2021年10月23日
「夜ふけに読みたい 植物たちのグリム童話」
グリム兄弟 著
井口 富美子 監訳
吉澤 康子/和爾 桃子 編訳
アーサー・ラッカム (Arthur Rackham) 挿絵
平凡社 出版
タイトルのグリム童話とは、兄ヤーコプ (Jacob Ludwig Carl) と弟ヴィルヘルム (Wilhelm Carl) のグリム (Grimm) 兄弟がドイツ各地で民衆の口から丹念に収集して出版した「Kinder- und Hausmärchen (子どもと家庭のメルヒェン集)」のことです。グリム兄弟が存命中に初版から第 7 版まで出版されました。
このシリーズは、第 7 版 (1857 年刊) がもとになっているようです。第 7 版では 200 を超えるメルヒェン (この本では、物語のことを「童話」だけでなく「メルヒェン」という、原語のカタカナ表記でも呼んでいます) が収められていますが、ここでは植物が関係する 22 篇が集められています。
一般的には、第 7 版は、初版に比べ、残酷さがやわらいでいると言われています。たとえば、子供にひどい仕打ちをするのが初版では実の母親だったのが第 7 版では継母に書き換えられたりしたようです。そういったこともあってか、この本は、子供が読んでもいいよう、ルビが振られていたり、解説役を務める二匹の猫が登場したり、工夫されています。
その猫たちの解説が意外にも簡潔で奥が深く、これらメルヒェンが生まれた背景を理解するきっかけになり、おとなでも楽しめました。たとえば、キッチンクロスや夏服で重宝すると常々思っているリネン。亜麻という植物の皮をはいで、きれいにしてから糸につむいで織るため、手間がかかるそうます。でも、丈夫で美しいため、ドイツでは高級リネンは輸出品の売れ筋で、亜麻糸つむぎはドイツのいいお嫁さんの条件だったそうです。
亜麻が登場する 3 話のうち、2 話に糸つむぎが登場し、かつ対照的な展開になっています。「三人の糸つむぎおばさん」では、糸つむぎが大嫌いな怠け者の娘が、貧乏な家庭の出にもかかわらず苦労せずに世継ぎの王子と結婚し、糸つむぎから解放される話です。いっぽう「くず亜麻のお返し」は、同じく糸つむぎが大嫌いな怠け者の娘が登場しますが、こちらで結婚するのは、糸つむぎが嫌いな娘ではなく、彼女の女中です。亜麻にちょっとでもふしがあったら、雑にごっそり抜いてそばの床に捨ててしまう娘の亜麻をていねいに掃除して、きれいな糸につむいだあとで織りに出して、できた布ですてきな晴れ着を自分のために仕立てた女中の心がけを見そめた娘の婚約者が、娘に見切りをつけ、かわりに女中と結婚するという結末になっています。
後者が勤勉を是とする寓話だとすれば、前者は棚から牡丹餅といった夢物語です (もちろん、前者の怠け者の娘にも良いところはあって、自分を助けてくれた人たちとの約束をきちんと守っています)。そして、これらの話に登場する花婿は、社会階級が異なります。おそらく、後者は中流階級で、前者は上流階級でしょう。だから、前者では、怠け者の娘が糸つむぎをせずに済むようになるわけです。口伝だけあって、なんとなく理にかなっていて、当時の暮らしが目に浮かぶようです。
この亜麻の章のほか、草花の章、麦と野菜の章、果物の章、樹木と霊草の章があります。こういった分類の試みは個人的には好きです。もし、わたしが分類するなら、主人公が困ったときに助けてくれる者たちで分類してみたい気がします。そう思ったきっかけは、果物の章の「黄金の鳥」です。助けても助けても助言に従わない愚かな 3 人兄弟の王子たちを最後の最後まで見捨てない狐が登場するのですが、結末で意外なことを知り、珍しいパターンだと少し驚きました。そのほかの分類法を考えてみるのも、おもしろいかもしれません。
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