
ダニエル・E・リーバーマン (Daniel E. Lieberman) 著
中里 京子 訳
早川書房 出版
原題は、Exercised: Why Something We Never Evolved to Do Is Healthy and Rewarding (人間は運動するために進化してきたわけではないのに、なぜ運動は健康に役立つのか) です。著者は、人体の進化、特にランニングなどの身体活動に詳しい研究者です。
その研究者が述べる結論は、『運動は必要かつ楽しめるものにしよう』『有酸素運動を中心に、多少のウェイトトレーニングも行なおう』『運動は、しないよりしたほうがいい』『年齢を重ねても続けよう』となっています。さまざまな研究をもとに導きだされただけあって説得力があり、育児中の方には特に有用だと思える内容でした。
日本語タイトルにある『神話』は、神など超自然的存在が登場する説話を指す場合と根拠もなく信じられていることを比喩的にあらわす場合に使われることが多いことばですが、ここではおもに後者を意味しています。
この本では、(1) 私たちは運動するように進化してきた、(2) 怠惰に過ごすのは不自然だ、(3) 座ることは本質的に不健康である、(4) 毎晩八時間は眠らなければならない、(5) 正常な人間は持久力のためにスピードを犠牲にする、(6) 人類は極めて強靭になるように進化してきた、(7) スポーツすなわち運動、(8) ウォーキングで体重は減らない、(9) ランニングは膝に悪い、(10) 年をとって体を動かさなくなるのは正常なこと、(11)「とにかくやれ」と言えばいい、(12) 運動には最適な量と種類がある、という神話それぞれにつき、どこまで正しいかを検討したあと、おもな疾病と運動の関係に注目しています。
第 3 の神話について真偽を知りたいと思ったことをきっかけに、わたしはこの本を読みました。この本によれば、過度に長く座り続けると慢性炎症が引き起こされるそうです。(体が病原体に感染した後に短期間の激しい局所的な炎症反応を引き起こすのは、数十種類のタンパク質のサイトカインです。ただ、その一部が、持続的でほとんど検出できないレベルの炎症を全身に引き起こすこともあるとわかっているそうです。)
この慢性炎症の原因は、喫煙、肥満、炎症を引き起こす特定の食品 (牛肉や豚肉などの赤い色の肉はその代表) の過剰摂取、身体活動の欠乏が考えられます。ただ、軽度とはいえ炎症が常に起こっていれば、心臓病、2 型糖尿病、アルツハイマー病など、加齢に伴う数多くの非感染症疾患の主な原因になるということです。
つまり、座ることイコール動かないことであり、そこからこの第 3 の神話が生まれたようです。疫学調査としては、座っているときに短い中断を頻繁に入れる人は、ほとんど椅子から立ち上がらない人に比べて、炎症の程度が最大 25% 少ないという結果もあり、座るか立つかという問題ではなく、どのくらい動くかが問題だと推測することも可能です。
しかし、こういった疫学調査は因果関係を検証するわけではありません。著者は、椅子に座る快適さをあきらめる前に、アクティブな座り方が、なぜ、どのようにして中断なく座ることより良いのかを知りたいと書いています。そのいっぽうで、立ち机を前より頻繁に使うようになったとも書いています。
では、実質的な健康上の利点を得るために成人が必要とする運動量は、どれくらいかという疑問に対し、少なくとも週に 150 分間の中強度の有酸素運動、または週に 75 分間の高強度の有酸素運動、あるいはこれら 2 つに相当する組み合わせの運動を行なうべきという考えが紹介されています。(中強度の有酸素運動とは、その人の最大心拍数の 50〜70% に当たる運動量、高強度の有酸素運動とは、最大心拍数の 70〜85% に当たる運動量です。) 興味深いのは、運動量をさらに増やしても、それに応じて良くなることも悪くなることもないということです。つまり、『過ぎたるはなお及ばざるが如し』は、運動には当てはまらないということです。
人の進化の過程に注目しながら運動を考察する手法が特に興味深く感じられました。