
多和田 葉子 著
講談社 出版
この「地球にちりばめられて」は、3 部作の 1 作目で、群像劇のような小説です。第 1 章から第 10 章までそれぞれ『〜は語る』と、それぞれの視点で語られます。
『第 2 章 Hiruko は語る』で語る Hiruko は、留学を終えて母国である、中国大陸とポリネシアの間に浮かぶ列島に帰ろうとしていた直前に母国が消えてしまい、自分と同じ母語を話す人を探す旅に出ます。その旅に同行するクヌートは、デンマークに住む言語学者の卵です。
ふたりの接点は、あるテレビ番組でした。帰る国を失った Hiruko は、留学先のスウェーデンに定住できず、ノルウェー、デンマークと移り住みます。短期間で三つの言語を習得したものの、それぞれをきちんと使い分けるのは難しく、スカンジナビアの人なら聞けばだいたい意味が理解できる、『パンスカ』(『汎』という意味の『パン』に『スカンジナビア』の『スカ』をつけた造語) という人工語を作りだし、出演したテレビ番組ではパンスカでインタビューに答えました。
その番組を見たクヌートは、Hiruko 自身に惹かれたのか、彼女が作ったパンスカに惹かれたのか、同じ母語を話す人を探しに行く Hiruko について行きます。
Hiruko が最初に尋ねた人物は、彼女と同じ母語を話すことは話しましたが、独学で学んだだけで、彼自身はエスキモーでした。Hiruko は、落胆するでもなく『あなたに会えて本当によかった。全部、理解してくれなくてもいい。こうしてしゃべっている言葉が全く無意味な音の連鎖ではなくて、ちゃんとした言語だっていう実感が湧いてきた。』と言います。
そのエスキモーの彼のほうは、グリーンランドで、アメリカの会社にリモートで働く父とスイスの会社にリモートで働く母のもとで育ちました。生活に不自由はありませんでしたが、『このまま行くと俺たちは何世代も家を出ないまま、インターネットだけで世界経済と繋がって生きていくことになってしまうんだろうか。でも、もしもディスプレイにあらわれる世界が誰かのつくりもので実際にはすでに存在していないとしたら、どうなんだ。』そう考えるようになり、父親から外国に留学するように勧められたのを機に家を出ていました。
多和田作品を読むといつも、言語に対する新しい視点や気づきを得るのですが、今回はそれだけでなく、COVID-19 の影響で、コミュニケーションが制限された暮らしをしているため、言語を使ったコミュニケーションについても思うことがありました。