2022年05月05日

「世界史は化学でできている」

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左巻 健男 著
ダイヤモンド社 出版

『化学』を広辞苑で引くと、『諸物質の構造・性質並びにこれら物質相互間の反応を研究する自然科学の一部門』とありました。この本では、その化学に着目して、世界がどう変わってきたか、歴史がどう作られてきたかが語られています。指摘されるまで思いが及ばなかった点や意外なつながりが書かれてあり、違う切り口で考えるおもしろさを実感できました。

 たとえば、指摘されて初めて気づけたのは、利器の材料で時代を分けたときの石器時代、青銅器時代、鉄器時代という並びです。金属の鉱石から金属を得る『製錬』という化学技術において、鉄鉱石から鉄を得るのには銅鉱石から銅を得るよりも高い温度が必要なだけでなく、得た鉄を加工するにもより高い技術が必要だったため、こういう発展を遂げたのです。わたしは歴史を『暗記』していたので、この事実に思い至らず、歴史を『理解』していればよかったと後悔しました。

 意外なつながりで特に気に入った話題は、次のふたつです。

 ひとつは磁器にまつわるエピソードです。中国の宋代 (960-1279) で白磁が最盛期を迎えたころ、ヨーロッパでは硬質磁器をつくることができず、輸入に頼っていました。しかも当時は、工業製品というより芸術作品のようなもので、同じものを注文しても、同じ形、同じ色にできる保証はありませんでした。

 しかし、イギリスのスタンフォードの陶工の家に生まれたジョサイア・ウェッジウッド (1730-1795) が初めて、伝統的な方法ではなく、化学的な陶器づくりに成功します。新しい釉薬や陶土の調合、焼くときの火加減などを克明に記録しながら実験を繰り返したのです。

 1760 年代のはじめに、発色が安定した、上質で完全に再生産可能な陶器づくりを完成させた彼の作品は、芸術性も高く、1766 年には王室御用達製品としての『クィーンズ・ウェア』の名が与えられます。そうして、大金持ちになった彼の死後、遺産の大部分は娘のスザンナ・ウェッジウッド・ダーウィンが相続しました。

 彼女の息子は、『進化論』を提唱したチャールズ・ダーウィンです。彼が『進化論』に至ることができたのは、祖父ジョサイア・ウェッジウッドが残した資産で研究生活に没頭できたから、そう考えると、化学的手法で成功したウェッジウッドが生物学史上の転換点に大きな影響を与えたと言えるかもしれません。

 もうひとつは、医薬品の開発のルーツは合成染料にあるというものです。産出が限られ、色の種類が少なく、質が不純で染めるのが面倒だった天然染料の代替として合成染料が開発されました。その染料工業を先導したのがドイツの化学工業 3 社、バーデン・アニリン & ソーダ製造所 (BASF。1865 年創業)、ヘキスト (1863 年創業)、バイエル (1863 年創業) です。

 各社創業から 20 年も経たない 1881 年当時、全世界の合成染料生産量のうち、これら 3 社が占める割合は半分に達していました。さらに、1900 年頃にはドイツは染料市場の 90% を占めるまでになりました。当然ながら、これら 3 社には莫大な利益がもたらされ、バイエルは、その合成染料 (合成アリザリン) で得た収益をもとに、将来性のありそうな化学製品 (薬) 開発へ転換することを目指します。

 そうして 1899 年、バイエルは『アスピリン』の販売へとこぎつけました。医薬品のなかでもっともよく使われている薬は、こうして世に出たわけです。染料を作った化学メーカーが薬を作っても不思議ではありませんが、『化学』の幅広さが実感できるエピソードだとわたしは思いました。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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