
池井戸 潤 著
講談社 出版
この作家の本を何度か読んだことはありますが、ファンタジー要素のある小説は初めてです。一種の再生物語ですが、超常現象を経験したことが再生のきっかけになっています。
主人公の大間木琢磨は、精神分裂に悩まされ 2 年ものあいだ療養したあと、不思議な体験をします。父大間木史郎がかつて手にしていたボンネットトラック (タイトルの BT は、ボンネットトラックの略) の鍵を琢磨が持つと、40 年ほど前の父親の意識に琢磨の意識が同化するのです。
その不思議な経験によって琢磨は、自身が生まれる 3 年前 1963 年当時の父親の生き様を垣間見ることになります。その姿は、自身が父親に抱いていたそれまでの印象とはまったく異なるものでした。そして、さらに知りたいという欲求を抑えられず、ボンネットトラックの鍵を何度も手にし、現代においても父親の過去を知ろうと行動を起こします。
琢磨が、自らの意識を父親のそれと同化させる経験を重ねたり、過去を知る人を訪ねたりするなかで、高度経済成長期にあった 1963 年当時の史郎がのっぴきならない状況に追い詰められていることが判明していきます。それが、自分自身の存在を確かなものとして感じられない状況に陥った琢磨の苦境と重なって見えます。
過去は、変えられません。そして、前を向くことを諦めてしまったら、変えられるはずの未来も閉ざされてしまいます。また、他人と自分を比べることに意味はありません。自分が本当に欲しいものは何か、自分に向き合うことでしか知ることができません。そんな当たり前でいて、忘れがちなことを思い出させてくれる作品だと思います。
シンプルなわかりやすいメッセージだけに読みやすく、先の見えないサスペンスとしても楽しめました。特に、読み手が色眼鏡で見てしまいがちな若いカップル、和気一彦と相馬倫子が思わぬ優しさや心配りを見せて、意外な結末に至った点が予想を超えていて、驚かされました。