
ヒラリー・クリントン (Hillary Rodham Clinton)/ルイーズ・ペニー (Louise Penny) 著
吉野 弘人 訳
小学館 出版
2016 年に米大統領選挙に出馬したヒラリー・クリントンが、共著とはいえ政治スリラー小説を書いたと知って、興味本位で読んでみたのですが、期待以上に楽しめました。
いわゆるページターナーなのですが、ページを繰ってしまう理由がいくつかありました。理由の筆頭は、主人公にあります。エレン・アダムスという 50 代女性が国務長官に任命されて間もない時期、核のボタンがいつ押されてもおかしくないという『ステイト・オブ・テラー (恐怖の状態)』が歴史的悲劇に転じるのを防ごうと奮闘します。
彼女は、国務長官に任命される前、メディアの最高経営責任者として、ある武器商人を糾弾した結果、夫を亡くしています。そこまでの犠牲を払った経験があっても、核兵器が使用されるという最大級の悲劇を回避しようと不屈の精神で挑む姿を応援したくなります。(読者が主人公にヒラリー・クリントンを重ねて見ることを作者も想定しているはずなので、最悪の事態を回避できる結末は予想できるのですが、それでもそのプロセスを読みたくなりました。)
さらに、政権交代や国家間の緊張関係など米国の内側からの視点に惹きつけられました。もちろんフィクションではありますが、作家たちがトランプ前大統領をどう見ているのか、オバマ大統領時代に米国が世界の警察官をやめたことをどう捉えているのか、いろいろ想像すると同時に、世の中の問題を再認識できた気がします。(日本は主に安全面で米国に依存してきましたが、その割には、日本国民の米国への関心は薄かったように思えました。)
そして最大の魅力は、核兵器を巡り、誰が国務長官の敵で、誰が味方なのか、誰が本音を語り、誰が嘘をついているのかという謎を追う楽しみだと思います。政府も、相応の規模を有する企業と同じで、一枚岩の組織ではなく、敵が明らかになるまでのスリルとリアリティを感じつつ読むことができました。