノミネート」などと謳われ、『薔薇の名前』+『ダヴィンチコード』+〈007〉とありますが、そこまでのエンタテイメント性はないと思います。ダヴィンチコードのように薀蓄が楽しめるわけでもなければ、〈007〉のようなスピード感もありません。
そして結末は妥当でありながら、すっきりとしない読後感を残します。ドイツやイタリアの聞き慣れない名前と格闘しながら、ひとりの男がどのように名を変え、身を隠したかを必死に追って辿りついた読者が読む結末としては、残念ながらあまり満足できるものではありませんでした。